すぅちゃんの1日 そのにじゅうはち(番外編 しんでれら後編)
カチャリ、と綺麗な装飾と独特な形状をしたティーカップを受け皿に置く。最近巷で有名になって来たローゼンダルというメーカーの高級食器だ。どうやらフォールスグループの傘下らしい、どこまで手を伸ばしているんだかあの家は……。
カナディル連合国家で最大の商家となりつつある親友の実家を憂いながら出されてきたケーキを食べる。これもフォールス家菓子部門の菓子だ。砂糖の精製が独特の技術で精製しており、甘さが他の菓子に比べると雲泥の差である。目の前に座る青髪の翼人の親友、ライラが嬉々としてそのケーキを食べている。私の記憶が正しければ3個目のはずだ。
なぜ太らないのか不思議だ、おそらくあの巨大な胸に栄養が行っているに違いない。私もそれなりに自信は有るがあれほどではない。たまにスゥイが殺意を持った目で見ているのだが気づいているのだろうか。
じっと見ていたのを不審に思ったのかライラが此方に気づき声をかけてきた。
「あれ? どうかしたの? 私に何か付いてるかな?」
「いや、なんでもない」
付いているな、凶悪なものが二つ、とは言わないでおく。彼女は彼女なりにそれがコンプレックスになっている様な気もする。
「そっかー。ねぇねぇこのケーキも美味しいよ、もう1個このタルトも頼んで見ようかなぁ」
「食べすぎだ、太るぞ」
「大丈夫、大丈夫。私太らない体質だから」
楽しそうにメニューを見ているライラから世界中の女性を敵に回すような発言が出る。彼女も図太くなった、まぁ図太くならざるを得なかったともいえるが。私達の中ではライラが一番一般人だ。能力的なものを見れば一般人などと言う枠組みでは収まらないが、私達と違って人並みの生活を送れる可能性があった。
その点でやはり思うところ各人あるようだが……。
「でもリリちゃん、舞踏会放り出して着てよかったのかな?」
「構わんさ、舞踏会なんかすぐ中止になる」
白い丸いテーブル、綺麗な装飾がされた足、その上に置かれたケーキとケーキを食した後の空の皿。その空の皿が3皿目に差し掛かったところでライラから思い出したかのように舞踏会の話が出てくる。
おそらく今スゥイとラウナが到着して舞踏会所ではなくなっているだろう。
「まぁ、そうだよねー」
「今回は私達の出番はこれで終わりだ」
夫婦喧嘩は犬も食わぬと言う位だ、そもそも抱きしめられるだけですぐに怒りを納めるなら最初から怒るなと言いたい。バカップルも此処に極まれりだ。怒っている内容もスオウに非は殆ど無い事が多い。まぁ、スオウも騒がしい事で救われている部分も有るのだろうがな。その辺も狙ってやっているんだろう。
巻き込まれるほうはたまった物ではないが……。
「ええっ、それは酷いよ!」
「ケーキを好きなだけ食べれるんだから良いだろう」
出されてきたチーズケーキをもくもく食べながら文句を言ってくるライラ、口調とは裏腹に満面の笑みで美味しそうに食べていると全く説得力が無い。
舞踏会なんか放り出して最近出たケーキ屋さんに行こうって言い出したのもライラだ。
「うーん……、わかった。じゃあこのタルトとモンブラン、あと苺のショートも頼んじゃう!」
「もう何も言わないよ私は……」
幸せすぎて死んじゃうかも、と呟いているライラ。
おそらく多分、一番今苦労しているだろうアルフを思い出す。私からは何も言えない、頑張れ、それだけ祈っておこう。
「ぐぅっ」
「はぁぁぁっ」
暴風のように剣が乱れ踊る、一度斬ったのかと思えば3回はゆうに超える斬撃が火花を散らす。剣は残像と化し、軌道は幾重にも広がる。
その猛攻をアルフは剣の幅を上手く活用し何とか裁いているが、その身に纏ったよろいは少しずつ削られている。
「どうしたアルフロッド! 防戦一方では私には勝てんぞ!」
「お前っ! この野郎、楽しんでやがるな!」
ギリギリと鍔迫り合いをしながらお互いにらみ合い、牽制をしだす。その力に耐え切れず、床の大理石にはびびが入り、破片が舞っている。
「うーん、これはこれで良い見世物だな。学院の時はまだ見えたが、もうアルフの剣も頑張らないと見えないな」
「スオウこれは?」
