第17頁 記録者とガーディアン
どれぐらい眠っていたのだろうか。目が覚めた時には既に太陽が沈みかけており、夕焼けの光が部屋中に差し込んでいた。
「ここは……」
ベッドから身を起こして部屋の中を見回す。一見、自分の部屋と似ているような気もするが、あるはずのものがないのでそうではないのだろう。そして、一番の変化は黒い靄がかかった人ならざるモノが見えていることだった。
「お嬢様? どうなされました?」
ぼーっとしていた私を心配してか部屋にいた紫苑が声をかけてくる。
「え? あー、何でもないわ。どれぐらい眠ってたの?」
「十五時間ほどお休みになられていましたわ」
「そう」
ってことは、今日学校を休んだってことね……。まぁ、仕方ないわよね……。誘拐されかけたんだから。部屋がいつもと違うのも、部屋の中が散乱してるから。
で、問題はやっぱり、私の前々世の異能力である桜の花弁を操る祓式とこの眼ね。どう考えても前々世の能力が復活したとしか思えないのだけど……。となると、それらに加えて身体強化ができる祓力も扱えるのかしら?
「お嬢様。奥様と旦那様から話があるそうなのですが、ダイニングの方に移動できますか?」
「えぇ。大丈夫よ」
寝起きで少し身体は怠いけど、それぐらいなら動ける。私は身支度を済ませて、部屋から出ると邸の1階にあるダイニングへと向かった。紫苑にダイニングへ続く扉を開けられ、部屋の中に入る。
室内の中央には名家特有の材質の良い木目調のロングテーブルと6脚の椅子が置かれている。既にお母様とお父様が席に着いており、控えるように雲雀が立っていた。
「初音。目が覚めたみたいね」
「もう大丈夫なのかい?」
「あ、お母様、お父様。私なら大丈夫」
2人を安心させるように笑みを浮かべると、紫苑に椅子を引かれ着席する。私が席に着いたことを確認すると、少ししてお母様が静かに話を切り出した。
「賢い初音のことだからもう既に察してるとは思うけど、一応聞くわ。昨日の深夜何があったか教えてくれる?」
「……はい。あれは深夜1時のことです」
それから10分間程度、昨日起きたことを両親たちに話した。勿論、眼のことは伏せて。私が話し終わると、両親は怪我がなくて良かったと安堵の表情を見せていた。
てっきり部屋中めちゃくちゃにしたから怒られるかと思っていたんだけど、見当違いだったようだ。むしろ何故か喜んでいる。私がその様子に首を傾げていると、お父様が安心したような笑みを浮かべた。
「いや~、ずっと初音に異能力が発現しなかったから心配していたんだけどね。無事に発現したようで良かったよ」
「本当にいつ発現するかそわそわしてたんだから」
「え、えーっと……?」
話についていけず、2人の方をキョロキョロ見る。浴びる? いやニュアンス的にそうじゃないのは明白だ。あのローブの男も言っていたけど、アビルって何だろう。
すると、私の様子に気づいたお父様が思い出したように言った。
「あぁ、アビルについてもだけど、まだ言ってないことが山ほどあったね」
「もう初音も10歳だし、色々と物事が分かるようになってきたから今のうちに話しておくべきでしょ」
「そうだね」
「――初音、大事な話をするからよく聞きなさい」
「え、えぇ」
何だろう。いつにも増してお母様が真剣な表情をしている。何だか部屋全体の気温が2、3℃下がったみたいだ。え、もしかして今度こそ怒られる? お母様怒るとめちゃくちゃ怖いから嫌なのよね……。正直この場から逃げたい気分だわ。
「先に言っておくけど、今から話すことは全て事実よ。それをよく覚えていてちょうだい」
「は、はい」
「さて、初音は我が家の機械人形――特に雲雀と紫苑が他のとは少し違うことを知っているわね?」
「えぇ。学校とかショッピングモールとかにいる機械人形よりも人間に近いし、優れてる」
それと今から話すことが何か関係あるのかしら……。とにかく聞いてみないことには分からない。もしかしたらこの世界に転生したことと繋がってたりするかもしれないしね。
「そうね。でも、それには勿論理由があるの。雲雀と紫苑が高性能な理由。それは彼らが私たち記録者を補佐し守護するガーディアンだからよ」
「あー、記録者というのは、大昔から居てね。簡単に言ったら、その時々に起こった出来事を全て記録して後世に残す人たちのことだ。初音なら分かるかもしれないけど、例えば歴史書を書いた人たちがそれに当てはまる」
歴史書……つまり古事記や日本書紀ね。ってことは天皇記を書いたかの聖徳太子も記録者に該当するというわけか。これは凄いわね。
