INTRO②
そんな話をしているとエントランスのドアが開く。
帰ってきたのは仇智さんと焉堂君だ。
「お~お、噂をすればなんとやら。2人ともおかえり」
「ん………タダイマ」
仇智さんはぼそぼそとした声で答える。
彼女の名前は仇智 シュウコさん。僕らの通う並木高校から少し離れたところにある中曽根高校に通う高校2年生。そしてこのマンションの中だと最後に来たのが彼女だ。普段から制服の上にパーカーを着てフードかぶっている。プリーチをかけた金髪で、左目が隠れるほどの長さを持つ前髪とそれに反するように右は耳があらわになるほどのアシンメトリーヘアーだ。耳にはピアスがいくつもついているのが見える。
身長は僕やケイ姉より低く、こじんまりとした体格だ。だが目元は鋭く睨まれるとすごむほどのもので、口を開けば八重歯がギラリと映る。
「クギミヤさん、ただいまです」
仇智さんに次いで挨拶するのは焉堂 キョウイチロウ君。彼もまた僕らとは違う大澤高校に通っていて、場所は僕らの通う並木高校と智さんの通う中曽根高校の間くらいにある。身長は釘宮さんと同じくらい 180センチと長身、体重は聞いたことないけどあまり太っているとか鍛えているとかそういう風には見えない痩身だ。白髪の癖っ毛でいつもモジャモジャになっている。垂れ目でいつも気だるげそうな表情をしている。
「しかし珍しいなぁ2人違う高校だろ? 同着なんてよほどだぜ?」
「たまたまよ、たまたま。別に一緒に帰ったところで何も話す話題なんてないし。ただ偶然、彼の後ろを歩いていたら向こうが気付いたって感じ」
「アダチさんは靴の音が特徴的だからね」
そうやって彼女の足を見ると厚底パンプスが目に入る。
「まぁ~あ、アタシも足音を隠して歩くなんてあんまり考えていないからね」
仇智さんはカツカツと足音を立てながら先へ向かう。
「あぁおい、シュウコちゃんよぉ」
釘宮さんが仇智さんを呼び止める。
「なんですか?」
「今日、久しぶりに舌禍さんが帰ってくるらしいぞ。手料理も出してくれるみたいだぜ」
「へえ~舌禍さんですか。今日の夕食が楽しみですね」
表情一つ変えずに言う。まるでそれは興味がなさそうな雰囲気だった。
「もちろんお前も来るよな?」
ここの住人は基本的に食事に関してこれというルールはない。基本的にここにある食堂で食べることになっているが、仕事でここに戻れない場合は外食をしてくる人も少なくない。食堂も一応は21時まで開いているため、ケイ姉もいくら部活が長引いてこちらに戻ってきても余裕で食事ができるほどの間開いている。
そして先ほどから話題に挙がっている舌禍さん、舌禍 コスケさんはここの住人であり、同時にここの食堂のシェフを担っている料理人だ。
今は都内の高級フレンチやイタリアンなどいくつものレストランを経営していて、また高級ホテルのシェフとして駆り出されることやテレビ番組の出演など引っ張りだこの有名人だ。だからここに戻ってくることもしばしあるが、戻ってきて手料理を振舞ってくれる時もある。
一応食堂のメニューなどは舌福さんが監修して、レシピも多く置いてある。それを参考にして作ったりもできるが、舌禍さんが作ってくれる品目に勝てるビジョンもなく、また普段食べれないようなメニューばかりで贅沢この上ない。
「そんなの………行かない方が、舌禍さんに失礼ですよ?」
そう言って去って行った仇智さんだが、彼女はよりも舌さんの料理を好んで食べている。
「相変わらず素直じゃねぇなぁ。腹の虫が鳴いてるってのに」
釘宮さんはやれやれと手を上げながらそう言う。
「それじゃあ僕は部屋に戻ろうかな、ね、ケイ姉」
「えぇそうね。夕飯は18時頃かな?」
ケイ姉は釘宮さんに尋ねる。
「だいたいそのくらいじゃねぇかな。特に連絡が来てないが、目安で食堂に向かえばいいさ」
「わかりました。それでは後程食堂で」
僕らはそう言ってその場を去った。
さて、このマンションは13階建てだが、僕とケイ姉の部屋は同じフロアで7階だ。このマンションには14人が住んでいるが、部屋の数はとても持て余している。各フロア20部屋あるが、例えばこのフロアに住んでいるのはいわゆる末っ子組、僕・ケイ姉・仇智さん・焉堂君の4人だ。部屋の割振りもまばらで、それ以外の部屋は空き部屋である。エレベーターは2台備わっており、エレベーターを出て右手に部屋がある。
僕の部屋は707号室。エレベーターを降りて少し歩く、ほぼ奥の方にある。ケイ姉はお向かいの714号室だ。
「それじゃあハテくん、後でね~」
そう言って、ケイ姉は自室に入る。
「うん、後でね」
僕は彼女の呼びかけに対して答える。
部屋に入ってからは、荷物を置いて、制服を脱いでラフな部屋着に着替える。今着ている紺色のTシャツやハーフパンツ、これらはそこまでこだわりが無いが、一応ケイ姉に選んでもらったもので多少の愛着がある。部屋着は数パターンあるが、そのほとんどはケイ姉のセンスに委ねている。
「いやはやさて……1時間半どうしようかな」
