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ロボと狂女  作者: 青依
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ロボと狂女

「アナタの名前はなんていうの?」


【――。】


「あら喋れないの? そっか。じゃあ仕方ないから、身振り手振りで話してよ」


【――。】


「でも変ねぇアナタ、『人間』にしては手も足も歪な形してるわね。手は太い筒みたいだし、足はブルドーザみたいだし、肌は金色、目は赤いろ」


【……。】


「でも。ワタシ、全然キライじゃないわ。ううんキライどころか、むしろとっても、ステキよ」


これが、ロボと狂女の出会いである。



∞ロボと狂女∞



とある廃屋に発明家の男が住んでいた。廃屋は鉄骨がむき出しになっている程朽ちており、中は空気が淀み煤や埃に溢れかえっていたが、発明家は特に気にする様子もなかった。彼は自分の好きな発明ができれば何処に居ようと構わなかった。幸い収入はそれなりに得ており、それなりの生活はできている。

この都市では科学が急激な成長を果たしたことにより、食物の栽培、水の生成、病気の治療等が人間の手を使わずとも全て機械が行うようになり、今では生きるために必要なものがかなりの低コストで作られるように、都市の人間であれば誰でも無料で必要最低限の物資が得られるようになったのだ。――勿論、美味しい料理はそれ相応の金が必要だ。しかし、今となっては資本主義もすっかり廃れてしまい、紙幣を持ち歩いている者の方が珍しかったりする。


ガラガラと音を立ててロボットが散歩から帰ってきた。それに気付いて発明家は顔を上げて話し掛ける。

「C-300、外はどうだった?」

ギギ、と音を立ててロボットは振り返った。正しくは首だけが180度回転し、その赤く光る瞳が発明家を射抜くように見た。発明家は取り掛かっていた仕事を放り出し、それの近くへと歩み寄っていった。視界に珍しいものが映ったからだ。発明家は揶揄するような口調で言った。

「んん、一体オマエは何を持ってるんだ? 見せてみろ。隠してないで」

発明家の言葉を命令と受け取ったそれは、直ちに体の向きを戻し、発明家と向き合った。その両手には一輪の白い花が挟まれていた。それの手に指は無いので、平たい部分を器用に使って持っていた。その花は特別大きな美しい花などではなく、そこら中に生えているだろう道草の類いだ。しかしそれをロボットが摘んだとは考えられない。理由は前述通り。頭を働かせて花を潰さぬように持ち帰ることはできても、花を傷つけずに摘むことなどできない。ましてや、根っこのついたままになど。仮にロボットに指があり花を摘んだとしたら、まず根は引きちぎられるだろう。人間のような細かな力加減はそれらにとって難しいことであるのだ。


「うわ、玄関まで土が落ちてやがる――ってまアどうせ汚ねぇ家だからいっかな。……そのうち衛生面が酷すぎるってお役人たちがやって来そうだな。もしくは俺が病に倒れるのが先か――」

【――。】

「んでその花は誰から貰ったんだ? ま、ロボット相手に花を送るなんて頭オカシイ人間そうそういないがな」


そしてロボットの頭に手をやって何度か叩いた。カンカン、と金属の音がした。


「C-300、オマエは俺の曾じいさんが作った歴史ある機械だ。その貴い歴史に強いてメスを入れて最先端の技術を組み入れようなんて考えは俺には毛頭ない。……ただな、オマエは機械にしちゃ珍しすぎるものを持っている。本当に稀な、現代に至っても未だ作り出すことのできないものだ。――。だからもし、オマエのその『心』みたいなものが望むなら、俺が何とかしてやるからな。オマエは俺にとっちゃ可愛い子どもみたいなもんだからな、何でもしてやるよ」


ロボットは何も動かない。ただそれの手にある花が、機械特有の振動によりかすかに揺れるだけだった。


∞∞∞


それから、ロボットは道草の花を持ち帰るようになった。

最初は一輪二輪だった花が、次第に花束へと変わってゆき、花輪がそれの腕に巻かれるようになった。花輪の出来はやや粗かったが、よくできていた。花輪はついには花冠へと進化し、それは散歩の度に花まみれになって帰ってきたのだった。――。


「よく似合うじゃねぇか」

発明家は笑って、花冠のひとつに触れる。

「それにしてもこう毎日毎日、花持って帰ってきやがって――。良いお人形さんじゃねぇかC-500。俺が保護の為にヘルメットを被せてやろうとした時はすぐさま放り捨てたくせに」

