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すぅちゃんの1日 そのはちじゅうに

 熱を出した。

 全身を倦怠感が覆い、喉の痛みと頭痛が風邪である事をこれでもかと主張する。

 ぐったりとしたままベットの上で横になる私に不安げな視線を送りながらも、授業へと向かう為に先ほどライラは部屋を出て行った。


 最後まで今日一日休んで看病すると言っていたが、立ち上がれない程酷い訳ではないし、何か有れば寮常駐の先生に言えば良いだろう。


 ライラが作ってくれた冷たいタオルを額の上に乗せたまま目を瞑る。何にせよ体力を回復しない事にはどうしようもない、全身を覆う倦怠感も相まって直ぐに意識は闇へと沈んだ。


 


 風邪を引くなんてここ数年無かった事だ。

 過剰とも言える程の訓練でもこの体は不調を訴えなかった。あるいは、気を張っていたが為に不調すらも無視していたと言う可能性が無いとも言えないが、それでも風邪を引く等ということが本当に久しぶりで、それこそ記憶にある中ではまだ母が生きていた頃に1回有った程度。


 貴族の血を残す為だけに子を産まされた母、私の事を愛してはくれたが、所詮エルメロイの家を繋ぐ為の道具に過ぎなかった母は家での立場は弱かった。それでも私を守ってくれていた事は知っていた。おぼろげながらも覚えている僅かな記憶、体が弱かったのにも関わらず、風邪を引いた私の傍にずっと付いていてくれた。額に手を当てて、その冷たい手の感触を思い出す。


「大丈夫よスゥイ、今日はゆっくりやすみなさい」


 そう言って頭を撫でてくれた。

 喉が腫れていたせいか、母は果物を持って来てくれて昼食のかわりにしてくれた。

 奇麗に切ってくれた果物をひとつひとつさらに小さく切って口元へ持って来て食べさせてくれた。

 

 その日、体の弱い子を産んだ、と祖父に怒鳴られていた事等全く知らなかった。そして果物が高価であることもその時は知らなかった。



 ぱちり、と目を覚ました。

 ぼんやりと開ける部屋は薄暗く、どうやら相当な時間寝ていた様だ。時間を見ようと僅かに痛む関節を無理矢理に動かし、ベットから抜け出そうとした所で扉が開いた。


「……何してる、病人は寝ておけ」

「……スオウ、女性の部屋に無断で入ってくるとは何事ですか」

「ライラの許可は得たぞ」

「私の許可を得てください」


 私の苦情もそこそこに起き上がりかけていた私の体をそのままベットへと押し戻し、ずり落ちていたタオルを拾うスオウ。

 脇に抱えていた水瓶に入れて軽く絞った後額へとのせてくる。冷たくて気持ちがよい、すぅ、と頭が透き通って行く様な感覚と同時に僅かに細めた目から涙がこぼれ落ちるのに気が付いた。


「あ……」


 慌ててスオウを見るが何か作業をしている様でこちらには気が付いていない。薄暗い部屋のお陰もあったか、どうやら見られなかった様だ。ふぅ、とため息をつきそうになった所でスオウから声をかけられた。


「少し食べられるか? 取り敢えず腹に何か入れれそうなら入れた方が良い」


 トン、と置かれた小皿の上には奇麗に切られた果物が置いてあった。

 皮を特徴ある形に残し切り取られたその形は小動物の形にどこか似ていて笑いを誘う。


「相変わらず無駄に器用ですね」

「可愛いだろう、お子様に大人気だぞ」

「私は子供ですか」

「まぁ、果物はビタミンが多いからな。それにこれなら果汁が多いし喉にも優しいだろ?」


 露骨に話をそらしたスオウに眉を顰めて睨むが当の本人はどこ吹く風だ。

 まぁ、口でスオウに勝つには相当体力を使う、病人が無駄な体力を使う事も無いだろう、と切ってもらった果物を食べようと体を起こしかけた所でふと、思った。


「スオウ」

「なんだ?」

「食べさせてください」


 その言葉、一瞬固まったスオウだがくつり、と僅かに笑みを浮かべそして手に持っていた串を果物に刺した。

 だがその果物を見て僅かに悩んだ後、奇麗に切られた果物を小さく切り分けて、そして口元へ持って来た。


「……」

「どうした? 食べないのか?」

「いえ、頂きます」


 小さく切られたその果実は甘く、きっとスオウが買って来たのだろうからそれなりに高い果物なのだろう。

 母が買った果物はそれに比べたらさほど高い物ではなかったのかもしれない、でも私に取ってはなによりも高い食べ物だった。

 口に入った果物は美味しかった、それに対してどこか不満を覚える、吐き出してしまおうかとも思ったがそんな事を考える自分が情けなかった。どこか母を穢された様な気がしたのだ。スオウは何も悪く無いというのに。


 何度かそんなやり取りをした後、温くなって来たタオルを取るスオウ。同時に額に手を当てて熱を測ってくる。

 その手は冷たくて、普段冷たく無いスオウの手なのに、その冷たさはどこか別人の様にも思えて。その手の冷たさはきっとタオルを冷やす為に水瓶に手を入れるからであろう事に気が付いて。


「タオルを……」

「ん? あぁ、すまん」


 急かす様に告げて額に乗せられたタオル。それを下にずらし目にかける。その冷たさを感じ少しだけ泣いた。

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