呪鎖―僕の生存を否定するソレ
【呪鎖】、それは鎖のようにまとわりつく呪われたナニカ。君崎さんが僕にそう説明したのは1年も前のことだ。
僕、天杖 サイハテのこれまでの人生はどうしようもないものだった。それは端的な言葉を使えば「地獄」だった。好きで見ているわけではなく、見たくもなかったものを受動的に見てきた。「いい気分だ」なんて口が裂けても言えない、言うわけがない。快い心地は一度たりとも感じたことはない。むしろ不快感極まりなかった。
挙句の果てには、僕はどうして存在しているのか疑間に感じるようになったし、生きた心地がしないことも満更ではなかった。極論、自殺も視野に入れていたこともあった。
そんな僕は今いるマンション入る前と後で立場が大きく変わるわけの無いごく普通の高校生だ。勉強もスポーツも特別秀でているわけでもなく、アーティスティックなこともできるわけではない。本当にできることは並大抵。
上もいれば下もいる中央値のような立場だ。
都内にある公立の並木高校に通っている。偏差値もそこそこで、別に進学校と呼べるほどでもない。例えば文武学どれかに秀でた生徒の才能を伸ばす都立の星・秀星高校。有名大学への進学率が高い私立の要・鳥籠学園などのネームバリュー高校が雲のように見える。その程度の位置にある。
ここに入った生徒の進路先は2択、就職か進学だ。ちなみに今は2年になっている僕だが、この先どうしようかも定まっていない。
僕の中では就職が妥当なところかとは考えている。というのも僕の両親はもうこの世にはいない。
僕を産んだ母は父の不貞で離婚し、行方不明。そんな父も最終的には仕事中の事故で死んだ。身寄りのない後は父の兄である叔父夫婦のもとで中学三年生まで過ごしていた。この世に溢れる多種多様な制度の恩恵で、こうして高校まで通ってはいるが、さすがに大学まではと思うと少し悩ましくも感じる。だったら進学せずに就職して叔父夫婦の負担を減らし、少しずつ自立出来たらなと思った。
まぁ取柄もない分、むしろ進学した方が就職では楽だろうとか奨学金を利用すればとかいろいろ考えはしたが、奨学金って言わば国からの借金ってことだろう? それをコツコツ返すというのもなんだか気の遠くなるような思いだ。かえって乗り気になれない。
そんな中で揺らぐ齢16歳の僕だった。
だけどそんな悩みなど隅に置くほどのもっと重大な問題に僕は見舞われた。
高校1年生の頃、夏休みの近い7月末頃だった。僕のクラスメイトの何人かが突然悪事に手を染めた。
殺人・傷害・強姦・窃盗・放火・詐欺・器物損壊・違法薬物・未成年飲酒及び喫煙・無免許運転からのひき逃げ…………本当にやりたい放題だ。しかもこれが点々とではなく一気に起きた。今までおとなしく目立たず穏やかだったクラスメイト、不良グループにも属さないようなクラスメイト、男女問わず、彼らは何の前触れもなく悪事を行った。
初めてこの話を聞いた時は、科学的では証明できないスピリチュアルなものとかそういうオカルティズムな影響も疑うばかりだった。何なら変だねぇ~と呑気に他人事で最初は見ていた。
だけどそんなお気楽ムードを壊した、奇妙なことが追加で露わになる。さっき列挙した悪事に加担した生徒は口をそろえて僕の名前を出した。
理解できなかった。僕は何の教唆もしていない、もっと言えばクラスメイトとは言ったものの、日常的の会話をするほどの親しい関係ではない者もいた。そんな生徒でさえ僕の名前を出した。
もちろん疑念の手先は僕に向かった。だが本当に心当たりがないから、「知りません」「心当たりがありません」の一辺倒の回答しかできなかった。
だけどこれきっかけに気付きもあった。そういえば、僕の周りはどういう訳か悪いことをしてばかりの連中が多いと、それは先述した亡き父やクラスメイトのように。それはこれに限らずいくつもいろんな場面であった。