【――……。】

「……何だ?」

ロボットは発明家をじっと見つめて微動だにしない。無論壊れたわけではない。その目が赤く輝いているのが何よりの証拠だ。ロボットは発明家の体に手を動かして触れた。発明家にはそれが幼い子供が甘えるように請い願ううかのように見えた。

ロボットはそれから口元へ手をやった。発明家は驚愕のあまり何も言えないでいる。ロボットは繰り返しその動作を行った。発明家の手から口へ、時に発明家の手から発明家自身の口元を指して、しきりに何かを訴えてきた。発明家はようやく問いかけを口にする。

「オマエもしかして……」

【……。】

「『言葉』が欲しいのか?」



∞∞∞



「ワタシはイノって名前。可愛いでしょ。たしかアナタは喋れないのよね。名前はあるの? まあ、あったとしても関係ないわ、ワタシがつけるから。ニックネームみたいなもんよ、いい、アナタの名前はロロよ。ロロ、ステキな名前でしょう? 今考えたの」


少女は笑った。土にまみれた顔だった。髪は茶色の長髪で、きょろぎょろと始終落ち着きなく視線が漂っていた。

少女は都市で専ら『狂人』として認識されている人間だった。少女がどこに住み、どのような生活をしているのか知っている者などいない。端から他者に興味などない。


「ワタシ花が好きなの。だって綺麗だし、すぐ散るし、すぐ咲くし? ほら、こうして花の輪っかにもできる。ステキ。アナタにあげるわ、ワタシはもういっぱいあるもの」


その言葉通り、少女の体にはさながら小さな花畑のように様々な花が飾られていた。綺麗に編み込まれた輪っかもあれば無造作に服に突き刺してあるものもあった。少女は風の流れる方へ顔を向けた。糸のように髪が風になびいた。少女は瞳を閉じた。しばらくして横目でロロと自らが名付けた機械を見つめた。


「アナタも目を閉じてごらんなさいよ。風がきもちいいわ」

【――。】

「あら? アナタ もしかして瞼が無いの? じゃあ、遠くを見なさいよ。できるだけぼんやりと、像を結ばないようにね。それが身を委ねるってことよ」

【――。】


すると少女はおもむろに立ち上がって、ロロを指差し、叫んだ。


「何で喋れないのよ! 面倒くさい! もういいわよ、アナタ もうどっかいったら?!」


少女は非常に気紛れだった。これが彼女が『気が違っている』と人々から距離を取られる理由の一つだった。


少女はその場を離れていく。ロロはついていった。少女は髪を散らして勢いよく振り返った。


「ついて来ないで! ワタシばかり喋ってバカみたい。――アナタには言いたいことたくさんあるんでしょ。わかるわよ。でもワタシはそこまで汲み取ってあげられなかったの。わかるでしょ」


彼女は機械に対して、人間に接するようにコミュニケーションを取ろうと努めたのだった。彼女の中に機械という概念はない。よって機械と人間の区別がつかないのだ。それは彼女の過去に深く起因するのだが、そのことに気付いているはずもなく。

だから癇癪をおこした。ロロは途方に暮れたように足を止めた。少女は先へ進んで、少ししてからゆっくりと振り返って言った。


「あーあ。アナタも話ができたらな。そしたら二人でお喋り、できるのにな」


その後ろ姿が寂しそうに消えていく。

ロロはしばらくしてから、その場を去った。足取りは遅く、やや俯き加減に帰路についた。その姿が妙に人間らしかった。


そうして、新たな頭脳を自身に埋め込むことに、決めた。


∞∞∞


「ロロ?」

少女を見つけるのは容易かった。少女はいつも廃屋から近い公園の地べたに座り込んで、花と戯れている。辺りに人気はない。今時公園など幼い子供でさえ近寄ることはしない。だからロロや少女のことを奇異な目で見る者はいない。

ロロはゆっくり、頭を回転させて音声プログラムを開き、何度も練習してきた『言葉』を慎重に引き出す。そして、声に出した。


【おはよう、イノ】

「!」


少女は弾かれんばかりに立ち上がった。ロロは言葉を続ける。


【しゃべれるように、なったヨ】

「ええ……ええ!」


少女はロロのすぐ近くまで寄っていってロロの声に耳をすませた。


【ネェ】

「何かしら?!」


ロロは右手を彼女の手に触れさせた。


【お散歩に、行こうヨ】

「ステキだわ! 勿論いいわよ、一緒に行きましょう!」


少女はとびきりの笑顔をロロに向けた。

――彼の赤い目がわずかに微笑んだように見えたのは、ただの気のせい、だろうか。




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