第20頁 笑顔はやはり難しい
翌日。授業を終えて、私は一目散に車へ乗り込んで図書館の方に向かった。図書館へ着くと、陸玖は既に仕事についており、受付の方で凪さんから返却手続きのやり方を教わっていた。
その横を通って、奥にある関係者以外は入ってはならない扉の方へ向かう。扉の中へ入るには職員コードとパスコードを入力しなければいけない。表示されたウィンドウに昨日教えてもらったコードを打ち込んでから中に入る。
エレベーターに乗って地下1階まで降り、控室の中に入って更衣室の方へ向かう。どうやら私以外、人はいないようだ。自分のロッカーに荷物を置いてセーラー服から司書補の黒制服へ着替える。司書補の名札を付けたら完了だ。控室から出て、私の担当司書である結月さんの元へ向かう。
「お待たせしました」
「学校から直で来てもらって悪いわね。それじゃあ貸し出し手続きのやり方について説明するからクロニクルを起動させてこっちに来て」
受付窓口の椅子へ座るように促され、ホログラムが搭載されたキーボードの前に着席。昨日教わったやり方でネクサスからクロニクルに接続できるボタンをタップする。脳内にログインしたことを知らせる機械じみた女性の声が響く。
同じく横に座った結月さんが起動ボタンを押すように言い、キーボードの電源ボタンを押す。すると、ホログラムによって1枚のウィンドウが表示された。そのウィンドウの左上には貸し出し手続きと書かれた文字が浮かんでいる。
「まずは表示された文字を押して」
「は、はい」
言われた通りにタップしてみたら、検索欄と現在貸し出されている図書が一覧となって出てきた。新書から児童書、文庫本と言ったさまざまなものが本の表紙と共にリスト化されている。初めて見るそれに感動していたら、結月さんが説明し出した。手には透明なケースに入れられた1冊の絵本が。題名は『ヘンゼルとグレーテル』らしい。
「ひとまず、絵本の『ヘンゼルとグレーテル』を借りる想定でやってみるわね。最初に『ネクサスをこちらの機械に翳してください』と言ってから翳してもらう。そしたら利用者情報が記載されたウィンドウが現れるから次に『図書の方をお預かりしますね』って言ってお客様から本を受け取る。で、カウンター裏にある読み取り機でこのケースの裏面についてるバーコードを読み取るの。そうしたら、貸出欄に本のタイトルとか蔵書番号が表示されるからきちんと合ってるか確認して承認ボタンをタップ。最後にケースごと図書をお客様に渡して、『ありがとうございました』ってお辞儀をしたら終わりよ。基本は愛想よく笑みを浮かべること。電子図書の場合はまた変わってくるから、それについてはまた後で説明するわね。それじゃあ私は近くで見てるから実際にやってみて」
「わ、分かりました」
覚えることが多いわね……。でも、こういうのは慣れよ慣れ。まずはやってみるのみ。緊張気味になりながら、さっき結月さんがやっていた手順を頭の中で思い返していたら、さっそく40代ぐらいのおじさんが本を片手にやってきた。愛想よく愛想よく……笑みを浮かべるのよね。
「ネクサスをこちらの機械に翳してください」
おじさんは腕につけているネクサスをカウンターに設置されている機械へ翳す。すると、おじさんの利用者情報の書かれたウィンドウがホログラムによって表示される。
「図書の方をお預かりいたします」
愛想よく笑みを浮かべておじさんから図書を受け取る。が、おじさんは私の方を見ると、若干引き攣ったような表情になった。あ、これ愛想よくできてないわね……。
そう察しながらケースの裏面をカウンター裏の専用の機械に通す。すると、貸出欄に表紙名などの図書情報が現れた。それに目を通し、合っていることを確認してから図書を渡す。図書を受け取ったおじさんはそのままエントランスの方へ歩いて行った。
「ありがとうございました」
私は去っていくおじさんに向かってお辞儀をする。これで一連の流れはできたはず……。チラッと結月さんの方を見ると、小さく指で丸を作っていた。
ホッと息を吐いていると次は60代ぐらいのおばあさんがやってきた。先ほどと同じように図書を受け取る。この人は3冊図書を借りるようだ。3冊とも順番に機械へ通すと貸出欄に3つの図書項目が現れる。それらを順番に確認し、おばあさんに図書を返してお辞儀をした。
そうやってかれこれ2時間ほど貸し出し業務をこなしていると、ちょくちょく様子を見ていた結月さんがやってきた。どうやら休憩に入って良いらしい。結月さんと共に控室へ移動して、座りながら出された紅茶を飲んでいると、向かいに座っていた結月さんが先ほどの貸し出し業務について話し始めた。
「うん、応用もばっちりね。後は速度が上がれば文句なしなのと……表情ね。目が笑ってない」
