第ニ話 ハッピーエンド
セリーナは新しいお屋敷に来て早々、なんと放置されてしまった!
旦那様のお顔もまだ見てないのに!?
執事に聞いてみるも……
「旦那様は執務中ですので……」
半ば無理やり連れてこられたのに!?
セリーナは持ち前の負けん気が発揮して、止める執事もメイドも押し除けて、執務室に押し入った。
たのもう!!
「旦那様!まだ碌にお互いを知りもせずに引き篭もるのはおやめ下さい!戦場で最前線で戦っていらっしゃるなら、家でもずずいと前に出てください!!」
「……全く君は少しは大人になったかと思えば、変わりないな。良かった。社交界でも君の噂はあまり聞かないし、大人しくなってしまったのかと……もしかしたら私を嫌がるんじゃないかと思っていたが、杞憂だった様だな」
低いが良く通る美声……にちょっとうっとりしそうになった。
「そ、そんな美声に騙されませんよ!顔くらい見せていただきますよ。あなたは王子様かも知れないけど、婚約者なんだから対等なんですからね!」
クク……とオーウェンは仮面の下で笑った様だった。
オーウェンは執事とメイド達に言う、
「お前達は下がれ。未来の妻が私の顔を見たいらしい」
それを受けて、執事とメイド達は慌てて退室した。
「……お顔を見るとその……呪いとか嘘ですよね?」
一応、この王子以外でそんな効果のある魔法の話は聞かない。
「……どう思う?」
「えっと、あなたと敵対する勢力の流した噂かと」
例えば正妃と第二王子とかね……。それを口にする勇気は無いけど。
「……わからないんだ。この顔を見たことある人はもちろんいるけど、皆んなすぐに離れたり目を逸らすから無事なだけなのかも知れない。
それでも……君は私の顔を見るつもりか?」
セリーナはゴクリと唾を飲み込んだ。何たって魔法のある世界だ。呪いもあるかも知れない。
でも、分かっている事はある。
セリーナが不幸になるかどうかはわからないが、この人は仮面を外せず今不幸なんだ。
「呪いは無い。あったとしても私は呪いに負けない。だから大丈夫。
……あ、でも、せっかく結婚するんだし、呪いのことは置いといてなるべく私を幸せにする様に頑張ってほしい」
セリーナの率直な意見に、オーウェンはまたクク……と少し控えめに笑った。
なんだ冷血とか言われてるけど、笑い上戸じゃないの。
「善処するよ」
そうして仮面を外した素顔を見て、セリーナは、あ!と声を上げた。
「あの時の!」
「そう、復讐を企ててるから君を呼んだんだ。復讐には魔女よりセリーナ、君を呼べって言ってたろう?」
オーウェンこそが昔、実家の近くの森で出会った少年だった。
オーウェンはすぐに仮面を付け直す、
のをセリーナが腕を掴んで止めた。
「まって!もう少し見せて!」
「え……いや、もしかしたら呪いが……」
「良いから!その顔メチャクチャタイプだから!その顔毎日見れるのなら幸せだから!何なら呪いで不幸が起きても、その顔で得た幸せ分で相殺されるから!プラスマイナスゼロだから!
良いよ!顔見せとけば!王子様なんだもん!頭が高い!控えおろう!って言って見たくない人は頭下げさせとけば良いよ!
何なの?天使なの!?今まで見た中で一番の美形なんですけど!?
と言うか、良いよ!周り皆んな不幸にしてやれば!