現在時刻は16時30分を過ぎた頃。多少時間が余っているが、その時間を埋めるような趣味もないため、僕はとりあえず明日の学校での授業に向けて課題に勤しむことにした。
「ん~! 時間は潰せたかなぁ」
どれほど時間が経っただろう。伸びをしながら時計を見ると、17時58分を指していた。
さてそろそろ夕食時か、と心弾ませて移動をし始めた。
ケイ姉と部屋の前で合流し、エントランスに向かった。
玄関前のドアが開くのが見える。誰か帰ってきたのだろうか。
「んじゃ、明日の予定はさっき言った通りでいいんだね?おっけ~、ここまで送ってくれてありがとうね、有栖川さん。帰り道気を付けて〜」
後ろ歩きでエントランスのドアを越え、そして静かに閉まった。
「ふぅ~う、今日もおつおつ、可愛い私」
そんなことをつぶやきクルっと回転し、僕らと目が合う。
「あら、サイサイにけなちじゃん。おっつ~!」
「歌書さんお疲れ様です」
彼女の名前は歌書 マキ。大人気アイドルグループ【ファムファタール】のエースにして不動のセンター。
メンバーは彼女含め7人いて、他メンバーがセンターになる場合もあるが、曲の8割強は彼女がセンターを務める、まさにグループの顔といっても過言ではないだろう。
そんな彼女は現在、日本一の頭脳が集う大学、神皇大学に通う1年生で、才女でもある。
歌って踊ってビジュアルもよく、そして最近ではインテリアイドルとしても売り出しているため歌番組やバラエティー番組に留まらず報道番組のコメンテーターとして見かける機会も増えている。
ビジュアルが良い、と言ったが本当にその通りで顔はケイ姉に引けを取らない美人だが、少し幼さやあどけなさを感じる可愛さを持ち、例えば目元はくりんと丸みのあるところや、髪形も程々な長さで様々なアレンジが適用できる長さ(歌書さん曰く)でもある。身長含めた体格は若干高く若干グラマラス。まぁアイドルとして見るなら理想的なものなのかもしれない。
「もう~、サイサイは何回言ったら………私のことは『マッキー』って呼んでって言ってるんじゃん」
『マッキー』、これはファンが歌書さんを呼ぶときのまぁあだ名みたいなもの、ニックネームみたいなものである。
「いや……歌書さんが年上だからそんなフランクに呼ぶのもどうかと思って………」
確かに一ファンとしてだったらそう呼ぶことに、抵抗も何もないが、如何せん同じ屋根の下に暮らすもの同士でありなおかつ一つ上の人となるとどうしてもニックネームで呼ぶことには躊躇してしまう。
「アイドルだからいいの! それに君の横にいるけなちはちゃ〜んと呼んでいるよ?ね~、けなち」
「そうだよ!天下のアイドル、マッキーがそうしたいって言うんだからそうしないとファン失格でしょ?」
何なら彼女自身も僕らのことをこうしてあだ名みたいな感じで呼ぶ。僕のことはサイサイ、ケイ姉のことはけなちと。これは出会い頭に歌書さんのインスピレーションで決まったようなものだ。
「ね〜、ほらサイサイも」
「……一考しておきます」
「一考するまでもないと思うんだけどなぁ………それよりも2人はこれから夕食?」
僕が歌書さんのことを頑なにニックネームで呼ばないことに少し不満気な表情で頬を膨らませる。
「はい、今日は舌禍さんが戻ってきていてこれから料理を作るみたいですよ?」
「え~! コス兄さんの料理だって!? それは聞き逃せないわ! せっかく仕事を早く終わらせたんだからさっさと準備しないとね!」
そう言って歌書さんはその場を走り去って行った。それまもうビューンという音が適している程に。
「相変わらず嵐のような人だな……」
「でも凄いよねマッキーは、勉強とアイドルを両立しているんでしょ?それなのに疲れーつも感じない表情で。憧れるなぁ~」
ケイ姉は感心しながら彼女の行く先を見つめる。ケイ姉も学校の演劇部と共に、プライベートで町の下団員でもあり、そこにも頻繁に顔を出している。アイドルと勉学の二足の草鞋を履く歌書さんの姿は、演劇と勉学を両立するケイ姉にとって、憧れの対象なのかもしれない。
さてと、少し歌書さんの件について補足するか。さっきもケイ姉の口から「ファン」という言葉が出たが確かに彼女は【ファムファタール】の大ファンである。
それはこの【マンション・ワルツ】に来る前からで、僕もよくケイ姉を通じて曲を聴いていた。僕はそういうのに疎いからいい曲だなとかその程度のものでしか味わえないけど、曲調もジャンルもバラバラでなんでも歌い踊りこなす印象があるなぁとは思っている。
ケイ姉はご丁寧にいつも解説してくれるから助かっているが基本的に【ファムファタール】の曲は作詞は1人固定で、作曲に関しては都度都度変えているらしい。
聞けば僕でも耳にしたことのあるトレンドのコンポーザーや複数の人気グループの曲を手掛ける作曲家もいるし、はたまたメンバーの一人で作曲をする人がいるとのこと。大したものだなぁ…。
そんなアイドルグループの顔ともいえる存在と実際に同じ屋根の下で共に生活をするようになってからはどうだろうか?
