第19頁 桜波図書館の職員たち
「どうぞ、座って座って」
「は、はい」
輝さんに言われるがまま、空いている席に腰かける。向かいには女性。その右斜め向かいに男性。そして、私の右隣に同い年の男の子が座っている。輝さんは上座――所謂誕生日席の方に座った。
「さて、この2人が司書補として明日から就くことになるわけだから簡単に自己紹介でもしようか。私は浅井輝。この図書館の司書長を務めている」
「それじゃあ次はあたしね。あたしは田島結月。この図書館の司書をやってるわ。司書歴は5年。これからよろしくね、2人とも」
結月さんが喋り終えたら、今度は斜め向かいに座っている男性が話し始めた。
「俺は宇井土凪。隣の結月と同じく司書で歴も5年。どうぞよろしく」
凪さんは雰囲気的に優しそうな感じだけど、反対に結月さんはしっかりしてそうね。司書長の輝さんはあくまで全体を見る役目を担ってるから、この2人が実質的な上司ということになるのか。どちらも良い人そうだからそこに関しては安心できそうだ。で、次は私の番ね。
「私は桜波初音です。明日から正式に司書補になります。慣れないことも多いとは思いますが、精一杯努めます。よろしくお願いします」
「えっと……最後は僕……ですね。柊陸玖……です。あんまり人とかかわるのは得意じゃないし、むしろ苦手な方なんですけど……よ、よろしくお願いします」
陸玖はしどろもどろになりながら言い終えると、よっぽど緊張していたのか、あがり症なのか恥ずかしそうに俯いた。この大丈夫なのだろうかと同じ司書補として少し心配になるが、周りもサポートしてくれそうだし、何とかなるでしょう。
こうして自己紹介を終え、次は業務内容の話に移っていった。まずは司書補がどう言ったものなのかの説明からだ。司書補って言うのはその名の通り、司書の補佐をするのが役目。
けど、この図書館の場合、図書の管理や受付などは機械人形たちがやってくれている。じゃあ、私たち司書補や司書は一体何をしてるのだろうか。
「司書補の業務は機械人形では対処できない厄介ごとの受け持ちや書籍の修繕、機械人形たちに混じって図書の整理に受付、広報は勿論、企画を考えたり、子供たちに読み聞かせをしてもらう」
「よ、読み聞かせ……僕には無理な話だ……」
陸玖の表情が一気に暗くなり、真っ青になっている。確かにその気持ちは分かる。子供相手に読み聞かせなんてやったことないし。というか私の性質上、読み聞かせ以前に子供を泣かしてしまいかねない。これは困ったな……もういっそのことその手の部類の業務は結月さんや凪さんたちに任せたいぐらいだわ。
「相手は子供でも立派なお客様だからね。きちんとそれまでに練習するから大丈夫だよ」
「そ、そうなんですね……」
凪さんがそう付け加えると、陸玖の表情は元には戻らないまでも、顔色が少しはマシになった。
「ひとまずはそんな感じ。後、やるべきことは君たち2人のメティスとクロニクルへの登録かな。司書補になった時点で君たちは記録者扱いだからね。そうそう、記録者の存在も公にはされてないから、もし他人に訊かれても話しちゃだめだよ」
私と陸玖はコクコクと頷く。
そっか、この図書館の職員は機械人形以外は全員記録者。司書補になるということはそう言うことなのだ。そして、記録者は代報者と同様、裏の存在というわけだ。にしても、クロニクルへの登録ってどういうこと? あれって単なる保管庫じゃないの?