あなたを遠ざける人たちを幸せにしてやる事なんて無い!と言うより、今まで誰かをその呪いで不幸にした事あるの?」
セリーナは捲し立てた。その勢いに気押されて、オーウェンは仮面を付けずに、目を丸くしていた。そんなお顔も美しい……。
それでも仮面を付けたがるオーウェンに、セリーナは毎日押しかけては、その顔を見たがった。
無理やり見せてもらっていた。
そして、山ほどの賛辞を送り、その美を褒め称え続けた。
いつしかオーウェンは二人きりの時には仮面を外す様になっていた。
そして、少しずつ笑う様になっていたし、セリーナは不幸どころか、美麗な婚約者と一緒にいられて毎日幸せな気分だった。
そして、セリーナは王宮で妃としての教育を受けることになった。
「まあ!セリーナ様はこんな事もできませんのね!?」
一緒に教育を受けているカトリーナ様……第二王子の婚約者の公爵令嬢に呆れられる。
「お恥ずかしい限りです。カトリーナ様のように美しく、たおやかで、愛らしく振る舞うのは、私の様な田舎者には難しい様です。
カトリーナ様はまさに宮殿に咲く一輪の薔薇の花!カトリーナ様のような可憐な方と婚約された第二王子殿下は、この国始まって以来の幸運なお方でございます。ああ……そこに佇んでいるだけで目を奪われ、心まで奪われてしまいそうです。
カトリーナ様のような神に祝福されたかの様な素晴らしい方に私の至らぬ点をどうぞお教えいただければ、私はどれほど嬉しいことか……!」
「あ、あらそう?それなら少しくらいなら教えて差し上げても良いのだけれど?」
セリーナはカトリーナと仲良くなった。そして、毎日おだてにおだてた。
そして、自己肯定感を上げに上げまくった。その結果……第二王子が浮気性であることを聞き出すことに成功した。
本当は不満を持っていたけど、将来の王妃として我慢していたのだと。
それと、第二王子が実は王位を望んでいないと言う事も聞いてしまった。なんと、芸術の道に進みたいのだそうだ。
なのに母親である王妃が強く望んでいるために逆らえないのだとか。
そして、第二王子にも出会った時には褒めに褒めに褒めまくった。なぜなら、セリーナは前世からそうしてきたからだ。
「第二王子殿下!殿下の素晴らしさはワタクシも聞き及んでおります!素晴らしい閃きの持ち主で、時代の変化に機敏に対応するあまり、石頭の家庭教師達は王子の素晴らしさを理解できないのだとか!
勉学以外でも、様々な芸術に秀でている事は若い貴族の間で有名ですよ!そして、その才能を讃える声は毎日の様にワタクシの様な者の耳にも届いております!ああ、是非とも個展を開くべきだと思いますよ。それに、国内だけではなく国外でもその価値は認められ始めているそうでは無いですか!?
是非とも今後もその才能を埋れさせずにいていただければ、国民の教養も高まろうと言うものですよ!」
「そ、そんなに俺の才能は評判なのか……」
そうして第二王子とも親しくなったセリーナ。に対して、オーウェンは微妙な顔をした。
「君は弟のこと随分と評価してるんだな……」
「実際に作品見ましたけど、結構本当に才能ありますよ。王になるのは勿体無いですね」
セリーナの回答を聞いて、オーウェンは吹き出した。最近では表情が本当に明るくなっている。
「第二王子の協力で、昔の王妃の交友関係と、オーウェン様の出生時の真実が洗い出せました。
資料はこちらです」
そう、本命はこの資料だったのだ。オーウェンの母親の側妃の死、そして、オーウェンの顔のアザ。
オーウェンは資料をじっくりと読んだ。セリーナは邪魔しない様に大人しく黙って待つ。
「なるほど……王妃が私に掛けさせた死の呪いを母が身代わりに……。そして、このアザは不幸をもたらすものでは無く、私を守る為、母が私に掛けたまじないであったか」
オーウェンの声は冷静だが、微かな悲しみが込められていた。
「はい。オーウェン様のお母様のご出身の場所に伝わるものです。
ご出身の国であってもそれを扱える人は殆どいない珍しい魔法です。
なので、この国では知るものがいなかったんです。命を捧げる代わりにオーウェン様をあらゆる不幸から守る強力な魔法です」
