すぅちゃんの1日 そのろくじゅういち 夏の風物詩
「百物語ですか?」
夏の日の夜、暑さに耐えかねたのか薄着でだらけているスゥイが返事を返す。
「あぁ、怖い話を100個するってだけの簡単な事なんだけどな」
「そういえばコンフェデルスでも似たような話を聞いた事がありますね」
ふむ、と思案顔で顎に指を当てながら此方を向くスゥイ。肩紐が落ちた状態のキャミソールに短パンというどう考えてもいろいろとまずい格好であるが、スルーして返事を返す。
「その辺は何処も変わらないんだな。ま、この蒸し暑い状況を打開するにはどうかと思ってな」
「そうですね、ではリリスとライラ、アルフを呼んで来ましょうか」
「あぁ、談話室に居るだろうから頼んだ。俺は茶菓子でも用意しておこうってちょっとまて、その格好で出て行くな」
ドアノブに手をかけたスゥイに声をかける。肩紐が落ちたままで外に出るのは流石にどうかと思う。
「ふふ、そのあたりの気遣いは出来るのに何ででしょうね。もはやいろいろと駄目な気がしますよスオウ」
「お前もお前で段々適当になってきている気がするけどな」
くるりと振り返り笑みを浮かべているスゥイ、此方はいつも通りの疲れた顔だ。距離が近いのはいいことだが……。
鼻で笑い返事を返す、返ってくるのは変わらぬ笑顔。
「そんな事はありませんよ、これもまた一つの作戦です」
落ちていた肩紐を戻し、ずり下がっていた襟元を上にあげ、残念、と呟いた後部屋を出て行った。百物語をするってだけの話だったはずなのだが、何処で間違ったのやら。数十分後、集まったいつものメンバーで百物語は始まった。まぁ、流石に面倒なので百話もする予定は無いのだが。
薄暗い部屋の中、神妙な顔をして語りだす。その声は遅くも無く、そして早くも無く、抑揚は強くも無く弱くも無く。まさに雰囲気を出した喋り方と言おうか、その口を流暢に動かしながらスオウがしゃべりだした。
ふむ、今はもう記憶にうろ覚えだが。これは俺がまだアルフと出会って直ぐの頃、そうだな確か6歳になった時だったろうか。
当時から本が好きだった俺はよく父の地下書庫に入り浸っていた。今でも思い出すが、あのかび臭い匂いと本の紙の匂いが酷くてな。まぁ、そんな環境ではあったが、魔術の光りで本を探して外に持っていって読むのが日課だったな。
まぁ、その地下書庫での話しなんだがな、薄暗い中にいくつもの棚が並んでいて、奥のほうに行くと入り口から僅かに入る光が完全に棚で隠れてしまってな。魔術の光りでぼんやりと見える程度なんだ。あの時はまだ魔術がそこまで上手くもなかったし覚えたてだったから仕方が無かったんだが、その薄暗い光でなんとか目的の本を探していたんだ。
その日は偶々外が雨でな、いつもは明るい日差しも無くて扉から入ってくる光も無し。完全な暗闇状態になっていた書庫なんだが、どうしても読みたい本があって雨の中書庫に入ったんだ。今思うとなんであそこまで読みたいって思ったのか分からないんだが、その時は本当にその本が読みたかったんだよ。
ギシリという音を鳴らす扉を開けて、暗い石畳の階段を数段降りていつもの地下書庫に入ったんだが、なぜか寒くってな。まぁ雨の日だし気温も低いからありえない話しじゃないと思って奥に進んだんだ。
いつも通り魔術の光りで辺りを照らして奥に進んでいって目的の本棚にたどり着いて、ようやく探していた本を見つけてな。本棚から引き抜いたんだ、黒い表紙の本なんだけどいつもと違って湿気というのかな? なんか湿った感じがしてな。まぁ雨の日だから仕方が無いかとその本をそこで読むことにしたんだよ。
雨の日だったからな、外で読むのも無理だし、部屋に戻るのも億劫だったし、上の方の棚に置いてある本を取り出すための脚立もあるから、それを椅子代わりにして読むことにしたんだ。
本の内容は在り来たりの魔術理論なんだが、どうも読みにくくてな。ぼやけると言うか、字が滲むと言うか、目が疲れているのかな、と思ったんだがそういうわけじゃないし、魔術の光りも問題無く灯っているし、困ったなと思いながら読んでいたんだが。読んでいくにつれてぼやける所とぼやけない所がある事に気が付いたんだよ。
おかしいな、って思って本から顔を離そうとしたらずるっと本が手からずり落ちて床に落ちたんだよ。なんで手からずり落ちたかって? 黒い表紙だと思ってたその表紙、びっしりと髪の毛が付いていたんだよ、濡れた髪の毛が。
はは、でもそれより驚いたのが、ぼやけたのって人の顔だったんだよね。
じぃーっとこっちを見てたんだよ。何も言わず、何も語らず、ただじぃーっと。本と俺の顔の間に顔を置いてじぃーっとな。
その顔、にたりと笑って、イタイナァってまるで耳元で聞こえるような声が聞こえてな。
もう、あわてて立ち上がって走り出したよ、いやはや強化魔術まで使ったのを覚えているね。
あの後結局あの本は見つからなかったな、一体何処に行ったのやら……。
「さて、と。じゃあ次は誰かな?」
「む、ス、スオウよ。流石に十分ではないか?」
顔を引き攣らせ見事な金髪を額に張り付かせている、明らかに冷や汗で付いているのがわかる。
「お、おうよ。もう十分だと思うぜ」
隣に座るアルフも同様だ。むしろこっちはミシリと音がしそうなほど手を握り締めている。
「リリス、アルフ……。貴方達もしかして……」
胡乱げな顔で二人を見るスゥイ。しかしすぐに、しまった、ここでか弱い部分を見せるべきだったろうか。と呟いている、聞こえている時点で意味は無いと思うが聞こえなかった事にしておくのが優しさだろう。
「くっ、幽霊つぅのは物理攻撃が効かない奴等なんだろっ!」
ドン、と床を殴りつけるアルフ。その顔は悲壮に満ちている。
「私の雷撃が効かぬ存在などっ! 相手に出来るか!」
こちらは腕を振り払い、握り拳で虚空の誰かに訴えている。若干髪が浮き上がりパリッと紫電が走ったのは見なかったことにしておこう。
「リリちゃん、アル君……、作り話だからね?」
はぁ、とため息を付きながら二人を見るライラ。彼女もこういった話には全然平気な様で、というかライラって苦手なものが無いんじゃないだろうかと思わないでもない。
「さすがに序盤でこの状況になるとは思ってなかった……」
残った茶菓子を口に運ぶ、蒸し暑いこの夏、二人限定で若干涼しくはなったようだ。残り三人は疲れただけだったが……。




