治癒で栄えた国は“治しすぎて”壊れました〜前世を思い出した王女は静かに見限って外で生きます〜
高い塀の上は、風が強かった。
足元は狭くて、不安定で。
三歳の身体には、少し高すぎる場所だった。
でも私は、登った。
私の立場で断れば、より危険だと分かっていたから──
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私が生まれたこの国は、先代の賢王のおかげで治癒で有名な国として栄えている。
ポーションやヒール魔法で
“壊れたものを元に戻す国”
そう呼ばれている。
私はそんな国の王女だった。
ただし、妾の子。
価値は低く、扱いは雑。
邪魔な存在だと、家族から疎まれている。
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「ねえ、あの薬草、取ってきて」
異母姉が笑って言った。
指差す先は、城の外壁──塀の上。
足場が悪く、落ちたら危ないと分かる高さ。
普通なら、登るのに手慣れた使用人にやらせる場所。
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「身体の小さいあなたにはちょうど良い仕事ね。王族といっても、働かざる者食うべからずなのよ。」
穏やかな声で、だが拒否は許さないと王妃が言う。
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「早くなさい」
登ったはいいものの、そこから座って動けずにいる私に、下から焦らせる声。
そして、ついには使用人も登ってきて
──背中に、軽い衝撃。
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──ああ。
突き落とされたんだな。
そう理解した瞬間、視界が反転した。
空が遠ざかる。
地面が近づく。
そして、その一瞬で、なぜか思い出した。
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前世の知識。
そして、この言葉。
ハンプティ・ダンプティは塀から落ちて、
二度と元には戻らなかった。
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次にきたのは衝撃。
息が詰まる。
体が、ばらばらになるような錯覚。
────壊れる。
そう思った。
でも。
完全には壊れない。
ただ。
何かが、決定的に変わった。
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目を開ける。
視界は低く、体も小さいままで。
酷く身体が痛かった。
でも、頭の中ははっきりしていた。
異母姉と王妃の苛立ちや、残念そうな表情。
「……なんだ、生きているのね」
「さすが、しぶといわ」
嘲笑う声。
「回復を!」
「ポーションを!」
さすがに王女を見殺しにしてしまっては、まずいと思った使用人や騎士たちの焦った声が飛び交う様子。
全部、鮮明に見えて聴こえていた。
薬と魔法が使われて、
体は、確かに治っていった。
でも。
私は知っている。
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違う。
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壊れているのは、もっと前だ。
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ハンプティを元に戻せなかった。
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どれだけ力を使っても。
どれだけ治そうとしても。
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限界を超えたものは、戻らない。
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私は、ずっと違和感を持っていた。
ポーションは飲めば治る。
魔法はかければ回復する。
「すぐ治るのだから問題ない」
それが、この国の答えだった。
だから誰も、止めず、考えない。
効かなくなる未来を。
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私はそれから、準備を始めた。
不幸中の幸いで、あの件が王の耳に入ったことで、あからさまな嫌がらせが減り、準備の時間がとれるようになった。
けれど、それは“扱いが改善された”わけではない。ただ、表に出なくなっただけだ。
独り立ちするための技術を習得するために、
まずは、ポーションの基礎を見直し、使用量を抑えた配合に組み替えた。
魔法も同様に、全てを治すのではなく、必要な部分だけを整え、あとは自然治癒に任せる。
その方が、負担は少ないとわかった。
この国とは、逆のやり方だから、誰にも気づかれないように。
静かに、確実に準備した。
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そして、ある夜。
私は誰にも告げずに、ひっそりと城を出た。
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ハンプティ・ダンプティは、元には戻らない。
だから、私は戻らない。
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数年後。
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「最近、あの国のポーションが効かないらしい」
そんな噂を聞く。
「治癒魔法も、回復しきらないケースが増えているとか」
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私は、静かに薬を混ぜる。
驚きはない。
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あの国は、使いすぎたのだ。
ポーションに頼り。
治癒魔法に頼り。
どんな傷も、簡単に治るものだと信じていた。
だから、考えなかった。
限界や副作用を。
そして──耐性を。
効かなくなる未来を。
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私は、知っていた。
少なくとも、気づいていた。
ポーションや治癒魔法といった同じものに頼ってばかりで、新しく積み重ねていこう・調整しようとしなければ衰退し、壊れていく。
人の絆も、環境も
───全部、あの場所では壊れ始めていた。
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どれだけポーションを使っても。
どれだけ魔法を重ねても。
王様の馬と家来の全部がかかっても。
元には戻らない。
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親も国も選べない。
でも、壊れた場所に戻る必要もない。
だから、私は私が選んだ新しい土地で薬を作る。依存したり、使い過ぎないように管理しつつ、新規開発もしていく。
そして、私にとって大切な人たちの傷を癒やして、対価を得る。ここでは、正しく評価され、搾取されない。信頼関係がある。
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ハンプティ・ダンプティは、元には戻らない。
だからこそ
私は、落ちた場所に戻らない。
自分で選んで、前に進む。
もう二度と、あの塀の上には戻らない。