「記録者の役目はそれだけじゃないの。せっかく築き上げてきた記録媒体が他人に奪われでもしたら大変でしょう? それに記録者はその役目上、色んな情報を保有してるから外敵から狙われやすい。自身と記録媒体を守ることも記録者の使命の1つなのよ。だから記録者には生まれつきアビルという特殊能力が与えられる。最も、記録者以外にも、アビル持ちは一般人の中にもいるわ。世間的にはアビルの存在は知られているけど、持っている人は少数なのよ。だから変に問題を起こさないためにもアビルを持ってることは内緒ね」
つまり、お母様とお父様が喜んでいたのは、私に自分を守る術が与えられたからなのね。確かに、情報を持っていると厄介ごとに巻き込まれるのは当然。それにいくらアビルを持っていようが、狙われるリスクが下がるわけでもない。
機械人形を発明した桜波の令嬢ともなれば逆に今回みたいに誘拐される可能性は高くなる。そのために雲雀や紫苑といったガーディアンがずっと私やお母様、お父様の近くにいるってわけか。今回はあっちが一枚上手だったから気づくのが遅れたみたいだけどね。
でも、古来から全ての事象を記録してきたとなると、それなりの量になるわよね。流石に人目のつくところにあるわけないし。その記録媒体は一体どこに保管されてるのかしら……。
「ちなみに、その大量の記録ってどこにあるの?」
「クロニクルと呼ばれる巨大保管庫に全て保管されているらしいけど、詳しい場所までは分からないわ。私たちが知ってるのは、そのクロニクルが異空間にあって、そこから情報を出し入れできるサブ保管庫の場所までよ」
「ふーん……」
なるほどね。クロニクルの所在は誰も知らないわけか……。まぁ今はそこまで重要じゃないだろうし。それは一旦置いておこう。
「取り敢えずはこんなところかしら?」
「琴音様、1つ言い忘れてることがございますよ」
雲雀は自らの頭を指差す。
「あぁ。忘れてたわ。驚かないでほしいのだけど、私たち記録者の脳内には生まれたときからチップが埋め込まれてるからよろしくね」
「えっ?」
それを聞いた途端、驚くと同時に全身から血の気が引きそうになる。
いや、そんなの驚くに決まってるでしょうが! てか、何チップって。普通に怖いんですけど。
「そんなこと言われたら誰だって驚きますわ」
「そうですよ」
紫苑と雲雀2人揃ってお母様にそう言う。お母様は「でも、事実なんだし仕方ないじゃない。一応言っておかなきゃ」と不貞腐れた表情を見せた。と、その場が少し和んだところで雲雀と紫苑は私の方を向いた。
「というわけですので、これからもよろしくお願いしますね。初音様」
「今回の件を踏まえてより一層精一杯お守りする所存です」
「えぇ。よろしくね2人とも」
そういうわけで話は終わり、その後は夕食を食べ、諸々を終わらせてから私は眠りについた。
◇◆◇◆
『やぁ、久しぶりだね。元気にしてたかい?』
『えぇ。まぁそれほどにはね』
久々の神との対面は私の夢の中で行われた。相変わらず駄目神は、椅子にふんぞり返ってこちらを見ていた。……やっぱりムカつく。せっかくアビルも手に入れたことだし、ここいらで一撃かましてやろうかしら。
『で、今回は何? 夢の中まで他人とお喋りなんてしたくないのだけど』
『まぁそう言わないでよ。これでも結構合間を縫って時間作ってるんだから』
『そう忙しい立場には見えないのだけどね……』
余裕そうな笑みを浮かべてる時点で、こっちから見たら忙しいの欠片も見られない。
『取り敢えず時間もないことだし、本題に入ろう』
『なら、最初からそうしなさいよ』
『はいはい。さて、君は無事に前々世でいうところの霊眼と祓式を手に入れたわけだ。君もある程度想像はついてるだろうけど、これから先、さまざまな試練が君の前に立ちはだかる。だからそれに立ち向かうためにも、今のうちに前々世並みの力は取り戻しておいてほしい』
『……それだけ?』
『それだけとは何だい。これは君が生きていく上で重要なことなんだからね? あぁ、とは言っても勿論ただで前々世並みの力が手に入るわけじゃない。そこは地道に雲雀や紫苑たちと鍛錬し給え。今、言えるのはそれだけだよ』
代報者、一般人と来て次は記録者というわけか。まぁでもここまで来たんだし、私の今世の全てをかけて役目を真っ当してやろうじゃないのよ。
『……分かったわ。最善は尽くしましょう。その代わり、世界が滅んだとしても文句は言わないでよね?』
『勿論だとも。それじゃあ引き続きよろしく頼むよ~』
神が手を振るのを最後に、私の夢は終わった。
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