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君恋天界語り 赤に捧げる誓い

 それは空高くに存在する人の手の届かぬ箱庭で催される酒宴で交わされたひとつの約束。

 




『神に捧げる宴』

 そんなわざとらしい題名で催されるはぶっちゃけただの酒盛り。その宴では日々の疲れを癒やすために果実酒が振る舞われるのだが、もちろんその宴では地位も身分もなく、誰もが楽しく参加出来るよう配慮されているため天使の中では若輩の部類に入るリディエルも例外ではなかった。

 仕事着である白いコートに身を包んだまま宴の席に着いたリディエルはその整った(おもて)をわずかに歪めたまま宴の開催場所である一角に足を踏み入れてから眉間に刻まれたシワを隠そうとはしなかった。

 もともと酒の席が苦手ということもあり、今回の宴にも参加する予定などさらさらなかったのだが、育て親と直属の上司に詰め寄られてしまったために断りきれずに、興味のないまま参加を余儀なくされた。流石に育て親と直属の上司である天使には逆らえないので納得はしてないものの頷いたが感情はまた別物で、それとは他に不機嫌の理由はあった。

 つい先程まで地上界での任務で堕天使を追跡&殲滅任務についていたが、その前に宴に出ない天使たちに告知したり裏仕事をギリギリまで手伝わされたために仕事に割り当てる時間を削られだのだ。疲労した身体で堕天使を完全に仕留めることは難しく、手傷を負わせたがまんまと逃げられてしまったのでその悔しさもありそれらが表情にも現れてしまう。

 そんな負感情がダダ漏れるわたしの周囲では巻き添え御免、と言わんばかりに天使たちが離れゆく。そのためわたしは宴の席というのに着席はおろか酒さえ口にしてなかった。かなり時間をかけて準備を手伝ったのにだ。まあわたしのしたことなど天界で栽培している葡萄に甘く熟するよう魔法を施しただけなのだが。

 そんなわたしの苦労も誰にも知られず、見事な壁の華と化したわたしは何をするわけでもなく酒を片手に羽目を外す同胞を眺める。天使はあまり酔わない性質のため低くはないアルコール度数の酒を浴びるように飲む天使たちは皆一様に目を見張るような美貌の持ち主たちで、酒が入ったことにより更に色気が増していく。肉を持たない種族ゆえに酒精に溺れることはないが、その雰囲気に酔うかのようにその身をさらす同胞を睥睨するわたしに赤いの液体の入ったグラスを差し出してきた天使がいた。

「こんな日ぐらい楽しめばいいのに」

「......ラミエル」 

 グラスを受け取らずに一瞥するわたしに笑いかけるのは同じ時期に生まれた雷の天使であるラミエルだった。だいたい同じ時期に生まれ、わたしの育て親とも多少の交流があった彼は他の天使たちよりも親しく、わたしにとっての友人とも言える天使であるが彼は天界きっての変人とも称されている。

 育て親の髪よりも濃い金の髪はしっかりと櫛けずられ普段見ないほどのつやを放っていたが、それを見た瞬間にこの天使がまた(・・)着せ替え人形のようにもみくちゃにされたのだと即座に理解したわたしはこっそりと周りを見渡す。きっとそのお人形の出来映えを満足げに眺めている天使がいると確信しながら。

 そんなわたしの行動に気がついたラミエルは泣きそうに顔を歪めた。

「......ほんと女の人はこわいよ。ぼくの服をむしり取るように剥くんだよ? さも当然のように、普通に!」

「ラミエルが無頓着だからでしょ。向こうは好意でしてくれてるのだから、少しは有り難がったら?」

「それはそうかもだけどさー。いきなり人の部屋に入って追い剥ぎのごとくつるん、と服をがれたぼくは複雑なわけ。


リディエルは飲まないの?」

 濃い血のような葡萄酒が入ったグラスをわたしが受け取らなかったので話しながら飲み終えたラミエルは新たにそのグラスに注ぎ、聞いてくる。

「いらない。飲まない。差し出さないで」

「ふーん? 飲まないんだ。天使にしては規律を重んじるんだね。そんなもの誰も守ってないよ?」

「うるさい」

 隣で飲まれると酒の匂いがただよい、それが鼻腔をくすぐりイライラが募る。

「こんなもの何の役に立つのよ。時間の無駄でしょ」

「姿さえ知らぬ創造主に捧げる宴のことかな? ぼくたちは限りなく長いときを生きるからその無駄さえ必要だと思うよ?

