Doc 3, 虚式!! そこだ!!!
バードとヴァルは森の奥へと進んでいった。
くぐもった咆哮がまだ聞こえてくる。しかし、木々がその音を覆い隠そうとしているかのようだった。
ヴァルは周囲を見回さずにはいられなかった。背筋を這い上がるような不安を、どうしても振り払えない。
「なあ……こういう『仕事』を何年もやってるのか?」
ヴァルが尋ねた。
「ん? どうしてそう思った?」
バードは髭を撫でながら答えた。
「……」
ヴァルは黙り込んだ。
「もういい。何も言うな」
二人が森のさらに奥へ進むにつれ、空気は重くなっていった。
かすかな羽音のようなものが、周囲に漂っている。微弱だが、無視することはできない。
やがて二人は、バチバチと静電気を帯びた足跡を発見した。
バードはしゃがみ込み、それを調べる。
「ほら。ちょっと見せてやろう」
歪んだ足跡を指差した。
「えっと……これ、アンテナも標準装備なのか?」
ヴァルは身を乗り出した。
「違う、間抜け」
バードは頭をかいた。
「ったく……どう説明すればいいんだ?」
彼はため息をついた。
「簡単に言えば、こいつらは不安定すぎて、現実にうまく定着できないんだ。そのせいで、痕跡が残る」
ヴァルは腕を組んだ。
「不安定なら、どうやって殴るんだ? あんたもそうだろ?」
「イマジナリーなら、それを無視できる」
バードは額を揉んだ。
「もういい。とにかく先へ進もう。私がどう対処するか、よく見ておけ。それと、その減らず口をしばらく閉じておけ。いいな?」
彼は足跡を追い始めた。
「はぁ……分かったよ」
ヴァルはその後をついていった。
* * *
やがて二人は、大きな廃屋の前にたどり着いた。
入口のすぐ前には、一体のアノマリーがいた。
森林レンジャーの遺体を貪っている。
バードは手を叩き、怪物の注意を引いた。
「さあ。見せてやろう」
彼はニヤリと笑った。
ヴァルは腕を組んだまま、黙って見ていた。
深紅の霧がバードの身体を包み始める。
生きたインクのように、赤い模様が絶え間なく両手へと広がっていった。
【サングイン・シンフォニー:ルイン・ダガーズ】
模様は外側へと伸び、二本の血のように赤い短剣を形作った。
アノマリーは咆哮を上げ、突然の加速とともにバードへ飛びかかった。
バードは怪物の進路へ短剣を一本投げつける。
怪物はそれを回避した。
だが、次の動作に移るよりも早く――
バードは怪物のすぐ横に現れ、もう一本の短剣を素早く振り下ろした。
アノマリーは崩れ落ちた。
「さて、他に質問は――」
バードは言葉を止めた。
ヴァルは今、巨大なナナフシのような姿をした別のアノマリーと格闘していた。
「うぐぐっ……誰か手を貸してくれ!」
怪物に捕まれたまま、ヴァルが叫んだ。
バードの笑みが深くなる。
「自然界の掟だ、坊主。やるか、やられるか。弱肉強食。今どきは何て呼ぶんだったかな〜?」
彼は近くの岩場へ歩いていき、腰を下ろした。
「ほら、見せてみろ。港での襲撃はノーカウントだぞ〜」
怪物の拘束が強まるにつれ、ヴァルの額からさらに大量の汗が流れた。
それでも、彼は押し返した。
力いっぱいに。
ナナフシの怪物がよろめき、後ろへ下がった。
すると怪物は巨大な岩の塊を掴み、ヴァルに向かって投げつけた。
ヴァルは間一髪でそれをかわす。
だが、体勢を立て直す間もなく、怪物は複数の腕を一つの巨大な拳へとまとめ上げた。
イマジナリーのエネルギーがその拳に集まり、次の瞬間、ヴァルへと叩きつけられた。
衝撃で、ヴァルの身体は小屋を突き破って吹き飛んだ。
バードは昼食を取り出した。
「何か質問はあるか? 遠慮なく聞いていいぞ〜」
ヴァルは瓦礫の中から姿を現した。
顔についた血を拭う。
傷口は熱を帯び、煮え立つようにして再び塞がっていった。
彼は一歩前へ出た。
荒い呼吸が漏れる。
「……なら、汚い手を使わせてもらおうか」
ナナフシの怪物が甲高い叫び声を上げた。
バードは食事を続けていた。
羽音など、もう気にならなかった。
なぜか、世界が少し軽くなったような気がした。
ヴァルはあらゆる雑念を振り払った。
視線が周囲の危険を探すことをやめる。
その目は、一つの標的だけを捉えていた。
ナナフシの怪物。
「面白い……」
対峙する二人を眺めながら、バードは心の中で呟いた。
二人は同時に飛びかかった。
ナナフシの怪物は、先ほどと同じように複数の腕を一つの巨大な拳へと変える。
だが、先に動いたのはヴァルだった。
怪物の攻撃が届くよりも早く、彼の一撃が命中した。
怪物はすぐさま追加の腕を形成し、防御態勢を取る。
そして――
バキッ。
防御を包んでいたイマジナリーのエネルギーが、ガラスのように砕け散った。
「ん……?」
バードは眉を上げた。
「……妙だな」
しかし、彼はすぐにその考えを振り払い、食事を続けた。
怪物は激しくよろめき、足元を保てなくなっていた。
ヴァルはその隙を逃さない。
一発。
拳が怪物の頭部を捉えた。
その頭は完全に切り離され、身体も少し遅れて崩れ落ちた。
