第16頁 敵襲はやはり慣れるものじゃない
香澄の転校から丸1年と半年。小学5年生になったがあれから、友達という友達もできることはなく、学校ではぼっちとして過ごしていた。何故ここまで友達ができないのか他の原因もあるのではと、振り返ってみたらどうやら私が優等生気質で良いところのお嬢様だというのが関係しているらしい。
それはそうだ。誰だって自分と違うところや秀でたところを持っている人を見ると敬遠しがちになる。何故今までこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
そう悔やんでいると、6時間目の開始のチャイムが鳴った。この時間はHRで、堅苦しい授業が終わったことで気が抜けたのか、教室が騒がしくなっている。私は強いて話す相手もいないので、ネクサスを起動して、隅の方で電子図書を読んでいる。
と、担任の先生が教室に入ってきて席に着くよう指示があった。児童が渋々着席すると先生はこう切り出す。
「今日のHRは再来週に行われる社会見学についてです。今日は当日の大体の流れと行き先を説明します」
社会見学か……この時代のそれはどんな感じなのかしらね。前世だと主には工場見学とかだったけど……。
そう思っている間にも、先生の方から資料が共有された。ウィンドウを開いて中を見てみる。内容を見る限り前世とはあまり変わっていないらしい。今回の行き先もやはり工場見学だった。工場見学して何が楽しいのかしら。でも、こうして座ってるだけの授業もそろそろ飽きてきたからちょうど良いわね。
先生が大画面のスライドを黒板に表示させて、説明が始まったが特に興味もないので、流し聞きしてHRは終わった。
「来週のHRでは社会見学のメンバーを決めたいと思います。1班に付きメンバーは5人まで。メンバーの方は各自で決めてもらうからそれまでに誰と一緒の班になるかある程度考えておいてね」
先生がそう言うと、そのままの流れで帰りの会がスタートし、下校時間となった。
いつも通り図書館に寄ってから帰宅するが、頭はずっと社会見学のメンバーのことでいっぱいだった。
全く、先生ったら最後にとんでもない爆弾落として来たわね……。どうしてくれるのよ全然寝付けないじゃない。
早くからベッドに入ってはいても、目が冴えて眠るどころではない。ここは一旦、起きて夜風にでも当たろう。
ベッドから這い出て、部屋に設置されている窓を開ける。夏が過ぎ秋に差し掛かった時期なので、比較的涼しい風が頬に当たり目を細める。
「あ、そうだ」
気分転換にアニメでも見よう。こういうときは現実逃避に限る。この近未来でもアニメは健在のようで、技術的にもかなり進化しており、さらに高画質な映像で放送されている。
前世でよく見ていた作品もアーカイブとして残っており、今放送されている作品も含めて、ネクサスに搭載されている統合型ネットワークシステム"メティス"にアクセスすれば見ることができる。
このネットワークシステムは高性能AIメティスが運用しており、世界共通のネットワークシステムでもある。
ウィンドウに映し出されたアニメを見続けること1時間。気づけば日付が変わっており、時刻は1時半になろうとしていた。
そろそろ寝ないと明日に差し支えそうなので、ネクサスを外してベッドに潜る。
しばらく目を瞑ってみるが、アニメを見たせいか更に目が冴えた。これでは明日に差し支えるどころか徹夜してしまうかもしれない。どうしよう。このままじゃ明日の授業中に居眠りしかねない。
そう思ったとき、窓の方から物音がした。何かしら……夜行性の鳥でも止まった?
