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マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

治癒で栄えた国は“治しすぎて”壊れました〜前世を思い出した王女は静かに見限って外で生きます〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/03/25

 高い塀の上は、風が強かった。

 足元は狭くて、不安定で。

 三歳の身体には、少し高すぎる場所だった。

 

 でも私は、登った。

 私の立場で断れば、より危険だと分かっていたから──



 私が生まれたこの国は、先代の賢王のおかげで治癒で有名な国として栄えている。

 ポーションやヒール魔法で

 “壊れたものを元に戻す国”

 そう呼ばれている。


 私はそんな国の王女だった。

 ただし、妾の子。

 価値は低く、扱いは雑。

 邪魔な存在だと、家族から疎まれている。



 「ねえ、あの薬草、取ってきて」

 異母姉が笑って言った。


 指差す先は、城の外壁──塀の上。


 足場が悪く、落ちたら危ないと分かる高さ。

 普通なら、登るのに手慣れた使用人にやらせる場所。



 「身体の小さいあなたにはちょうど良い仕事ね。王族といっても、働かざる者食うべからずなのよ。」

 穏やかな声で、だが拒否は許さないと王妃が言う。



 「早くなさい」

 登ったはいいものの、そこから座って動けずにいる私に、下から焦らせる声。


 そして、ついには使用人も登ってきて


 ──背中に、軽い衝撃。



 ──ああ。


 突き落とされたんだな。

 そう理解した瞬間、視界が反転した。


 空が遠ざかる。


 地面が近づく。


 そして、その一瞬で、なぜか思い出した。



 前世の知識。

 そして、この言葉。


 ハンプティ・ダンプティは塀から落ちて、

 二度と元には戻らなかった。



 次にきたのは衝撃。


 息が詰まる。


 体が、ばらばらになるような錯覚。


 ────壊れる。


 そう思った。


 でも。


 完全には壊れない。


 ただ。


 何かが、決定的に変わった。



 目を開ける。

 視界は低く、体も小さいままで。

 酷く身体が痛かった。

 でも、頭の中ははっきりしていた。


 異母姉と王妃の苛立ちや、残念そうな表情。

 「……なんだ、生きているのね」

 「さすが、しぶといわ」

 嘲笑う声。

  

 「回復を!」

 「ポーションを!」

 さすがに王女を見殺しにしてしまっては、まずいと思った使用人や騎士たちの焦った声が飛び交う様子。


 全部、鮮明に見えて聴こえていた。

 

 薬と魔法が使われて、

 体は、確かに治っていった。


 でも。

 私は知っている。



 違う。



 壊れているのは、もっと前だ。



 ハンプティを元に戻せなかった。



 どれだけ力を使っても。

 どれだけ治そうとしても。



 限界を超えたものは、戻らない。



 私は、ずっと違和感を持っていた。


 ポーションは飲めば治る。

 魔法はかければ回復する。

 「すぐ治るのだから問題ない」

 それが、この国の答えだった。

 だから誰も、止めず、考えない。

 効かなくなる未来を。



 私はそれから、準備を始めた。

 不幸中の幸いで、あの件が王の耳に入ったことで、あからさまな嫌がらせが減り、準備の時間がとれるようになった。

 けれど、それは“扱いが改善された”わけではない。ただ、表に出なくなっただけだ。

 

 独り立ちするための技術を習得するために、

 まずは、ポーションの基礎を見直し、使用量を抑えた配合に組み替えた。

 魔法も同様に、全てを治すのではなく、必要な部分だけを整え、あとは自然治癒に任せる。

 その方が、負担は少ないとわかった。

 

 この国とは、逆のやり方だから、誰にも気づかれないように。

 静かに、確実に準備した。



 そして、ある夜。

 私は誰にも告げずに、ひっそりと城を出た。



 ハンプティ・ダンプティは、元には戻らない。


 だから、私は戻らない。



 数年後。



 「最近、あの国のポーションが効かないらしい」


 そんな噂を聞く。


 「治癒魔法も、回復しきらないケースが増えているとか」



 私は、静かに薬を混ぜる。


 驚きはない。



 あの国は、使いすぎたのだ。


 ポーションに頼り。

 治癒魔法に頼り。

 どんな傷も、簡単に治るものだと信じていた。


 だから、考えなかった。


 限界や副作用を。


 そして──耐性を。


 効かなくなる未来を。



 私は、知っていた。

 少なくとも、気づいていた。

 

 ポーションや治癒魔法といった同じものに頼ってばかりで、新しく積み重ねていこう・調整しようとしなければ衰退し、壊れていく。


 人の絆も、環境も

 ───全部、あの場所では壊れ始めていた。



 どれだけポーションを使っても。


 どれだけ魔法を重ねても。


 王様の馬と家来の全部がかかっても。


 元には戻らない。



 親も国も選べない。

 でも、壊れた場所に戻る必要もない。


 だから、私は私が選んだ新しい土地で薬を作る。依存したり、使い過ぎないように管理しつつ、新規開発もしていく。


 そして、私にとって大切な人たちの傷を癒やして、対価を得る。ここでは、正しく評価され、搾取されない。信頼関係がある。



 ハンプティ・ダンプティは、元には戻らない。


 だからこそ

 私は、落ちた場所に戻らない。


 自分で選んで、前に進む。


 もう二度と、あの塀の上には戻らない。

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