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霧で揺らぐ僕ら  作者: 夏空 新
1:アマツエABNORMAL
6/6

Masked Actress

仮面女優(メフィストフェレス)

 これがケイ姉の呪鎖。

 彼女は演劇部でも特に秀でた存在であったが、そもそも彼女の演劇のレベルというものは、その恩恵あってというわけではなく、素質があってそこに付け足すような形で発言したという。

当時の君崎さんの言葉をそのまま引用すると、「料理に隠し味が加わって、更に美味しくなったようなもの」とのことだ。

しかしケイ姉の場合、その隠し味が暴走しすぎて別物の料理になったと言ってもいい程だった。今は君崎さんのおかげでなんとか事なきを得ている。いや、得ていたというべきか。

そんな彼女の【仮面女優(メフィストフェレス)】だが、内容としては「その役になりきれる」というものだ。これだけを耳にするとメリットしかない、鬼に金棒のように聞こえる。あくまでその文体で見ればそう感じるが本当に恐ろしいのはその先だった。

確かにケイ姉の演技は何度も言うが将来、いや今すぐにでも、女優になっておかしくないレベルだ。僕は何度も彼女の舞台を見てきたが、本当に彼女はまるで演じている役そのものになりきっているような。ケイ姉ではなくその役に見えてしまうほどだった。

後日談で君崎さんから教えてもらったが同じ呪鎖を持つ者同士では反発しあって作用しなく、また付き合いの長い人間(明確な基準値は不明だが家族や演劇に関わる人物)にも作用しない仕組みになっていて、観客はそれを見てしまうと最初は「〇〇役:憧明寺ケイナ」と認識できるが終演後には「〇〇役」しか記憶に残らなくなる。何度もリピートしていればその作用は薄れていくが、片手で数えるほどしか行かない人は憧明寺 ケイナというが全くない状態になってしまう。

更に言えば、ケイ姉は日々演技に精進するがあまり呪鎖が成長しているようで、今はその程度で済んでいたものがいずれは家族や友人、僕もケイ姉の存在を忘れてしまう可能性がある。

それにいち早く察知した君崎さんは成長を止める選択をした。君崎さんの呪鎖であれば調整は可能だが―――


「削除はできないのが私の呪鎖のデメリットです。こればかりは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」

「そんな、謝らないでください!」

実際のところ、リピーターを増やす努力をそれとなく僕なりに頑張ったことでなんとか彼女の存在証明を保つことはできているが、結局はその場しのぎにしかならず遅かれ早かれ、大きな問題に繋がりかねないことは見え見えだった。

「私の調整は、ケースバイケースですが、例えばドライバーでネジを開けて基盤を出すとかそういう細かいものではなく、スイッチの切り替えをするような単純なものばかりです。天杖君の場合は、任意か自動か、善意か悪意か、その両極端のスイッチを切り替えただけです。だけど憧明寺さんは残念ながらスイッチすらなく、成長速度をいじるダイヤルだけでした。私がやったのはそのダイヤルを最低値にしただけです。なので成長し続けていることには変わりありません」

「じゃあ今回の件はやっぱりそれが絡んでいるのですか?」

「それはわかりません。ただ一つ……考えたくないですが、最悪のことはありますよ」

「最悪のこと?」

「はい。【仮面女優(メフィストフェレス)】は言ってしまえば、彼女の努力という名の肥料で育つ植物のようなものです。私が抑えた枝とはまた別の枝が新たに芽生えてしまったか」

ケイ姉の調整は自分から他者に向けての力を弱めるということだった。そういう意味では今回の件は自分に向けられるものとなっているが。

「………あっ」

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ。今思えば、アレってその予兆だったのかなって」

「聞かせてもらってもいいですか」

「はい。あれは………2か月前、比較的最近ですね、ケイ姉が所属している町劇団の演劇鑑賞会があってそれを見に行ったのです。その帰りに、よく行くファミレスで夕ご飯を食べに行ったのですが、ケイ姉がいつもは頼まない大盛りのセットを頼んだり、更には大きめのパフェも頼んだりしていたんです」

