今日は馬検に行ったよ
陸運ギルドというところに仕事を休んで趣味の乗用ファルコンを持って行った。
職業ギルドの貯金から四万ゼニを下ろして長い道程を翔ける。直線で150キロメトル程もある。ギルドカードで事前に予約した時間に間に合うように2時間前に出発し、乗用兜のせいで頭が痛くなってきて1時間程の便利茶屋で休憩して一服、黒い豆茶を飲んでいたところ白髪の爺に声をかけられた。
「えっ何」
「駿河國言うんは何処になるんやろか」
「あー清水の方って言えば分かるかな」
「えろう遠くから来やったんやなあ」
後ろに垂らした標識版の地名を見たんだろう。目の前にあった軽虎には河内の地名が刻んである。
「河内も遠いでしょ」
「いや今はこのビーフストロガノフに住んどるけえ」
「俺もいまホークテールに住んでるよ、今日今からこっちの陸運ギルドに馬検行くんで」
翼のある乗り物に乗って革鎧みたいなものを着ている印象の悪い男に声を掛ける人は稀だ。聞けば爺も昔自分も乗っていたのだとか。膝に矢を受けて足を怪我したから降りたのだそうだ。
「怖あて、もう地に足のついた奴ばっかしや。今は歳いって乗っとる奴も多いんやけどな、米國の曇とかなあ。でもワシあんなん嫌いやねん」
「何乗ってたの」
「キャワシャキのな、1400のシノビって奴」「くそ速い奴じゃん」
白髪のしょぼくれた爺が、せいぜい、ン弍くらいかと思っていたら、噴かしでもなければそんな爆速のトリに乗っていたのだ。見直した。
まあファルコン程じゃないが。
ナーロッパ連合というところで制限速度無制限の空路をこのファルコンがその辺のドラゴンをぶち抜いて常識はずれのスピードでぶっ飛んだせいで、規制がかけられた、その後のやつだ。
魔法制御コントロールが刷新されて乗りやすくなっている。制御リミッターのせいで限界頭打ちが残念。
ポイント稼ぎに追っかけてくる交通機動騎士団の白鷲を何度も千切った愛鷹、でももう俺も歳なのか反射神経の退化を感じるようになって来た。わー国の高速空路は制限速度が低く抑えられており、世界的な空路規格から見れば本当ならばその三倍程の許容量がある。そのいっぱいまで使ってかっ翔んでいた時不意に追い越しラインに劇遅の軽虎が飛び出して来た。フル減速をかまして高ビームのパッシングを繰り返しクラクションを浴びせ、でも軽虎は引っ込む様子もない。見てないのか、聞こえないのか、スピード差はまだ二倍以上ある。視野角に大きくなってゆく虎、死んだと思って、真横を通過して前にいた時、怖いなあとしみじみした。
法律はそっちに合わせているのだ。
「あのトリは何?」
「ファルコン」
「あーそれもいじったら速い奴ちゃうの」
「いじらなくても、最速の奴なんだわコレ」
馬検の時間があったのでそのまま別れた。
レーン一発合格だった。二年前の前回高ビームの光軸で一度落とされてテスター屋に駆け込んでコツを聞いていた。2灯の片目を確実に隠して、前乗り。後ろに乗ると沈み込みでズレる。
些細な荷重移動で変わるようなものを必死になって検査するのがこの馬鹿馬鹿しい法令なのだ。
ギルドのカウンターで書類を貰った時、代書を千二百ゼニで請け負うと美人の受付嬢に言われた。だがこんな馬鹿でも文字は書けるのだ。銅ニッケル貨2枚と銀銅亜鉛貨2枚を無駄にせずに済む。それほど手間じゃないがユーザー馬検では慣れない人もいるのだろう。
保険代と手続きの代金を合わせて一万二、三千ゼニーぶん取られて証紙に貼って提出して終わり。
保険代をここで加入して払えばサービスで整備記録簿が2枚貰える。他の陸運ギルドでは紙代10ゼニ、銅貨一枚取られる所もあったのでここは良心的だ。
整備は事前にして行った。体系的な知識もなく弄れない人はご安全に整備馬場に放り込んだ方がいいだろう。
同僚の一人はエアブレーキに水滴が混入したまま乗っていて、ふにゃふにゃのタッチが普通だと思っていたそうだ。水抜きの方法を教えると硬くなったと感動していた。
昼飯前に終わったので近くの有名店で大陸麺を啜って、隣町で老婆がやっている行きつけの煙草屋に寄る。
ホークテールにはこの種の手巻き煙草が売っていない。いつもここで買い溜めをするのだ。
小一時間ほど世間話をして、何と御歳八十六才だと言う彼女に大袈裟に驚いて、「また来ますんで、お元気でいてください」
私用で休んだ埋め合わせに、土産屋を探していると言うと、近くのわー国菓子屋を教えられた。
「サイチューいうやつがうまいんよ」
「ありがとう」
小汚い革鎧姿で高級わー国菓子屋に入り、適当に安めの奴を選んで、自分用にサイチューを一つ。
「気候が良くなって、トリで飛ぶのは気持ちよさそうですね」
美人店員が笑いかけてくる。
「父が乗っていたんです。兄も影響されて曇なんか買っちゃって」
重くてうるさくて雰囲気だけの印象だから朝の爺が嫌っていたトリだ。でも新型は結構速いという話も聞く。
カウンターに肘をついて、薄汚れたトリ乗り相手に、ピュアな目をした彼女の話に居た堪れなくなって、また来ますと言って去った。
少なくとも二年後の馬検査までは近寄りもしないだろう。
荷物入れの鞄はもう一杯だったので尾部に紐で括り付けて飛び立った。
風圧が怖かったので、少し速度を落としながら。土産は別にぶっ飛んで行っても諦められるけれども、サイチューだけは絶対。
おわり