これに大変苦悩抱えた僕は、どうすればいいか悩みに悩んでいた頃のことだった。君崎さんに声をかけられる。どういう経緯で僕を見つけたのかはわからないが、僕と一対一で話す機会を設けた。
君崎さんは落ち着いた様子で僕の事情をしっかりと聴いてくれた。当時の僕はもう、周りから疑われてばかりだったため特に大人に対しての信用が地の底まで墜ちていた。今思うと非常に申し訳ないことをしたと罪悪感などはあるが、当時は面倒を見てくれた叔父夫婦でさえ疑心を抱くほどだった。要するに背水の陣であったと思った。
そんな荒れたに手を差し伸べて、助けてくれたのが君崎さんだ。
こんな会話をした。
「君には特異的な体質、というべきでしょうか? それが備わっています。名は犯罪衝動と書いて、クライムトリガー」
「【犯罪衝動】………ですか」
なんだか空想の物語の一登場人物になった気分だ。そんな幻想的な話があっていいのだろうか………。
「まぁすぐに信じろとは言いません。ただ君にはそれがあって、それで『皆が何かしらの悪事に関わっていること』、そして『そのきっかけが自分であること』、この2点は君自身が十分に理解しているのではないですか?」
「それは確かに………はい」
「だけど一方で周りの大人からは『ただ君に唆された』とそう言われてきたのではないですか?」
「そうですね………」
「ですよね。私の見立て通りでしたね。君の受けてきた言葉を君自身がどう感じていたか、代弁するのは烏滸がましいと思いますが、君が苦労をしてきたことに関しては理解します。周りを信じる気持ちですら失ってしまうでしょう。もしかしたら目の前にいる私だって、ね」
返す言葉も見つからなかった。実際その通りだったからだ。むしろここまでわかりきられて得意げな顔をするとかえって不信感も増すように感じる。
「さてと、話は変わりますが、連捕された後に君の名前を出した彼らは、本当に唆されたと言ったんでしょうかね?」
「それは………え? どういうことですか?」
そう言って君崎さんは僕に数枚の書類を差し出す。
「これはある筋からいただいたものなのでここだけの話でお願いします。これは実際に捕まった彼らの調書です。名前、心当たりありますよね?」
氏名欄を指さすが、どれも心当たりがある生徒の名前しかなかった。
「え、えぇ、まぁ」
「そしてここを見てください、これが彼らの動機です」
君崎さんが指し示した部分には「天杖 サイハテを見たらやってしまった」とあった。これが何枚も同じように、それこそコピーアンドペーストでもしたと思えるくらいー字一句相違なかった。
「恐らく君を疑う大人はこれを無視して、『唆された』とそれっぽい言葉で問い詰めてきたのではないかと思います。でも実際蓋を開けてみれば、これが事実です」
「僕を………見ただけ?そんなことで?だって、だって殺人を犯した人もいるんですよ!? なのに理由が僕を見ただけだなんて………」
そんな言葉を受け、腕を組んで「ふむ」と一言、そしてこちらをしっかりと見つめ続けた。
「もしかして罪の意識を感じていますか? であればそれは誤解です。君の力はあくまで背中を押すだけです。そうですね、こう思うと本当に名前の通りですが、引鉄を引くだけなのです。殺人を犯した彼は、もともと被害者に対して殺意があったかもしれません。ただし人間には、『人を殺してはいけない』という法律と道徳のもとに生きています。余程の事情が無い限りはこれに従うのが常ですし、ことによれば柵になるでしょうね。先の話で言うなら、弾丸を込めた銃が1丁手にある、あとは引鉄を引いて撃てば良い、それでもさっきの柵で引鉄は引けず、撃てないという状態です。だけど君の力で引鉄を引いた状態にして、あとは発砲すればいい状態というなりました………撃った・撃たないはその人に責任があります」
「それだと………やっぱり僕が――――」
「加担したと言ってもいい。そう言いたい気持ちもわかります」
「だったら!」
「君に責任は一切ありません!私が断言します!」
「断言する、なんでそんな偉そうなことが言えるんですか!」
