第二話 剣客
一年半後
「さて一刀、お前に教えられることはこの一年半ですべて教え込んだ。よって、修行は最後の試練に入ろうと思う」
あの誓いから一年半の時間が過ぎて一日の稽古が終わった後、道場の縁側で座禅を組んでいるときに、じいちゃんがこう声をかけてきた。
「最後の試練?」
「うむ、最後の試練とは飛燕流の現継承者が弟子をとり、その弟子にすべてを叩き込んだ後に行う試練のことじゃ。内容は師匠であるわしとの一騎打ちじゃな」
「一騎打ち……」
「流石に真剣を使うといろいろと問題が起こるので稽古で使っている模造刀を使う。この試練を突破すれば、お前が飛燕流の後継者じゃ。じゃが、この試練を突破しなければお前はこれ以降飛燕流の名を名乗ることはできぬようりなり、事実上の破門となる。さて一刀、お前にはこの試練を受けるに値する実力が伴っておるとわしは思っておるんじゃが、前はどうする、受けるか、受けないかはお前に任せる」
「受けるよ、俺には受ける以外の選択肢はないからね……」
ここで逃げるという選択肢はあり得ない。俺の実力がまだじいちゃんに及ばないとしても、ここで逃げて一生臆病者になるよりは負ける方がいい。まあ、負ける気はさらさらないけど。
「うむ、ならば最後の試練は明日の正午じゃ。それまでゆっくり体を休めるがよい。負けて体調が悪かったなどと言わぬようにな」
「じいちゃんこそ、負けた理由を年のせいにしないでよね」
「はっはっは、お前もいうようになったのう。わしは嬉しいぞ」
「まあ、自分でもこの一年半でかなり成長としたと思うしね。それに、ここまで俺を強くしてくれたじいちゃんに、恩返しではないけどじいちゃんを倒すことでじいちゃんの教えが正しかったってことを証明したいし、本気の爺ちゃん相手に俺がどれくらい通用するのか試してみたいからさ」
実際、この一年半はじいちゃんとの試合形式の稽古がメインになっていて、最初の方は全く歯が立たずに十本やって十本取られるのも日常茶飯事だったけど今は十本中五本から六本はとれるようになった。でもこれは防具をつけた状態での稽古だから、生身になるとどうなるかわからない。
「うむ、お前の本気楽しみにしておるよ。お前、最近自分でいろいろ試しておるじゃろ?」
「ありゃ、ばれないようにやってたはずなんでけどよくわかったね」
じいちゃんが寝た時に道場でやってたんだけどなあ。
「寝ようと思った時にお前の剣気を感じての。何をしているのかはわからかったがな」
剣気でわかるとか流石は俺の師匠。もうじいちゃんの超高感度センサーには驚かないことにする。
「では明日、正午に始めるぞ。よいな?」
「わかった。よろしく、じいちゃん」
じいちゃんが縁側からいなくなったのを確認して、稽古で使っていた二降りの模造刀を取り出して構える。俺の二刀流は少し独特なもので、本来剣道における二刀流とは片手の剣が攻撃する時はもう片方の剣が防御を担当するという、攻防一体の技術なんだけど、俺の二刀流は防御に重きを置いていない。攻撃は最大の防御って言葉もあるように、攻めて攻めて攻め続けるのが俺のスタイルだ。昔の俺なら攻撃よりも防御に重きを置いていたんだけど、向こうで過ごす間に春蘭の攻撃馬鹿が移っちゃったんじゃないかと少し……いや、かなり心配している。
もう一つ、他に俺が一年半の間に練習しているのは……これはじいちゃんとの仕合の時まで内緒にしておこう。
右手に太刀、左手に小太刀を持ち、『無の構え』で構える。二刀流は多くの人が誤解をしているかもしれないが、『刀一本を腕一本で振る』のではなくて、体の全てを使って刀を振るうのだ。よくわからない人は五輪競技である『フェンシング』を思い出して欲しい。フェンシングは片手で『突く』動作が基本になる競技だが、あの競技は腕だけで突きを繰り出す事は殆どなく、体の体重移動と共に繰り出すことで強力かつ鋭い攻撃を繰り出すのがフェンシングだ。
さて、このフェンシングの体重移動による攻撃を二刀流(というよりも、片手打ちを使う日本剣術)に置き換えると、突きだけではなく、『斬る』という動作にも拡大させたものだ。勿論、刀は『突き』という動作だけでなく、『斬る』という動作も覚えなければならないので剣術の習得にかかる時間は格段と増える。しかし、この刀を振るう際の体重移動をしっかりと身につけることが出来れば、体重移動さえできれば一刀を扱える程度の腕力さえあれば二刀を扱えるという事になる。まあ、そこまで簡単ではないけど、一年半の間朝起きてから寝るまで刀を振れば一年半でも習得は出来るってことだ。