舞踏会の会場で二人、舞うように踊りながら戦っているアルフとラウナ、お互い赤い剣を持ち、同様の赤い鎧と、銀の鎧が宙を舞う。
舞い散る破片を防御結界で防ぎ、はぁ、とため息を付きながら観戦する。これはこれで学ぶ所が多そうだ。
そう思いながら見ている所横から声がかかる。立食パーティーでもあったので一部無事だった料理を一箇所にまとめてさっきからスゥイと一緒に摘んでいる。彼女がもってきたのはゴーヤチャンプルという俺がまだ日本人だった頃に、たまに居酒屋とかで食べた料理だ。
「あぁ、ゴーヤって言ってな、カナディルの南にある島で作ってたんだ。苦味の強い食材なんだけど調理方法によっては結構美味い」
「そうですか、それではこれも頂きましょう」
はじめてみた時は少し感動した、やはり気候が近ければ同様の食材が作れることがわかったのだ。まぁ、そっち関係は手を回している暇がないので両親に放り投げたが、あっちはあっちで忙しすぎるらしく、しかたがないのでナンナに投げた。貴方の部下ではないのだけれど、と文句を言っていたが聞かなかったことにしておこう。
「リリスとライラはどうした? あの二人が居ればアレも止まるだろう?」
「二人ならおそらく来ないのでは? こうなることは予想済みかと」
手に持った皿、盛られた食事を食べながら答えてくるスゥイ、背には折りたたまれた魔弓が背負われている。立ち振る舞いはしなやかに鍛えられた筋肉もあいまって、より凛々しく、シンデレラというよりドレスを着た武人である。
「そうか、まぁそうだよな……」
「さて、食事も済みましたし、12時になりそうなので私は此処で失礼します」
はぁ、と何度目かのため息を付いた後、空になった皿を此方に差し出してきたスゥイと目が合う。目が合うと同時にニコリと笑い、軽く頭を下げてきた。
時計を見ると12時まで後5分程、舞踏会の会場に響く剣と剣が打ち合う音をバックに渡された皿を近くの机の上に置く。そしてその剣の音の持ち主を指差して声をかける。
「おおい、あの二人はどうするんだ」
「その内収まるでしょう、それとこれを、ガラスの靴です」
指差した方向をちらりと見た後何事も無かったかのように答えてきた。そしてついでの様に出してきたガラスの靴を差し出してくる。
あちらこちら細かい傷が付いているのは見なかったことにしよう。壊れていないだけマシと考えるべきだ。
「ああ、わかった。明日迎えに行くよ」
ガラスの靴を受け取り答える。明日ガラスの靴を持ちながら靴の持ち主を探して話は終わりだ。持ち主は既にわかっているし、住んでいる場所もわかっている。適当に何人か靴を試し履きさせてその場所に向かえば良い。
途中で靴が合ったりしたらそれはそれで笑えるな、と思いながら明日の予定を考えていると目の前のスゥイが不思議そうな顔をして声をかけてくる。
「いえ、その必要はありません。帰るのが面倒なので城の一室で寝ます」
「頭痛い……」
当たり前でしょう? と言いたげな顔で此方に告げてくるスゥイ、どうやらもはやしんでれらの原型すら無い様だ。
しかたがないか、と諦める。彼女が近くに居る事で自分の意義、そして目指すものが揺らがないで居られるのも事実だ。本当に寄りかかっているのは俺の方なのだろうな、そう考えている所、急に頬を撫でられる。
ふと前を見ると唇に暖かい感触、そのぬくもりを感じる。目を閉じたスゥイがゆっくりと目を開き、少しだけ離れ、悪戯気に微笑んだ後。
「先に布団を暖めておきますね」
「いや、これ全年齢対象だから際どい発言は止めて」
ポン、とスゥイの頭を叩いて適当な部屋を使ってくれと舞踏会の会場を追い出した。おそらく使う部屋は決まっているんだろうが……。
「とにもかくにも、この人外魔境大決戦を解決しない事には俺も寝れないんだよなぁ……」
遂にお互いに楽しそうな顔をして剣を振るうアルフとラウナ、戦闘狂共が、と思わず悪態を付く。
「移動式空中要塞の電磁式音速射出魔術砲で舞踏会会場ごと吹き飛ばしてしまおうか」
もはやアルフの身の安全など、二の次になっている事は本人も知る由もないだろう。
これが実行されるのが早いか、二人が飽きるのが早いかはまた別のお話し。
「っと、言うのがしんでれら、というお話しです」
「おい、子供に嘘教えるな……」