「簡単です。あなたは犯罪を犯した彼らに直接言わないも含めて、指示をしましたか?」
「それは………していません」
「そういうことです。君が目の当たりにしたことは、あくまで君の立場からになりますが、全て事故なのです。だから私は君に何の責任もないし、何も抱え込む必要はない」
「………」
君崎さんの言葉に返すものはなく、ただ沈黙しかできなかった。
「今日こうして天杖君を呼んだのは確かに事によれば君にとって辛い現実に向き合うことになりかねないですが、それだけではありません。端的に、少しでも良くなるために私はあることをしました」
「あること……?」
「君のその力を完全に抑制し、調整しました」
「えっ?」
「あまり自覚はできない話なので信じがたいとは思います。何せ医者のように手術とかそんなこと一切していませんからね」
「………」
僕がこの男を信じるに足るものが一切なかった。仮に今までのことが本当のことだったとして、僕に巻き起こっている出来事は全て僕自ら引き起こしたものではないのだから。自覚のしようがない。
「今はそう疑っていても構いません。それでも私は君の味方であることに変わりないのですから」
「じゃあ一旦そういうことで話を進めます。なんだかぎこちないですからね………それで、君崎さんは色々とやっていただいたみたいですが、それで今後の僕についてはどうすればいいでしょうか?」
「ありがとうございます。そしたらまずは端的に、今いるここのマンションに暮らしてもらいます」
「……目的は?」
「―――――――」
君崎さんは淡々と理想、野望、夢、そんなものを事細かに話してくれた。
僕からしてみればそれは絵空事にも感じる。だけど、
「………わかりました。あなたの掲げるそれに協力します」
「そうですか、ありがとうございます! 私の方で最大限、君の日々を支えます、任せてください! 」
それからというもの住む上での手続きについて話してくれたが、そこまで気難しい話ではなく「大体全部をこっちでやりますよ」というものだった。本当に手際の良さがこの人の怪しさをより一層高めている印象だ。
「あっ、そうだ………あの件も話した方がいいかもしれませんね」
「あの件?」
君崎さんは一通り話した後に、何かに気付いたようにハッとした顔をする。
「はい。実は君と同じように呪鎖を持った方がいます。君の御友人でもある憧明寺 ケイナさんです」
以降、僕は君崎さんとケイ姉のことなどを話し、僕は自分と彼女の呪鎖と上手に付き合いながら過ごしていくことになった。
君崎さんはこのマンション・ワルツに僕のような呪鎖を持った人間を入れている。中には自覚をしている者、自覚をしていない者がいる。わかりやすいところで僕は前者、ケイ姉は後者だ。
あれから僕は他に住んでいる人たちにも呪鎖を抱えていることを理解しながら、どのような呪鎖を抱えているかを考えいつしか高校2年生になっていた。
時を進めて現在。
「しかしこうして2人で話すのは、初めて会った時以来ですね」
「そうですね。なんだかかなり前のようにも、昨日のようにも、どっちにも感じます」
「ハハッ、そうですか。あの時の天杖君はとにかく疑り深い人でしたが、今はそうでもなさそうで良かったです」
「正直、僕の件については本当にそうなったのかまだ不安には思っていますが、ケイ姉のことを思って信用できるようになりましたからね」
「そうですか。私の頑張りがこうしてちゃんと生きて嬉しいですよ」
「その頑張りをもう一度お願いします」
僕は君崎さんに向かって頭を下げる。さぞ一年前の僕が見たら想像もできない。
ということでついにこの物語の根幹にあたるものが出ました。呪鎖です。
まだ全員が登場していないところですが、この物語の舞台であるマンションにいるみんなは呪鎖を持っていることになります。
この物語のテーマは呪鎖と向き合うことが中心になりつつ彼らの想いなどを出していければと思います。