後
「みっちゃんは良い子なのにねー」
みっちゃん呼びにはもう何も言うまい。
とりあえず「目付き悪いけど」と小さく呟いた田嶋の頭を叩いておく。
「どーどー、シェイク買ってやるから。何味?バニラ?イチゴ?」
「何よ!慰めてるつもりなわけ?別にいらないわよ!」
悪いと言われた目付きを更に悪くして田嶋を睨んだ。
「おっけーイチゴね」
コイツ人の話聞いてないな。
そのまま田嶋はレジに並びに行ってしまった。
ふと田嶋の鞄を見ると懐かしい猫のキーホルダーがぶら下がっている。
あのジュース事件の日、帰り際に「あ、睨んでるのかと思ったけど目付き悪いだけかー」と人のコンプレックスをあけすけに言い放った田嶋に投げつけたキーホルダーだ。
次の日に返すと言って来たが、キーホルダーにそう思い入れがあるわけでもなく、まだ田嶋の言葉にイラついていた私は「いらない」と答えた。
そのまま田嶋は自分の鞄に付けたが、本人はキーホルダーを付けたことなど記憶にないだろう。
ぶら下がっているキーホルダーを指で弾くとユラユラと揺れた。
*****
あの後、結局イチゴシェイクは田嶋が飲み、それに怒った私が帰るというお決まりのパターンとなった。
くれるって言ったのに。
寝巻き姿でベッドに転がっていると、田嶋がくれたお守りが目に入った。
鞄から少しはみ出たお守りに手を伸ばす。
あとちょっと!!
無理な体勢をした為、足がつったがお守りは入手出来た。
「なんでお守りの中身を開けるかなぁ」
今日強く握りしめていた結果、少しよれてしまったお守り。
よく見れば緩く乱雑にお守りの口が閉められている。
そういえばお守りの中など見たことがない。
いやいや、罰当たりなことしちゃダメだって!
そう心では思うが、好奇心には勝てなかった。
そもそも最初から開けられているわけだし、大丈夫よね?
お守りの中には紙が入っていた。
入っていた紙を田嶋が適当に入れ直したのだろう、雑に畳まれた紙を広げてみて固まった。
『うまくいきませんよーに』
紙には確かにそう書いてあった。
見間違いかと思い、目をこすってみたが変わらない。
間違いなく田嶋の字だ。
恨みでも買ったのだろうか?
思い当たる節が多過ぎる。
「田嶋のばか」
応援してくれていたわけじゃなかったのだろうか。
泣きそうになるのを堪えてお守りを元に戻した。
*****
「田嶋!これ何よ!」
午後一の授業で田嶋の姿を確認した私は、昨日のお守りを握りしめて田嶋に詰め寄った。
「みっちゃんおはよー」
「そうじゃなくて!これ!」
田嶋の顔面にお守りの中に入っていた紙を広げる。
そこには昨日と変わらず『うまくいきませんよーに』とやる気のなさそうな字で書かれている。
「あーそれか」
悪びれもせず欠伸をする田嶋を叩く。
「言いたい事あるなら言ってくれればいいじゃない!」
「みっちゃんソレ裏面ちゃんと見た?」
裏面?その言葉に裏面をよく見てみる。
そこには小さくハートマークが描かれていた。
いや、意味分かんないから。
「どういうこと?ハートを描くことで相殺しようってこと?」
「みっちゃんは『ちょっと!』とか『ばか』とか言い過ぎて語彙力が低下してるんだよ」
ハートはそもそも語彙には入っていない。記号だ。
やる気のないフニャフニャとした態度で話す田嶋の背中を思いっきり叩く。
「いたっ!だから暴力はちょっと」
「ばか!田嶋のせいで上手くいかなかったんだからね!」
田嶋のせいじゃないことは分かっている。
お守りが有ろうが無かろうが所詮同じ結果だ。
このままじゃ今まで告白して来た人と同じように田嶋まで私に呆れて離れてしまう。
そう思っても私の口は止まってくれなかった。
「うん」
「な、なんで否定しないのよ!ばか!」
「うん、ごめん反省してる。だから俺と付き合って」
その言葉に今まで傍観していた周りがどよめき出した。
田嶋と話していてすっかり周りに人がいることを忘れていた。
意外と注目を浴びていたようで恥ずかしい。
それにしても、今コイツは何を言った?
言葉の意味を理解して顔が熱くなる。
「ば、バカじゃないのっ?!」
「うん、そうかもね」
赤くなった顔で言ったところで田嶋には全て分かっていたのだと思う。
田嶋に向ける「ばか」の意味がだいぶ前から他の人に言う時と違うことが。
「ば、ばか!私が頭を叩き過ぎて田嶋が本当にバカになっても知らないんだからね!」
「脳細胞減らさないように頑張る」
田嶋が嬉しそうに笑うから私の意地っ張りも引っ込んでしまった。
その後、ちょっとしたお祝いムードになったその授業は、誰も先生の話など聞いていなかった事をここに記しておく。
*****
あれから2年経ったが、相変わらず私は意地っ張りだし田嶋はマイペースだ。
喧嘩(一方的)もするけどお互いバランスが取れていると思う。
「ねぇ、結局あのハートマークってなんだったの?」
大学時代にお世話になったファーストフード店には、最寄り駅こそ違うがまたお世話になっている。
一人暮らしには何かとお金が必要だ。
「んー俺なりの告白?」
「分かりにくいわバカ」
あのままお守りを捨ててたらどうするつもりだったんだ。
あのお守りは今も大事に取ってあることは田嶋には内緒だ。