傭兵ギルドとヴェルダーニ教会
店内を忙しなく走り回っているケイティに、ラガンは葡萄の果汁を注文した。引きつった表情を浮かべながらも、彼女は不満を述べることなく厨房に向かう。
「まず、未開地の調査と居住区の確保が教会の主導なことは知ってるだろ?」
「ああ。そのせいか、召集令の案件が調査隊の参加しか聞かないし。それにエグジットの身元保証制度も運営してる連中が元皇族だかららしいってのも聞いたことあるぞ」
「召集令の内容については教会主導の案件だけだ。傭兵ギルド、とは言っても各国に点在する傭兵局とその人員を含めて国とは異なる共同体を成立させてるから所属国の干渉を受けない。というかさせないんだろうな」
パタパタパタ。
軽快な足音が聞こえたときには遅かった。
ダンッ。
木製のテーブルから鈍い音がして燭台が揺れた。グラスの中身は盛大に飛び散って半分もない。
ラガンは呆気に取られて、それから目付きを険しくした。
「ケイティ。これが給仕のやることか?」
「あなた様はお客様ではありませんので」
微笑みを浮かべてはいるが目は笑っていない。
フェルディナントは綺麗な顔をしてるケイティの眼球が血走っていたり、目の隈がどす黒く変色していることに気がついた。しかし、ラガンの目の前でそれを言及することは出来ない。この店の労働環境に思いを馳せながら二人の成り行きを見守ることにした。
「……ケイティ。休憩してこい。もう客入りも落ち着くころだ」
ケイティは何も言わず一礼して厨房に戻っていく。
「すまねえ。で、どこまで話したか」
「あ、ああ。召集令の内容についてはわかった」
ラガンは渇いた喉を潤すように大きく鳴らした。飲み干して物足りないのかグラスの底を覗いていた。
「……ぬるいな。エグジットの職員は皇族の末裔だ。正確には皇族から降格した貴族、皇位家格というんだがな」
「降格なんてするのか?」
「する。教皇になれるのは直系の男だけだからな。次男以下は予備に、女は皇位家格の貴族と婚姻する。形式上は降格扱いになる」
ラガンは肘をついて前のめりに語り出す。
「本題はここからだ。北域調査隊を率いているのはバルミア辺境伯だ」
フェルディナントはグラスを口につけてもうないことに気がついた。
「どういう方なんだ?」
「軍略に優れてる。じゃなければ、こんなにも早く北域は開拓されてない。辺境伯領は拡大を続けているらしいが……」
「なんだよ?」
「辺境伯の直属の指揮下にある軍の損害は少ない。が、召集された傭兵はことごとく殉職してる。今回の追加召集は第六次と聞く。それに、人外が人の形をし始めたらしい」
人外。ヒト以外の生物ではあるが正体は不明。各地で報告は上がっているが共通した外見はない。けれど、人の形はなかった。
「なぜ人外だと分かったんだ?」
「生きているのがおかしい姿だったらしい。北域に現れた人外は皮膚がなかったと聞いた」