さて、二刀流の説明が長くなったけど、結局のところ何が言いたいかというと、剣術はそこまで敷居の高いものじゃなくて、剣術を学ぶ人間の努力次第で何処までも強くなれるって事を言いたい訳。つまり、もともと武の方がからっきしダメだった俺でも、自分の努力次第では強くなれるってことだ。
じいちゃん相手頭に浮かべて右の袈裟斬りから左の逆袈裟、右の横一文字、左の唐竹割り、右の袈裟斬り、左の横一文字へとつなぎながら模造刀を振る。この連続技は飛燕流の初歩である袈裟がけと逆袈裟の組み合わせである『閃華』を発展させた初級奥義『破天華』だ。飛燕流は二刀流の利点である手数の多さを最大限に発揮する事と戦いの中に『華』を見せることの二つを追及している流派で、最終奥義になると十六連撃にまでなるから、飛燕流を相手にする時は『受け』に回ってはいけないとまで言われる、超攻撃型の流派が俺の学んでいる飛燕流だ。
『閃華』から『破天華』、八連撃の『月光華』、三連撃の『氷華』、十連撃の『雪月華』、最後に十六連撃の『双龍蓮華』に繋いで演武を終わらせる。
「ふう……二刀の仕上がりはまあまあ。あとは……」
近くに立てておいた藁を一刀のうちに斬り捨てる。
「うーん、まだ一か八かだな……」
じいちゃんを倒す為の秘密兵器の成功率はまだ高くなくて、高くても60%位。それでもこれを使わないといけないのは、ここ一カ月のじいちゃんとの仕合は両方に何時まで経っても有効打がでずにどちらかの体力切れで勝敗が決まっていたから。つまり、俺とじいちゃんの実力は本当に拮抗してきているってこと。じいちゃんに必ず勝つためには何か一つ必殺となる攻撃が必要だと思ってこれを練習しているんだけど……
「やっぱり独学じゃ難しいかな?」
難しくてもやるしかないってことはわかってはいるんだけれど、秘密兵器が外れた時のデメリットを考えるとどうしても躊躇せざるを得ないんだよね……昔から本番に強いとは言われてはいるけど……心配だな。
心配していても仕方ないから、最ストレッチをして少しランニングしてから自分の部屋に戻る。
「明日か、頑張らないとな……」
この後、夜飯を食べて、素振りと瞑想しながらのイメージトレーニングをやってから風呂で一日の疲れを取ってからベットで横になった。
次の日
「……」
朝の五時半、いつもの時間に目が覚めた。毎日大体この時間には目が覚めて、朝のランニングに出かける。往復10kmを走って、庭でのストレッチ、それが終わったら一刀の素振りを500、二刀の素振りを500。このメニューをやり終えると、母さんが朝飯を作り終えて、俺を呼びに来てくれる。
「おはよう一刀、準備は万端かの?」
「おはようじいちゃん、お昼を楽しみにしといて」
じいちゃんと朝の挨拶を交わし、朝ご飯を食べる。それから歯を磨いて、風呂に入って座禅を組む。座禅は精神を統一し、何が起こっても平常心を保つためにやる訓練で、俺は座禅をしながら今日のじいちゃんを相手にするためのシュミレーションに入る。
雪月華からの氷華、破天華から閃華、月光華と繋ぎ、最後は双龍蓮華。これで決まらなければ奥の手ってことになるんだろう。どちらに転ぶにせよ、今日の試合は長引いたりはしないはずだ。じいちゃんだって長引けばスタミナで俺には勝てないってことを知ってるから短期決戦、しかも初手で決めに来ることだってあり得る。
「一刀、時間じゃ。始めるぞ」
もうそんな時間か……まだまだ考えたいことはあったのに……
「……やろうか」
草鞋を履いて庭に出て、二刀の模造刀を『正眼』に構えて構える。じいちゃんはいつも通りの『無の構え』だ。
「では、これより最後の試練に入る。覚悟はよいな?」
「うん、必ず勝って、飛燕流当代の座につかせてもらうよ」
じいちゃんは俺の目を見て、はっきりと頷いた。
「では……参る!」
開始の掛け声とともにじいちゃんが突っ込んでくる。少し遅れて俺もじいちゃんに向かって駆け出し、庭の真ん中より少し俺が立っていた場所に近い場所で鍔迫り合いになる。
「ふ!」
鍔迫り合いでは試合が長引くので蹴りで牽制を入れつついったん間合いを取って斬りかかる。
