すぅちゃんの1日 そのろくじゅうご ちょっとした裏話②
僕の名前はロイド=フォールス。フォールス家の後継ぎとして日々精進している。
兄上であるスオウ=フォールスが、フォールス家との絶縁を表明した。当家もそれを受諾、表明した為、後継者としての資格がなくなり僕へお鉢が回ってきた為だ。もっぱら父上も母上も大して気にしていないようだが。というより以前からの事ではあるが、後継者とかそんなの関係無いと変わらぬ愛情を注いでくれていることは感謝するべき事だろう。この年になってようやくわかってきた事でも有るのだが。
ちなみに絶縁表明、後から分かったがこれは僕の為だったようだ。当時は勝手なことをしてと随分腹がたったものだが、物事を知らないという事は本当に愚かな事だと理解できた。
後継ぎが僕になったことで少なくない不満が起こったことは知っている。当然だろう、兄上は天才だ、いやもうあそこまで行くと鬼才、偉才、変人だ。僅か11歳でコンフェデルスのトップである六家と話を付け、いまや世界最高峰の船と言われている魔昌蒸気船を開発し、奥様から子供まで大人気の菓子類を作り上げた。さらに未だに変な開発を行い、設計図を送りつけてくる。もはや変態だ、変態すぎて頭が痛い。
最初の頃こそ嫉妬、羨望、妬み、いろいろ思う所はあった。母上にも随分当たったことがある、兄上に対しても随分と酷い事を言った記憶がある。けど兄上はいつも癇癪を起こしている僕に対して何も返してこない、ただ黙って聞いてくれる。そして最後に言う、フォールス家にはお前が相応しい、と。お前が後を継ぐべきなんだ、と。当時はふざけた物言いだと思った、上から見られているような気がして、持っている者の傲慢だと、押し付けだと、そう思っていた。今は違う、きっと本心でそう言っていたのだろうと思う。なぜかは今だ分からない、いつか話してくれるのを待つしかないとは思っているのだが。
まぁ、個人でコンフェデルスに喧嘩を売るなどというまさにアホというか馬鹿というか、ああ、やっぱり兄上だなぁ、と思う事をやらかしたせいで直接会うことは困難になってしまったが……。
いつかきっと聞き出してみよう。折角だから新しく開発したこのワインを一緒に飲みながら。
くすりと笑い、その新作のワインを片手に書斎の扉をあける。そこには眉を顰める程度に乱雑に散らかっている書斎が視界に入る。かといって汚れているわけではない。
決済待ちの書類や新規開発計画の工程表などだ。これほど膨大な数を処理していた兄上がどれだけ優れていたのか今更になって理解する。母上が言うには兄上は仕事を振り分けるのが上手かったのだ、との事なのだが。どちらにせよ処理しない事には先に進めない、これからおそらくずっと兄上の亡霊が付いて回る、けど負けるわけには行かない、そう、絶対に負けるわけには行かないのだ。
モノクロの写真が机の上に置いてある、純白のドレスに包まれた黒髪の美女。兄上の恋人、そして僕の初恋の人。
「こんなに幸せそうな兄上の顔を見るのは初めてかもしれませんね」
その写真に写る兄上は、どこか困った顔をしながら、けれど微笑んでいて、国相手に喧嘩を売った後とは思えない表情だった。
「さぁて、兄上の尻拭いと行きますかね」
ドン、と全体重をかけて椅子に飛び込むように座る。目の前に積みあがる書類の束、一枚目はカナディル連合国家からの出頭命令通知書。それを両手で掴んだと思ったらビリビリと破り捨てる。内容はスオウ=フォールスの捕縛協力依頼である。
後ろ放り投げたその紙切れはひらひらと舞い落ち、地面に落ちる。そこには同様の書類が数枚溜まっていた。
出頭した所で言われることは明確であるが、相手も直接言えない事は明白。回りくどい言い方で数時間拘束されるのは目に見えているのだ。正規の手順で出してきている出頭命令ではないので放置しているがそろそろ本格的に出頭命令が下るだろう。母上が行くといっているがまず確実に喧嘩を吹っかける可能性が高い、スゥイさんの件で相当頭に来ていたみたいだがら権力フル活用だろう、これ以上面倒事が起こるのは困る。僕が行くしかないだろう……。
「はぁ、兄上、いい加減にしてくれないと先にこれ飲んじゃいますよ」
視線の先には先ほど持ってきていたワインが鎮座していた。