「うん。憧明寺さんの食欲についてそこまで詳しくはないですが、あなたにとってはそれが違和感だったということですね」

「そうですね。さすがに驚いて『食べきれるの?』と訊きました。だけど本人は『大丈夫』と言って、本当に残さずたいらげました。あの時はいつも以上に演技に力を注いだからおなかが減ったのかなと、その程度に見ていました」

「なるほど。聞くまでもないですが一応、その日彼女の演じた役は?」

「端的に言えば貧困に苦しみ飢えていた少女でした」

「なるほど………確かに飢えた少女に自分がなりきってしまい食欲がいつも以上に増幅してしまった可能性はあるかもしれませんね」

「ただ、それは今思えばの話です。なので実際どうかは知りません。ここまでの状況を整理していく中でふと思い出したもので」

「ちなみに以後はどうだったのですか?例えば今日舌禍さんの料理はそこまで多く食べていないように見えましたが」

「僕の見る限り少なくとも、あれほどの大食いをしたのはその日限りですし、以降は見かけていません。ただその演劇の稽古中に同じようなことがあれば、相当数の見逃しがあるかもしれません。仮にあれだけの量をほぼ毎日見たら体型の違和感には気づけます。だけど実際に見てみればそうじゃないから今の今まで気づきませんでした」

「なるほど……半信半疑ですがほぼ信じてもいいに値する情報ですね」

「本当に今日幸い自分の口から話したことで気づけたのが大きかったというのが僕の本音です」

「そうですね。まずそれについては彼女の気に賞賛を送るしかありません。ただ、気づかなかったあなたは深く責任を感じる必要はありません。彼女のことを頼んだのは私ですから、私のできないことをあなたに頼んで、それをできないことへ非難する資格を私は有していません」

「……ありがとうございます。ケイ姉は今に不安を感じています。なのでこうやって頼れる大人がいるだけでも救いです」

「そうですか。私も少しは役に立てて良かったです。さて、今後ですが、そうですね……やはり黒根君に診せてもらうのがベストでしょう。私が掛け合いますし、彼もすぐに乗ってくれると思います」

「ありがとうございます!」

「結果は日を改めて……お話しします」

 君崎さんは俯いて何か考えている様子だ。どうやらこの話題にはまだ終わりがないように感じる。

「どうしたのですか?」

「あぁ、いえ、すみません。少し考え事をしていまして………次にここでまた話す時まででいいので考えてほしいことがあります」

「考えてほしいことですか」

「はい。単刀直入に、私の理想に向けた協力者になってもらいたいということです」

「君崎さんの……協力者?」

「まだ具体的なプランは定まっていませんし、もっと言えばこれから固めるにしても明確化できないものです。だから必ずしも、次会う時に首を縦にせよ、横にせよ振る方向はおまかせします」

・この話題で続くということは、呪鎖にまつわるものと思っていいでしょうか?」

「おっしゃる通りです」

「そうですね……頭に入れて考えておきます。まずは、ケイ姉のことをよろしくお願いしま

す」

「わかりました」


*****


「ふぅ………まずは黒根君に連ら――――いつまで立ち聞きするつもりですか?」

リンクの後ろに突然、フシギが現れる。

「いや失敬。慌てた様子のサイハテが見えたものでね。こっそり中に入らせてもらったよ」「なるほど。あなたなりの心配ってものですか?」

「かもな。事情を聞いてトンズラと思っていたが……少し気になったことがあったから黙

って退散しなかった。アイツをこっち側に引き入れるのか?」

「あぁ、やっぱり気になっていましたか……正直自分で言っておいて半々な思いがありま

す」

「半々、ねえ。もうだいぶの人数をこちらに引き入れて迷う理由なんてあるのか?あくまでも君崎さん、アンタの望んでいる先は間違いなくアイツも受け入れてくれる」「ですよね。ただ・•・・・・その前に彼の立つべきステージに今いるのかが不透明なんです」「サイハテの立つべきステージ?」