王妃が長い時間をかけて資料を集めてくれていた。なぜかどれだけ命を狙っても死なない目の上のタンコブの事を調べたかったのだ。
「そうか……過酷な戦場を生き延びることが出来たのも、母のお陰だったのかも知れないな」
オーウェンはそう言いながら、手でそっとアザを撫でた。
そして、セリーナを通して、いがみ合っていた第二王子とオーウェンは和解し、王妃を側妃殺害の件で訴えた。
王妃は今後死ぬまで幽閉されることとなり、第二王子は王位継承権を剥奪された。
しかし、第二王子は晴れやかな顔をしていた。
「俺、隣国に勉強に行くよ。この国よりも芸術が盛んだからな。
後のことは、オーウェン、任せたぞ」
そう言って、颯爽と旅立って行った。
カトリーナは、改めて第三王子と婚約し直した。
「オーウェン様は王になるつもりは無いのですか?」
カトリーナがセリーナとのお茶会で、理解できないという気持ちを全面に出した顔で聞いてきた。
「どうしても顔のアザで目立つし、怖がらせるからやめておくって。王になったら国民の前に素顔見せないわけにはいかないから」
セリーナは何でも無いことの様に答えた。
お茶を啜る。うーん、良い匂い。
「消そうとは思わないのね」
「お母様の残した愛情の証だからね」
今でもオーウェンは屋敷の外に出る時は仮面を付けている。でも、良いのだ。あの顔はなるべくセリーナが独占しておきたいから。
皆んなが見慣れてしまったら、女の人が群がってきてしまいそうだ。
そして、数年の月日が経った。
「かわいいでちゅねー。パパに似てかわいいでちゅねー!天使ですねー。大天使ですねー。ああ、泣いてもくしゃくしゃな顔になってもかわいいでちゅねー。オシメを変えまちゅかー?それともお腹ちゃいたのかなー?うわー!お手手が小さくてぷにぷにで最高の触り心地でちゅねー。この世で一番の美人ちゃんでちゅねー!お目目もクリクリで王国始まって以来の……」
「ほら、そんなに捲し立てられてもアリーシャも困るだろ」
夫に止められて、セリーナは渋々娘を褒め称えるのをやめる。
「ほらー、アリーシャ、世界一かっこいいパパでちゅよー。アリーシャそっくりの澄んだアイスブルーの瞳、均整のとれた……」
そこで、セリーナはギュッとオーウェンに娘ごと抱きしめられた。
「はいはい。その続きはまた今度聞くから。そうだ……愚弟から出産祝い、今頃届いたよ。手作りたって」
オーウェンが指し示した窓の外には、赤ちゃんの天使の彫像。
結構な大きさがある。
「え!?あのサイズなら結構な金額に……」
今や第二王子は売れっ子の芸術家で、絵画や彫刻は飛ぶ様に売れるのだ。
女関係は相変わらずだと言う噂も同時に世界規模で有名だ。
「売り飛ばすのはダメだろ。そのうち遊びに来るらしいから、流石に売ったなんて言ったら傷つくと思うな。
せっかくだから近くで見よう」
娘を抱いて夫と庭に出る。
よく手入れされた庭園を親子三人で歩く。
ふふふ……とセリーナは笑った。
「何かおかしい事でも?」
「ううん……幸せだなって思って」
そう答えると、セリーナはまた娘ごと抱きしめられた。
そして、そのアザのある顔を見上げる。あー……美しい。このアザを見た人は不幸になるなんて誰が言い出したんだろう?……あ、元王妃か。
セリーナは幸せを噛み締める。
「子供本当に可愛いな。生まれるまでここまで可愛いと思ってなかった」
オーウェンが呟く。
「もっと欲しいな。あと十人くらい」
「え!?流石に多く無い?」
冗談かと思ってオーウェンの顔をまじまじと見たが、本気の顔だった。
冷酷な事で知られた第一王子が、子沢山子煩悩の愛妻家として世に知れ渡るのは更に数年後のことだった。
いつまで経っても新婚の様な甘々な夫婦は、王国の夫婦の規範として長く伝えられたのだった。
もっと長い話にしようと思っていたのですが、力不足で短くなってしまいました。
短編にしておけば良かったかなと思いつつ、ひとまず完結とさせていただきます。
読んでいただきありがとうございました。
追加 誤字報告いただきました。自分ではなかなか気がつくのが難しいのでありがたいです。