そう薄っすら目を開けてみるが、誰もいない。気のせいか……。すると、電子音が2回鳴ると同時に誰もいないはずの窓際に人が現れた。体格的に男だが、黒のローブを纏っており、深くフードを被っているので顔は見えない。
「あっれぇ? 窓開いてんじゃん。名家なのに不用心とは意外だねぇ」
嘘、これって強盗……!? それとも誘拐? 暗殺? でも、殺気は感じられないし……。ってことは強盗……? こんなことなら窓閉めとくんだった……! というか、この状況はかなりまずい。
異常事態を察し、目を固く閉じて寝ているふりを決め込む。と、ここで男が窓際から下りたのか、着地音が聞こえ、こちらに近づいてくる。冷静になれ……寝てるふり寝てるふり……。前々世じゃこんな状況幾度も遭遇してきたじゃない。そう自分に言い聞かせていると、男が枕元に立った。
「それじゃあご息女はいただいてまいりますよ」
男の手が私の身体に触れようとしたその時。
「うわっ!?」
布団を思いっきり剥がして男の方に投げ、視界を奪うと同時に、ベッド際に置いてあったネクサスを回収し、向かいにあるドレッサーの方へ飛びのいて距離を取る。近くに武器という武器はないので丸腰だ。これからどうこの状況を切り抜けようか頭の中で画策していたら、男が頭から被った布団を剥がしてこちらを見てきた。
「あー、びっくりした……。なんだ起きてたのか。まぁ、それならそれでやりようはあるけどねッ!」
「……!」
男は床を蹴り、ナイフを鞘から抜いて斬りかかってきた。私は動きを瞬時に見切り、ギリギリのところで扉側へ回避。そのままネクサスを手に取り装着し、起動ボタンを2回押す。
「やれやれ、すばしっこいね君。もしかしてかけっこで1位になった経験でも?」
「……何が目的なの?」
「君、肝が据わってるってよく言われない?」
「さっさと答えなさい」
「……俺はただ主人から君を連れてこいって言われただけだよ」
「そう……」
目的は誘拐。ならこの状況で取るべき最善の行動は、この場から逃げること……! そう、ドアノブを捻って外に出ようとするが、ガチャガチャと音が鳴るだけで開かない。
「な、なんで開かないの……!?」
予想外のことにテンパっていたら、男が目の前まで来ていた。その顔は余裕に満ちている。
「入った際に念の為セキュリティにロック掛けといて正解正解。これで助けは呼べなくなったわけだ」
くそっ……向こうが一枚上手だったか……。助けも呼べないとなったら残る手はもうない。念の為、ざっと部屋の中を観察してみるけど、この状況を切り抜けられるものはなさそうだ。
「だからさ、大人しくしててくれないかな? こっちもなるべく手荒な真似はしたくないんだ」
そう男は言ってくるが、このまま誘拐されるなんて持ってのほか。せっかくの人生3週目。こんなところで終わって言い訳がない……!
ここで身体の内側が熱くなると同時に窓に映っていた自分の目が淡く光った。途端、自身を中心として突風が吹き、あるはずのない桜が私を取り囲むようにして高速で舞う。
「こいつ異能力持ちかよ……!」
男は咄嗟に私の傍から離れるが、桜の花弁が彼の頬を掠めた。花弁は窓ガラスを割り、周囲の家具を巻き込んで回転し始める。すると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
その音を聞いたのか室内にいた男の姿が見えなくなり、室内から気配が消える。どうやら撤退したようだ。私がホッと息を吐くと桜の花弁は消滅。室内には割れた窓ガラスと家具がこれでもかと散乱していた。
うわっやっちゃった……。これどうしよ……。絶対お母様に怒られる……。
「初音様、扉から離れてください」
「え、えぇ」
外から雲雀の声が聞こえ、扉から離れると、雲雀の蹴りによって扉が木っ端みじんに破壊され、お母様とお父様、雲雀に紫苑の姿が見えた。いや、怖っ! 何ならさっきの誘拐犯より怖いわ。雲雀の強烈な蹴りを目の当たりにして口角が引き攣ってしまう。
「こ、これは……」
「初音無事!?」
お父様が驚いている中、お母様はこっちに駆け寄ってきて私の肩を力強く掴んだ。
「わ、私なら大丈夫……」
「そう、良かった……。で、一体何が起きたの?」
「あー、それはその……」
お母様の問いに答えようとしていたら、突如視界がぐらぐら揺れ始める。あ、これヤバいやつだわ。そう悟ったが時既に遅く、私の視界は暗転した。
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