だいたいリディエルくらいだよ、躍起になって天界のために働くの」

「必要とされなければ、自分が何故生まれたのか否定されるような気になるから。わたしは天使として生まれたことを誇りにおもってるの」

「相変わらずの君の育て親の影響だね。

天界なんてさ、することしてたら何も言ってこないよ? 現にぼくに小言いうのはリディエルと地上界にいる天使だけだし。たとえ雨雲をよぶのを忘れても、雨を降らせる量と時間さえ守ればどうとでもなるし」 

「......ラミエル、今までそうやってたの?」 

「げ。自白しちゃった。ま、いいか。今日は無礼講なんだしリディエルもささっと忘れちゃいなよ」

「気持ち悪い」

「ひどいな。ぼくの繊細なハートが傷ついた」

「ハッ」

 ラミエルが何かのたまっていたが鼻で笑ってやる。仕事を忘れていたのだっておそらくは自分の趣味に没頭していたからにちがいない。そんな奴の心臓が柔なわけがない。人間でもあるまいし。

 ラミエルという変わった天使を知っている側からしたら鼻で笑うことぐらいはまだまだ可愛らしいものだろうとは思う。 

「鼻で笑われるのもなかなか傷ついたよリディエル」

「なら笑われないようやれば? やれば出来るのにしないのは責められても仕方ないことだとは思わないの?」

「これでも最低限は心得てるよ。ぼくからしたらリディエルの生き方は窮屈だ。まるで死に急いでいるようでね」

 そう言ったラミエルはぐいっと一気にグラスをあおり、赤い液体を飲み干す。

「それの何がいけないの......」

 ラミエルの言葉は重くわたしの心にのしかかる。それは前にも他の天使に指摘されたことで、今のわたしには少なからず切れ味のある言葉だった。

 生き急ぐことは出来ない種族に生まれてしまったのに、ただ無為に時を重ねることなどできない。それはわたしを鍛え、育ててくれた天使の受け売りなのだけれど。そんな環境下で育てば思考さえ染まってしまうのは仕方ないことではないだろうか。

「悪いとは言ってないよ? それがリディエルをかき立て、出世街道に走らせる要因だしね。でも君は天使の中では早死にするタイプだ」

 何百年しかまだ生きてないけどね、とからから笑いながら告げる男を思わず睨む。

「早死に結構。わたしが死ぬときには天界と神の為に散らす命でありたいと常々思っているから」

「可哀想な天使だよ、君は」

「......ラミエルの言うことはわたしには理解できない。分かるように言ってよ」

「今はまだ分からなくても仕方ないよ。だけどいつか必ず疑問を抱くときがくる。自分は何のために存在し、何のために死にゆくのか。考えても答えの見つからないことに、気付く日が」

「忘れてたけどラミエルもエリート天使だったね。言っていることがソレっぽかったから驚いた」

「リディエルはつくづく嘘がつけない天使だね......正直すぎて逆に心配になるよ。そんなんでよく堕天使に返り討ちにされないね」

 ぐびぐびと水を飲むかのように酒を飲み干す天使の言葉に自分でも驚くほどの平坦な声で返す。他の天使にそう言われたら恐らくすぐに手を出して黙らせるが、相手は気心知れた相手であるためにわたしも黙って頷く。

「......そう、だね」

「だからね、リディエル。ひとつぼくと約束を交わそうか?」

「約束?」

「大したことじゃないよ」

 酒を飲む手を止めたラミエルはわたしをまっすぐに見つめる。その表情は趣味で作っている魔法具に向けるものと酷く類似したもので。普段真面目な顔をあまりしない友人の珍しい表情に少し面食らいながら、わたしは彼の言葉を待つ。

「今日は酒の席だからね。だからこの葡萄酒にひとつ約束を誓おうじゃない」

「ラミエルしか飲んでないじゃない」

「だからこの酒に誓うのさ。リディエルもその気になれば酒の一瓶くらい飲めるだろ? 」

「......何を誓うのよ?」

 突拍子もないことを口走る天使を呆れた表情で見つめるが、ラミエルが何を誓うのか純粋に気になるので大人しく待ってみる。その内容が気に食わねばさっさと帰ればいいだけだし、と自分を納得させる。

「ふふ。気になるんだ?