ガン!と音がして『閃華』の一撃目が左の小刀で防御される。続けざまに放った二撃目も右の刀で受け止められる。
「一刀、お前の力はこんなものかの?」
「まだまだ!」
鍔迫り合いになっていて使えない左の刀に向かって右斜め下から刀を振り上げ、じいちゃんの体勢を崩す。じいちゃんもこう来るだろうと思っていたようで、後ろに跳んで躱すが、俺はそれを狙っていた。
「む!」
じいちゃんが驚きの声を上げるのと同時に斬りかかる。飛燕流奥義『双龍蓮華』高速の十六連撃からなる飛燕流最強にして一番美しいとされる技だが、この技は体の筋肉を限界まで使うので連続使用は難しく、さらに体力をかなり使うのでこの後の戦闘が難しくなるという欠点がある。
流石のじいちゃんもここで使ってくるとは思わなかったようで、すべての斬撃を防ぐことができずに何度か斬撃をもろに体に受けている。
『はー、はー、はー』
最後の攻撃をじいちゃんの脇腹に決めて距離を取る。本当はここで決めておきたかったんだけど、流石はじいちゃんといったところで、うまく急所を防御し、衝撃を極力受け流すように受けていた。それでもダメージはおっているようで、珍しく肩で息をしていた。
「まさか序盤で決めに来るとはの……しかし、これで決めきれなかったのは痛かったの」
「じいちゃんこそ、かなりダメージ受けてるんじゃない?」
「まだまだ……今度はこっちから行くぞ」
言うが早いか、じいちゃんも俺に向かって『閃華』から『双龍蓮華』に繋いで攻撃してくる。『閃華』の方を紙一重で躱すまではよかったが『双龍蓮華』の最後の三連撃をまともに受けた俺は開始位置の遥か後ろ、池の近くまで吹っ飛ばされた。
「あ、やばい左手逝った」
最後の最後、横一文字の斬撃を左手の甲に受けちゃったせいで左手の感触がない。これじゃ二刀での戦闘は無理だな。
「どうした一刀、まさかこれで終わりとは言わんよな?」
「いやー、左手の感覚がないから次の攻撃が最後かな……決めようじいちゃん。じいちゃんだってそろそろ体力やばいでしょ」
「ふむ……では、最後の最後にわしのとっておきを披露するかの」
じいちゃんは小刀をしまい、左足を少し前に出して刀を上段に構えた。
「新当流一ノ太刀……飛燕流の技ではないが、昔一緒に稽古しておった戦友の忘れ形見じゃ。さあ……行くぞ一刀!」
「来い!」
両方の刀を鞘にしまい、右足を前に出して体を少し捻りながら右手は刀を握る。刃の方を左に向けて、感覚のない左手で少しだけ支える。これが俺の切り札、我流の抜刀術だ。
俺の構えを見て何をしようと思っているのかじいちゃんも分かったみたいで、自分から俺の方に突っ込んでくる。
成功率は60%、ここで失敗すると俺の負けで、華琳にはもう逢えないだろう。約束を果たすために、じいちゃんを倒すために……力を出し切れ、北郷一刀!
じいちゃんが上段からものすごい速さで刀を振り下ろしてくる。狙うはその刀。刀を弾き飛ばしてじいちゃんの首に剣先を突きつければ、俺の勝ち。
全神経を集中し、じいちゃんの刀だけを見る。
まだ……まだだ……今!!
じいちゃんの刀が、俺の頭のちょうど上、30cmに来たところで刀を鞘走りさせ、一閃させる。これまでで一番の感覚。右手に持った刀を通じて何かを弾き飛ばす感覚が伝わってくる。
俺の放った剣閃は見事にじいちゃんの刀を弾き、弾かれた刀は池にぽちゃんと落ちて行った。
「見事じゃ……一刀、これでお前は第二十代目飛燕流当主北郷一刀じゃ。これからも励むがよい」
「……はい!!」
本気のじいちゃんに……勝った……
いつものじいちゃんは本気を出していても、どこかで少し緩めていることを俺は知っていた。だからこそ、最初から最後まで本気で戦ってくれたじいちゃんに勝てたこと、さらに独学で学んでいた抜刀術が成功して勝てた事はこれまでの修行の中で一番嬉しいことだった。
じいちゃんは縁側においていた蒼鬼と赤鬼を持ってきて、師匠としての顔になる。
「では一刀、お前に家宝であり、飛燕流当主の証である赤鬼、蒼鬼を授けよう。この刀に恥じぬよう、これからも努力を怠るでないぞ」
「はい!北郷一刀、第二十代目飛燕流当主の座、謹んでお受けいたします!これからも剣の道に精進し、己の力を高めていくことをお約束いたします!」
師匠に倣い、いつもの砕けた口調じゃなく真面目に言葉を返す。