「――――」

重い口を開いてリンクの理想像を語る。

「なるほどね。アンタほどの人が足踏みをする気持ち、なんとなくわかるよ」

「………ありがとうございます」

「どういたしまして。ん……?」

「どうかしましたか?」

「アイツ、誰かと話しているようだな」

フシギはドアの方から外を覗いて何かを見ている様子だった。


*****


君崎さんとの話を終え、僕はゆっくりと部屋に戻ろうとした。

ケイ姉のことはどうにかなりそうだが、肝心なのは最後の方。君崎さんは僕に協力者になってもらいたいという気持ちがあった。だけど、お願いするにはあまりにも躊躇いが大きいように思える。

彼には非常によくしてもらっているということで、その恩義に報いるのは大いに結構だ。

だけどその割に向こうのあの消極的な思いを見ていると、本当にその船に乗っていいのか悩ましいことこの上ない。

「つまり、コールするかレイズするかを悩んでいるということね」

「そうそう、どっちを選ぶか………って、え?」

振り返るとそこには女性が一人立っていた。

「こんばんは、普通君」

彼女の名前は賭奇光 ハクト。このマンションの住人でもある。

ギャンブラーという肩書を持ち、日本各地にある裏カジノを闊歩しては大金を稼いでくる天才だ。だがそれもきっと彼女の呪鎖と何かしらの繋がりはあるのだろうが。

「賭奇光さん戻っていたんですか」

「ちょうどそこのコックさんの料理を頂いて帰ろうとした時に君を見かけたのでね」

彼女は住民みんなを名前で呼ばず何かしらの名詞で呼ぶ。僕のことを「普通君」と呼ぶが、彼女曰く僕は普通に見えるらしい。実際どうなのかはわからないが。

「それでそんな僕をわざわざ出待ちしていたんですか?」

「あと数分しても来なかったら帰るところだったわ」

「そこそこ話し込んでいましたけど割と待っていたんですね」

「辛抱は得意な方でね」

「は、はぁ………」

「それで、何を話し込んでいたんだい?ま、大方察しはついているが」

「なら話す必要はないじゃないですか」

「い~や、それを踏まえたうえでの普通君の今ここでの気持ちを知りたくてね。君はボスの勝負に乗るか降りるか、乗るなら全てを賭すか、はたまた気持ち程度に賭けるか。私はその答えに興味がある」

 彼女の言うボスとは君崎さんのことだ。

「そうですか。今ここで思うことは特にないですよ。君崎さんからしっかりと話を聞いてから僕で決めます」

「堅実ね、私とは真逆だわ」

「………ちなみに賭奇光さんは、そっち側の立場なんですか?」

「本来は隠すべきことだ。だけど、どこまで知っているかは知らないがこの場合はボスも文句を言わないだろう。私は君の思う側に立っている者よ」

つまり彼女もまた君崎さんの協力者ということか。

「そう……ですか」

「君はどうせ言ったところで、大きく気持ちはかない。私の一言でチップの枚数を増やすようには思わない。それ含めて話したまでよ」

なんだか信頼されていないようで信頼している距離感、またそこに誤りがないことで少し気難しい反応をしてしまった。

「じゃあそうですね。賭奇光さんに敬意を表して、決断の時に賭けることがあれば一枚多めにしましょうか?」

「へえ~、そう返すか。ちょっと意外だわ」

不敵な笑みを浮かべながら賭奇光さんはその場を去った。


ケイナの呪鎖、それが【仮面女優】です。

呪鎖は基本的に四字熟語でルビを振るイメージです。前の話にもある通り、この物語の住民は皆、呪鎖を持っています。

もうそれとなく出しているところはありますが、今後どうなるかはお楽しみということで。

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