じゃあ、ぼくは君が堕天しても不滅の友情をこの酒に誓おうかな?」

「......堕天、ね。分かった。ならわたしにもそのお酒頂戴。わたしも誓うわ同じことを」

「そうじゃないとね」

 にやりと笑む天使からグラスを受け取り、わたしも意地の悪い笑みを浮かべる。

「互いにいつか堕天する日が来たとしても唯一無二の友として、変わらぬ友情に」

「ラミエルが堕天したら容赦なくシバき倒す友情に」


「「乾杯っ!」」

 各々の誓いは似てるようでまったく別物であったが、相手がラミエルであったからわたしもこの天使の誘いに乗れたのだ。はじめて味わう果実酒を何とか飲み下したわたしはその苦味に顔を歪める。たいして美味しいものでもないのに何故他の天使はがぶがぶと飲めるのか。そんなわたしの表情を読みとったのかラミエルはにこりと笑顔を向けてきた。



なんか手のかかる子供に向けるような、仕方ないなー的な笑顔を。

正直に言えばその表情に腹が立った。

無条件で与えられる慈しみのこもった視線に、自分が弱くなったみたいで。




「どう?葡萄酒の味は。変なとこでリディエルはお子様だよね」

「うっさい。誰だってはじめて口にすれば戸惑うでしょ」

「だね。ぼくだって飲み慣れてない酒なんて飲もうとも思わないし。

というかリディエルの誓いさ、雰囲気ぶち壊しだよ」

「......何かダメだった?」

「ダメもなにも......まぁいいか。お互いに堕天したらどちらかが殴ってでも止めてくれる友情なら、天使らしくなくていいか」

「でしょ?これがわたしの育て親なら蔑んだ目で殺されるよ」

「それはそれで全力で拒否するよ。これでこの約束という誓いを守るためにもリディエルには死に急ぐ癖をなんとかしてもらわないとね?」

「......もしかして嵌めた?」

「ふふ。どうかな?」

 不敵に笑いながら飲み終えたグラスを置き、人差し指を立てたラミエルはもうひとつ、と言いながらこちらを見た。

 ラミエルに良いように嵌められたものの、一度立てた誓いを破ることなど出来ないのでわたしは大人しく頷くしかない。

「この際だからあだ名をつけよう」

「......はぁ?」

「君とぼくはつい先程誓いを立てた間柄の天使となった。つまりは誰よりも仲良くすべきじゃないかと思うんだ。そこで、人間風の提案がしたい。人間は仲良くなった相手にはあだ名というものをつけてより親しみやすい印象を与えるとかなんとか」

(......胡散臭い。どの口が言うか)

「それで人間風にあだ名をつけよう!そうだねぇ......ぼくがラエルなら、君はリディ。どうかな? 特別な感じがしない?」

 変人天使の突拍子もない提案には驚いたがラエル、リディ、と心の中で呟いてみると確かに特別感はする。

 だいたい天使にはあだ名をつける習慣はないので、誰もがしなかったことだが割と悪くはない。むしろどこかくすぐったい気がする。

「気に入らないかな?」

「......そんなことない。ラエル......」

 どことなく気恥ずかしくて視線を逸らしながらつぶやくように言えばラミエルは嬉しそうな声でわたしの新たな名を口にした。

「リディは照れ屋だったんだねぇ。いつもそれぐらい素直なら可愛いのに」

 艶やかな笑顔を浮かべて酒をもう一瓶開けた変人天使から逃れるために一度も振り返らずに会場を後にしたわたしは頬を染めるものがアルコールかあの変人天使の言葉か分からずに何日かは首を傾げる羽目になった。





 乗り気ではなかった宴会ではあったが参加して悪くはなかった。後にラミエルことラエルとは悪友になり、わたしの悪い癖も彼の手により矯正されることとなる。酒の席の勢いで友人と交わしてしまった約束は数百年たった後に果たされることになるとはこのときのわたしは想像していなかった。


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