ヴァルはその場に座り込み、荒い息を吐いた。
バードが近づき、手を差し伸べる。
「今、自分が何をしたか分かっているか?」
彼はヴァルを立ち上がらせ、ズボンについた埃を払ってやった。
「お前はあいつの構えを崩したんだ」
ヴァルは肩を回した。
「ん? あいつ、ジムにでも通ってたのか? どういう意味だよ?」
「イマジナリーは一種のドームを形成する」
バードはヴァルに水のボトルを渡した。
「だが、全力の攻撃を何度も受け続ければ、いつまでも耐えられるわけじゃない。お前が亀裂を作ったことで、エネルギーが漏れ始めた。そこへ外部のエネルギーが入り込んだんだ」
彼は肩をすくめた。
「それで、パリンだ」
二人は最初に出会った平原へ向かって歩き始めた。
「ブブブブ……バード……聞こえ……」
バードの無線機から、ノイズ混じりの声が聞こえてきた。
彼は無線機を手に取った。
「こちらマザーベース、バード。調査完了。どうやら……」
彼はヴァルをちらりと見た。
「……面白い人材を見つけた」
「帰投する。到着予定は三十分後だ」
「それと、ドクにも伝えておけ。興味を持つはずだ」
「以上、バード」
彼は無線機をベルトに戻した。
「俺、誘拐されてる最中――」
ヴァルは瞬きをした。
「……あ。いや、もう普通に歩けるか」
彼は姿勢を正して立ち上がろうとした。
すると、先ほどと同じようにバードが手を差し伸べた。
「さっきも言っただろう。仕事に興味はないか? 新人の同僚なら、給料はだいたい十万グローバルクレジットだ――」
「十万!?」
ヴァルの目が見開かれた。
「グローバルクレジット!? やるやる! でも……それって何の仕事なんだ?」
「そうだな」
バードは何でもないことのように答えた。
「キャンパスだ」
ヴァルの胸が締めつけられた。
……え?
今、何て言った?
「教室。寮。研究室。あの鬱陶しい教授。毎日のように自分の話をしている、あのおしゃべりな女の子……」
ヴァルは凍りついた。
記憶の奥底から、何かが浮かび上がる。
***
霞んだ朝。
「次はどこに行きたい、ミモリ……?」
幼い頃のヴァルが尋ねた。
「ヴァル、私はキャンパスに行きたいだけ。勉強がしたいの」
幼い少女は、いくつかの私物と一緒に自分の鎧を荷造りしていた。
***
「……」
重苦しい感情がヴァルの胸に広がった。
彼はそれを隠すことにした。
「できるだけ早く帰ってくるから。約束する」
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する。
約束する――
***
「おい。おい! おーい!」
バードがヴァルの目の前で手を振った。
「どうした?」
ヴァルは我に返った。
「ああ、いや」
彼は後頭部をかいた。
「亡くなった姉さんのことを思い出しただけだ」
バードは目を細めた。
「ふむ……」
それから肩をすくめた。
「そうか。じゃあ、私の車に乗れ」
二人は近くに停めてあった車へと向かった。
ヴァルは立ち止まった。
「……おい」
彼は車をじっと見つめた。
「これって、まさかアストラ・ネロ・ガラード VX-12 プリズム・バリアントじゃないか!?」
ヴァルの目は、車の細部を一つひとつ追い始めた。
バードはニヤリと笑った。
「へっ。業界で二十年も頑張ってきた成果ってやつだ」
彼は助手席を指差した。
「乗れ」
ヴァルは素早く従った。
バードは運転席に座り、エンジンを始動させた。
……
何も起きなかった。
「……ん?」
ヴァルは首を傾げた。
バードはダッシュボードを確認する。
それから燃料計を見た。
そして、もう一度ダッシュボードを確認した。
「へっ」
彼の顔に笑みが広がる。
「悪い知らせだ」
ヴァルはすでに不安そうな顔をしていた。
「ガソリンが切れている」
ヴァルは老人を見つめた。
「……それで?」
バードは振り返った。
「さて、どうすると思う?」
* * *
人里離れた静かな高速道路。
派手なオレンジ色のスーパーカーが、ゆっくりと進んでいた。
運転しているからではない。
ヴァルが後ろから押しているのだ。
「これが……」
彼は車を押した。
「お前の言ってた……」
もう一度、力を込める。
「戦闘後のクールダウンってやつかよ……?」
汗が顔中から流れ落ちる。
一方、バードは運転席で快適そうに座っていた。
「他にいい考えがないんでな」
彼は肩をすくめた。
「何もしないよりはマシだろう?」
ヴァルは限界寸前だった。
* * *
数分後、二人はようやくガソリンスタンドにたどり着いた。
ヴァルはすぐさま地面に倒れ込んだ。
その間、バードは店員のもとへ歩いていった。
「申し訳ありません、お客様」
店員は淡々と答えた。
「お客様がおっしゃっている種類の燃料は、当店では取り扱っておりません」
「ちくしょう」
バードは振り返り、疲れ果てたヴァルのもとへ戻ってきた。
彼は靴先でヴァルを軽くつついた。
「おい、坊主」
ヴァルは反応しなかった。
「もう一周する準備はできたか?」
ヴァルは飛び起きた。
「はぁぁぁ!?」