「うっ……」
「もしかして笑うの苦手?」
「えーっと、苦手というか笑うと自然とこうなっちゃって……」
「なるほど……。これは練習が必要そうね」
「す、すいません……」
「謝ることじゃないわよ。私だって初めての時は――」
結月さんが話し出そうとした瞬間、陸玖が焦った様子で控室に入ってきた。急いできたのか涼しいのにもかかわらず陸玖の額には汗が浮かんでいる。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「あ、あの! ちょっと来てもらえませんか!?」
「……分かったわ。初音、行くわよ」
「はい」
控室を出て、陸玖の後をついていく。問題が発生したのは本館14階らしく機械人形が対応に当たっているとのこと。エレベーターを降りて、本棚の間を抜けると70代ぐらいのおばあさんが機械人形と一緒にいた。陸玖は待たせたことを謝るが、人当たりの良さそうなおばあさんは怒ることもなく、逆にお礼を述べた。
「それで、何があったんです?」
「実はとある図書を探していて……。でも、本のタイトルが分からなくてねぇ……。そこの坊やに訊いてみたのだけど、分からないらしくて」
「それで機械人形にヘルプとして来てもらったんですが、それでも分からないそうで……」
「大変申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに……」
金髪で、職員の黒制服を纏った機械人形はそう言って頭を下げた。機械人形でも分からないとなれば、これは相当ね……。一体どんな本なのかしら。
と、結月さんが機械人形の方を向いて頭を上げるよう促す。そしておばあさんの方を向き、続けてこう言った。
「それよりその本の特徴を教えていただけませんか?」
「えぇ。私もだいぶ前に読んだものだからあまり内容は覚えてないのだけど、ミステリーで、表紙が緑と白だったわ」
ミステリーか……。ミステリーと言っても結構な種類があるからこれだけじゃ特定は難しいのよね……。もう少し絞れないかしら。そう思っていたら、続けて結月さんがおばあさんへこう質問する。
「文庫名はお分かりですか?」
「そこまでは分からないわね……。あ、でも異能持ちの2人の私立探偵が殺人事件を追う話だったわ」
「なるほど……。初音は分かりそう?」
「んー、もう少し情報をいただければ分かるかも……」
探偵だけなら軽く100冊はあるけど、それも2人で異能持ちとなったらそんなにはないわよね……。
「あの、その他に何か特徴はありましたか?」
「特徴……。あ、そういえば必ず事件現場には人型の影が見えるって書いてあったわ」
「人型の影……」
んー、これだけの情報があればかなり絞り込めそうだけど……。いや、待って。その本なんか読んだことあるわね。確かあれは前々世のときにだったはず。今世でもその本が無いかこの図書館で探したような……。
私はふとその図書を見かけた本棚の方へ向かう。
「え、ちょっと!? どこ行くの?」
「つ、着いて行った方が良いんじゃ……」
私の記憶が正しければ確かこの辺に……。緑と白の表紙がまとめられた本棚に着くと、該当する図書を見つけるために上から順番にタイトルへ目を通していく。遅れてやってきた結月さんや陸玖、おばあさんは不思議そうに私の方を見ている。そして、本棚も上から4段目に差し掛かったところで、私は1冊の本を手に取った。
「もしかしてこれじゃない?」
「何々……『異能探偵ハイデン・フォード File1.幻影の狩人』。これで合ってますか?」
私はおばあさんに本を渡す。彼女は透明ケースから本を取り出し、中身をパラパラと見ていく。これで合ってると良いんだけど……。
一通り中を見終わったのか、おばあさんが顔を上げた。どうだ……これで間違ってたら恥ずかしいのだけど……。
「えぇ、これよ! 中学生の頃に読んでいて、もうないかと思っていたのだけどあって良かったわ」
「お手柄じゃないのよ初音」
「す、凄い……」
おばあさんは懐かしそうに頬を綻ばせて、手の中の図書を見た。結月さんと陸玖に褒められ、どうして分かったのかその理由を軽く話す。
「私もだいぶ前に読んだことがあってね。それでもしかしたらと思ったのだけど、当たっていたようで良かったわ」
「本当にありがとう。おかげで助かったわ」
「いえ、喜んでいただけたようで何よりです」
おばあさんはその後、カウンターにて貸し出し手続きを終え、満足そうに出口の方へ歩いて行った。そして、閉館時間まで貸し出し業務をやり遂げ、その日は解散。夜は気分よく眠ることができたのだった。
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