召集令状
「奢りだ」
無造作に置かれた金属製のグラスは赤黒い液体を僅かばかりテーブルに撒き散らした。中身は葡萄の果汁だろう。
各国の中継地点である都市国家ヨルクス。
ヨルクスは全国から人と物資が集まる。外からこの国を見れば一際栄えているだろう。しかし、それは平時における場合だった。
「悪いな、ラガン。気を使わせちまって」
フェルディナントはそう言いながら顔を上げた。グラスを手に取り、良く冷えた果汁を煽る。
日に日に戦域が拡大するおかげで供給する物資が不足し始めた。それは物資に限らず人材にも言える。
既に破り捨てた資料を思い出す。フェルディナントが辿る運命は決まっていた。
テーブルの脇に立つ体格の良い中年の男はラガン。この食事処の店主であり、以前はフェルディナントの傭兵仲間だった。
ラガンの表情は目の前の友人の不幸を憐れんでいた。
――成人したばかりなのに。
教皇領の総本山であるヴェルダーニ教会が発効する戒律に成人は個人に社会的な責任が発生する立場として、数えで十五と決められている。
「……フェル。その様子だと来たんだろ?」
「召集令状か。来たぜ、しかも俺は北域配属だ。行ったら最後、五体満足に任期を終えることがないと噂の調査隊だぜ?」
傭兵ギルド『エグジット』は各国主要都市にある商工会の事務所に傭兵局を併設した。傭兵局は共同体に所属してない身元不明者の身分を保証する代わりに今回のような召集令状で人材不足を補った。
フェルディナントは孤児で親がいない。幼い頃からエグジットに在籍し、ラガンが率いる傭兵部隊に世話になった。
召集令状は成人にのみ強制される。
成人に満たなかった彼はラガン達が召集されたときには毎日、傭兵局に顔を出しては彼らを待っていた。そして、その度に仲間の数人がいなくなった。
召集令状の案件は生存率が限りなく低い。
ラガンはフェルディナントを家族のように思っている。
だからこそ、言わなければいけないことがあった。
生きてまた会うために。
「残念な話だが、その噂は冗談じゃすまないらしい。今回のエグジットの召集令状もそのせいだ。フェル、北域戦線の状況をどの程度把握してる?」
ラガンの問いに答えようとして失敗した。
フェルディナントは北域についての知識が先の会話で上げた、北域調査隊に配属されたら五体満足では帰れないという噂のみだった。
そもそも調査隊の目的はこの世界の未開部分を開拓し人間の住める領域を増やすことにあった。
現在の人間による人間のための居住区は開拓するために多くの犠牲を伴いながらようやく得た平穏である。
「いや、悪い。噂以上は知らねえ。北域の仕事なんて取らねえから関心なかった」
「……そうか。なら、北域についてからだな」
今まで立っていたラガンはフェルディナントの向かい側に椅子を引いて大きく股を開いて座る。
「いいのかよ、店は?」
「ハッ、今さらだろ。見てみろ、ケイティが頑張ってる」
フェルディナントはラガンの指差す方向に顔だけ動かしてケイティと呼ばれた少女を見る。
「……泣いてるように見えるんだけど」
「仕事が楽しくて仕方ないのさ」
わざとらしく肩を竦めるラガンにもう何も言うことができなかった。
――そういう奴だったな。