「クロニクルって保管庫の?」
「この場合は保管庫って意味じゃないよ。クロニクルは保管庫でもあり、メティス同様高性能AIでもある。だからネットワークシステムの機能も担っているんだ。まぁメティスとは違ってクロニクルは記録者専用のネットワークシステムだから表向きには公開されていない。まぁ物は試しだ。説明ばかりしていても退屈だから実際に触ってみよう」
輝さんは一枚のウィンドウを開いて、軽く指で操作し始める。数秒すると、私の前に一件の新着メールと書かれたウィンドウが表示された。さっそくタップして開けてみる。中には1つのファイルが添付されていた。横をチラリと見てみると陸玖の方にも同じものが添付されているようだ。
「今送ったファイルを開いてみてくれないかな?」
ファイルをタップしてみたら、脳内に『クロニクルへの登録を開始します』と無機質な女性の声が響いた。確かメティスへ登録したときも似たような声が聞こえてきた。と同時に新たにウィンドウが現れる。
「それじゃあクロニクルの手順に従って登録を進めていってほしい」
「わ、分かりました」
うわぁ……こういうの苦手なのよね……。取り敢えず音声に従って進めていけば良いか。まずは個人情報を入力していく。いつまで経ってもこの手の操作にはなれない。ポチポチとおぼつかない指で入力を進めていく。やっとの思いで入力をし終わったころには陸玖は登録を終えていたようだった。
「は、早いわね……」
「こ、こういうのには慣れてるからね……。どこまでできた?」
「まだ個人情報しかできてないわ」
「だったらその後は……」
その後は陸玖や輝さんたちに助けてもらいながら一通り登録を進めていった。本当、自分の不甲斐なさに飽き飽きする……。確か、ネクサスの操作の時もこんな感じだったっけな……。雲雀には申し訳なかった覚えしかないわ。
息を吐いていると、部屋の扉の開く音がした。
「あ、来たわね」
「あら、お嬢様もいらしたのですね」
「え、紫苑に雲雀……!? なんでここに?」
「それは仕事ですから、いるのは当然ですよ」
し、仕事って……。となると、紫苑と雲雀もここの職員だったってこと……? まぁ、普通に考えてみれば機械人形なんだしそりゃそうか。それに私が学校行ってるときは大抵、お母様の方についてるし……。
考え込んでいると、隣から視線を感じて顔を上げる。
「……し、知り合いなの?」
「え、えぇ。そりゃあ、私のガーディアンだもの」
「ガーディアンって……それに苗字も……」
陸玖は目を見開いたかと思えば、ぼそぼそと呟き始める。
「あぁ、陸玖くんには伝えてなかったね。初音ちゃんは館長の娘さんだよ」
「えぇ。私と雲雀は初音様に仕えている傍ら、こうして図書館業務にも携わらせていただいております。主に私はカフェ運営と企画運営を、雲雀は図書館の情報処理を担当しておりますわ」
なるほど、そういうことか。確かに紫苑は家事や料理が得意だし、柔軟に物事を考えられる。そして雲雀は機械に強いし、頭の回転がとにかく速い。ぴったりの人選ね。
「そ、そうなんですね……。あ……僕は柊陸玖って言います」
「よろしくお願いします。陸玖様」
「さ、様付けなんてそんな……。普通に陸玖で良いですよ」
「かしこまりました。では陸玖と」
「は、はい」
紫苑に笑顔を向けられ、ほんのり陸玖の顔が赤くなった。そうなるのも無理はないだろう。だって紫苑の美人だし、優しいもの。まぁ、時々我が強くなることはあるけど。
「それにしても初音様が司書補になられるとは。この雲雀、全力で初音様をサポート致します」
「それでは、お嬢様のためになりませんよ」
「そうよ。ここでは主従なんて関係ないんだからそういうのは無しよ。初音の方も館長の娘としてではなく1人の職員として扱うからよろしくね」
「はい、勿論そのつもりです」
館長の娘だからって贔屓してもらおうだなんて端から思っていないし、そういう待遇を受けるのは性に合わない。むしろ嫌いな方だ。ここは1人の職員として扱ってもらった方が、気が楽だ。逆に雲雀は少し行きすぎなところがあるから心配ね……。
ともあれ、明日から司書補として働くことになる。司書補は司書になるための第一歩。だったらしっかりやる他ないわよね。
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