最初はただのファンだった。そりゃ今まで当たり前のようにテレビで見て、耳にタコができるほど聴いた歌を歌っている本人を目の前にしたらね。最初の頃は、ケイ姉自身も恐れ多く距離を取っていたけど、徐々に打ち解けて、今ではお互いをあだ名で呼び合う仲だ。
まぁその距離を縮めるのもそんなに時間を要することもなかった。
ちょうど僕らがここに入ったのは1年前の高校1年生だった頃で、歌書さんは高校3年生だった。
もともとテコ入れとしてインテリアイドルを目指そうと神皇大学進学を志し、目標達成のために1年間アイドル活動を休止していた。芸能活動のため部活動には所属せず、学校のシステムで午前・午後丸々抜けたり放課後すぐに現場に向かったりしていたが、仕事を休んでからは日中は学校に通い、夕方はこっちに戻って勉強していた。
予備校に通うこともなく、自主学習が中心だった。あとは例えば釘宮さんを始めとする大人たちから勉強を教えてもらうなどで努力していた。また復習がてらで僕らに勉強を教えることもしていた。高校1年と高校3年とでは学ぶ内容も違うだろうと思っていたが、必ずしもそうとは言えず、僕らが学んだベーシックなことを応用したことをたくさん学んだみたいで、彼女から教わることでわからない部分の埋め合わせや、少し先を学んだ気持ちになれたのはいい思い出だ。
そんな生活の中でケイ姉と歌書さんは打ち解けていき、より親しくなっていった。
「あっ!しまった!」
「どうしたの急に」
ケイ姉は何かを思い出した様子で大声を出し、僕は肩が上がるほどビクッと驚いた。
「マッキーにこの間の雑誌の感想伝えるの忘れてたー!この間の雑誌でレアなパンツスタイルでね、すごいクールな写真なマッキーとが出たんだよ!それ伝えたかった~」
「どうせ数分したら食堂で会えるんだからその時にでも……」
「ハテくんの言いたいこともわかるし、それもそうだけどさ……いや本当に良かったから一分一秒でも早くこの気持ちを伝えたかったんだよ」
「あれだね『感想は新鮮であればあるほど嬉しさが増す』だったっけ?歌書さんがよく言っていたよね」
この言葉は無論、目の前の彼女からよく言われていて、もしかしたらファムファタールの曲の次によく聞く言葉に違いないほどだ。
「正確には『感想は新鮮であればあるほど嬉しさが増す。だけど感想に早い遅いは無いからいつでも想いをぶつけて!』だよ」
セリフ再現で歌書さんの声真似をしながら言った。だいぶ似ているから本人登場かと思った。
「ハハハッ、相変わらずの熱い情熱だねえ。まぁ、そんなことより早く行こうよ、ケイ姉」
「そうだね」
そう言って僕らは食堂へ向かった。
今回初登場は3人。ということで漢字表記も紹介しましょう。
・仇智 讐子
このキャラは当初、仇智 スピカという名前でした。
どうしてこの名前にしたのか鮮明には覚えていませんが、学生時代に聴いていた曲から取ったのじゃないかなぁとは思っています。
・焉堂 竟一郎
主人公のサイハテと同学年のふわふわした感じの少年は当初からありました。
名前は袖襟淵 紅徒。この作品を書いた当初、冬の頃、寒くコートの恋しい時期に、温かい名前を求めた結果そんな名前にしました。
しかし今こうして書くにあたって、しっかりと立ち位置に相応しい名前を与えると思い、考えた末こうなりました。
(気付いている人が少なそうなので括弧書きで、ep.1では既に修正済みですが、最初は安斎という苗字だったと思います。色々と考えて変えました)
・歌書 舞姫
当初は、有栖川 舞姫で名前の方の読みはそのまま「マイヒメ」でした。
ですが色々設定を練って今の形に落ち着きました。
ちなみに本編中で舞姫を玄関まで送ってくれた、有栖川はファムファタールのマネージャーです。
マキの名前にはそれなりにこだわりがあったので、それを応用する形で、当初あった有栖川という苗字を活かす形にしました。ちなみに下の名前は伊太です。ちなみにメンバーについては、名前はもちろん作っています。どこかで出るかもしれないのでお楽しみを。
最後に、ファムファタールというアイドルグループ名は文章を考えている内に決めていました。きっかけは、まぁ最近流行りの歌から取っていますね、ヘビロテしています。
というかそもそもファムファタールという言葉は耳馴染みがあったけど、意味なんだろうと思ったらそういう意味かぁ~、使いたい~~~~~~というエゴで瞬時に決まりました。
まぁそもそも初期構想ではソロアイドルの予定だったのでせっかくならねぇと思って、今回こうなりました。