「うむ、では当主就任祝いとしてわしが使っていたこの剣帯もお前にやろう。お前用に調整してあるからすぐ使えるじゃろ。お前の最後に使った抜刀術も剣帯があるのとないのとでは全く違うからの」
「ありがとうじいちゃん」
じいちゃんから渡された剣帯を腰につけ、蒼鬼と赤鬼を差す。
「これでお前も立派な剣客じゃの。最後に、先輩剣士としてお前に言っておきたいことがある……一刀、平和な時代に生まれたお前にこんなことを言うのは酷なことだとは思うが、戦場で人を斬ることを躊躇うな。お前に向かってくるものは皆敵じゃ。お前を打ち取ろうと必死で向かってくるじゃろう。そんな戦場で一瞬でも躊躇すれば、お前やお前の仲間が斬られて命を落とすことになる」
「でも……やっぱり俺は殺すこと、殺した人の家族のことを考えちゃうと思うんだ……」
敵とはいえ、殺した人のことをすぐに忘れるということはできそうにない。事実、前の世界でも簡単に忘れることはできず、結局死んでいった人たちのことを覚えておくということにしたんだ。
「そのこと自体を否定する気はないが、そんなことではお前は前に進めまい。お前が斬った人間がこの先紡ぐはずだった人生はお前によって絶たれる。死んだ人間に未来は作れんのだから、斬った人間の分だけ、お前は時代を作っていかなければならんのだよ。剣客というものは、人を斬らねば名をあげれず、名を挙げたと思えば、これまで斬ってきた人間のことを考えて罪の意識に苛まれ続けるものじゃ。だが、それを乗り越えた先に、本当の強さというものが見えてくる……わしはそう思っておる」
「乗り越えた先に……?」
「うむ。わしがこの感情を乗り越えた時、わしは追い求めてる事が見えてきた。見えてきた物が何かは教えてはやれぬが、乗り越えた先にお前の欲するものが見えて来ると信じて先に進んでみると良い」
「うん……乗り越えられるように頑張ってみるよ」
「うむ……わしは『夢』というものは呪いと同じだと思っておる。夢というのは叶えることのできた人間はその呪いから解放されるが、叶えられなかったものは最後までその呪いに苛まれ続ける……じゃが、わしはその夢こそが人間が生きていく為に必要なものだと思っておる。だからこそ、わしはお前達のような若者には夢を持って、そこに向かって精進を続けて言って欲しいんじゃ勿論、それ相応の覚悟が必要になるのは言うまでもないが……その点は心配してはおらん」
じいちゃんはもう一度、俺の覚悟を試しておきたかったんだろう。そして、『夢』の大切さを教えてくれたんだ。『夢』を追うにはそれ相応の覚悟が必要だってことも。
「一刀、これからお前は様々な困難に見舞われるじゃろう。じゃが、お前が心に一つ確かな物を持っている限りお前は前に進んでいけるはずじゃ」
「うん……ありがとうじいちゃん。それじゃ、また後でね」
人を斬ることを躊躇わない事……か
俺が剣術を身につけて、むこうの世界に戻って刀を振るうって事は、俺がふるった刀の餌食になって死ぬ人間がいるという事を、俺は強くなる事ばかり考えて、何処かでこの事を考えないようにしていたような気がする。それを見抜いたからじいちゃんはあんな話をしてくれたんだろう。
人が死んでしまうのにはもう慣れた。どの戦でも少なくない人が死んで逝ってしまったし、戦は人が死ぬものだって言う事は華琳に教え込まれたけど、結局人が死ぬということになれることはなくて、戦が終わるたびに吐いていた。流石に消える前には感覚が麻痺したのかわからないけれど吐くことはほぼなくなっていた。
じいちゃんに言われた言葉をかみしめながら、縁側で蒼鬼と赤鬼のメンテナンスを始める。鞘から抜いた蒼鬼と赤鬼は陽光を浴びて輝き、まばゆいばかりの光を放つ。その光が消え、景色が元に戻った時、北郷一刀の姿はそこになかった。
いろいろ考えた結果、こんな感じの文章になりました。戦闘シーンについてはご容赦を。もう少し迫力のあるシーンを描きたかったのですが、つたない文章力では臨場感をうまく出せませんでした。
さて、一刀が蒼鬼と赤鬼に導かれてどこかに消え去ってしまいました。これらの一刀はどうなってしまうのか!
次回のお話にご期待ください。
次回の更新は10月30日を予定しています。公開予定は前後すると思いますが、遅れるときは活動報告にてご報告させていただきます。
それでは皆様、次回 蒼鬼と赤鬼(仮)でお目にかかりましょう。
この作品を読んでくれている方々に無情の感謝をこめて
良い毎日を!