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Episode1 挨拶からはじまる恋 紀子 27歳 看護師

作者: 素敵な恋の始まり

『番号札129番の方、採血③番テーブルにお願いします』


『おはようございます』

『お願いいたします』


『おはようございます』

『ご確認のため、お名前、生年月日をお願いします』


『恋野 初、昭和〇〇年4月1日です』


『・・・・・・』

『アルコール消毒は・・・・・・大丈夫だったよね』

『久しぶり、恋野さん』

『元気だった?』


会社員にはつきものの転勤。中国工場に赴任してはや5年、今年の人事異動で日本に帰国したいと思い始めた頃に上司から東京から2時間弱の工場転勤の話しがきた。中国工場に赴任する前に1年半いた工場なので今回の転勤は嬉しかった。


日本に帰国後、ひと月くらい経過した頃から咳が止まらなくなり、近くの小さな病院に。病名は花粉症。処方された薬を飲むものの一向に症状は改善されず。朝から咳が止まらず眠れない毎日。


帰国後に受けた会社の健康診断結果が届きE判定。産業医の先生から


「午後からうちの病院に必ず来なさい」

「いや、このあと私の車で一緒に病院にいきましょう」

「このままほっておくと重度の心不全になります」

「精密検査をしてみないとわからないけど長期入院は覚悟しておいて」


と宣告された。


病院で採血とレントゲン、心電図、心エコーなど多くの検査をした結果、病名は「うっ血性心不全」。病院の先生から会社の人事に連絡がいったので上司と人事部長が慌てて駆け付け、90日間の病休扱いで安静治療にはいった。


入院生活一週間は身体に溜まった浮腫みをとるために水分と食事のコントロール。簡単にいってしまえば絶食。人間五日も水を飲まない、食事を食べないとにおいや食器の音がするだけで大声で叫びたくなる。絶食最終日は朝から「今日で最後」「今日で最後」と心の中で叫び気を紛らしていた。


絶食最終日の夜、看護師から


「明日の朝から食事がでます」

「何が食べたい?」


「ステーキ」


「ステーキは無理かな。まずは重湯からはじめておかゆ、胃が慣れてきたら塩分コントロールされた病院食の予定」

「でも一週間食事抜きだから、絶対おいしいと思うからゆっくり食べてね」


と言い残し戻っていった。


次の日の朝、同じ病室の人には朝食が配膳されているのに私にはでてこない。昨夜から重湯が食べられると喜んでいたのに。早い人は食事を終え、歯磨きを始める人まで。おなかが減って死にそうっと思っているところに


「おまたせいたしました」

「遅くなって申し訳ありません」

「引継ぎに時間がかかってしまい」

「今日から担当看護師となります〇〇(紀子 27歳)です」

「何度か採血やケアに伺ってはいますが、あらためて今日から宜しくお願いいたします」


と笑顔で挨拶を終えたあと食事をだしてくれた。


一週間の断食あとの重湯は本当においしかった。茶碗一杯に満たない量ながらも胃を満足させてくれた。食事をとり終えると紀子から今後の入院計画や普段の入院生活に関する注意事項の説明を丁寧にうけた。


二週間目からは検査の毎日。といっても朝6時起床、血圧測定と体重測定をしたら採血。その後はひたするベッドで安静。たまにレントゲン写真を撮りに技師さんがくるだけ。


毎日がひまでしょうがない。ベッドで横になり点滴が落ちているのをただ黙ってみて時間を潰す。唯一の楽しみは数時間おきに看護師さんが点滴交換にくる時間。数分ながらも人と話しができる時間は楽しい。


入院生活一ヶ月が過ぎた頃、ドクターから歩行許可がでたと伝えられ嬉しかったが、安全対策で病室内のみ。問題なければトイレ、病棟フロアーもすぐ歩けるようになるからと紀子から励まされた。


その後、カテーテル手術を終え、二週間後に退院予定と紀子が笑顔で教えてくれた。


病院の消灯時間は21時。30代の若者が寝るような時間ではないので待合室に置いてあるテレビの音を小さくしながら見て時間を過ごす。その隣のナースセンターは夜間でも看護師がバタバタしている日がほぼ毎日。


そんなある夜、23時頃に待合室においてある本を読んでいると後ろから、


「眠れない?」


と紀子の声が。


「入院前、24時に寝ていたのが21時に眠れないでしょ」と笑いながらいうと

「そうだよね、21時は早いよね」と笑いながら雑談を。


突然紀子から神妙な顔をしながら質問が。


「絶食つらくなかった?」


「正直いってつらかった。同じ病室の人が食事をしていると、においや食器の音でイライラするし大声を出して叫びたかったよ」

「でも修行だと思っていたし、紀子さんや他の看護師さんたちの励ましで何とか耐え抜いた感じかな?」


「・・・・・・」

「実は絶食に耐えられなく大きな声を出して怒鳴ったり、暴力をふるう患者さんを担当したことがあって、絶食の患者さんを担当するのが怖かったの」

「看護師やめようかなと本気で考えていたから」

「でも辛くても明るく接してくれたのでよかった」


「あと、いつも些細なことでもありがとうございます」

「お願いします」

「私の目を見て、笑顔でいってくれるのは本当に嬉しかった」

「看護師続ける勇気がでたよ」


その後も雑談を続けたかったが、ナースコールが鳴り患者のもとへ紀子は行った。


退院日の前日、看護師さんから退院手続きの方法や今後の定期健診、薬の処方などの説明が終わると、


「紀子、今日はお休みだけど明日は日勤だから朝からくるよ」

「退院前に会えてよかったね」

「ちゃんと告白しなよ」

「私が保証するから」


といい残し去っていた。


退院日の当日、出勤日のはずの紀子の姿が見えない。病棟フロアーをウロウロするのもおかしいので、退院時間までベッド横の椅子に座り廊下ばかりをみていた。退院時間となりナースセンターに挨拶に行くが急患が多くバタバタしているので、早々に会計手続きをすませる。なんだかちょっと複雑な心境のまま病院をでた。


翌々月に定期健診に行くと採血とレントゲン、心電図、心エコーの検査。一番最初に採血検査に向かうと


「つぎの方、採血③番テーブルにお願いします」


「おはようございます」

「お願いいたします」


「おはようございます」

「ご確認のため、お名前、生年月日をお願いいたします」


「恋野 始、昭和〇〇年4月1日です」


「アルコール消毒は大丈夫か」


「恋野さん、退院の日ごめんね」

「紀子、お母さんの具合が急に悪くなってお休みしちゃったの」

「今日はお休みだから、また次回の検診の時に病棟に顔だしてあげて」


何度か定期健診のあと病棟に顔を出すが会うことができなかった。お休みや夜勤明け、他の部署にヘルプなどタイミングが合わない。その後、紀子が病院を退職し実家に帰ったと風のたよりにきいた。


紀子のことを何とか忘れようと名古屋支店や中国工場へ出張。仕事に没頭する毎日。退院してから五年目に上司から


「中国と取引が一番多い名古屋支店の営業に転勤の話しがあるけど」

「名古屋としては中国語に堪能で赴任経験がある恋野を希望している」

「もし体調に不安があるなら断ってもいいよ」


その場で承諾し、翌年四月から名古屋支店営業部に転勤が決まった。


翌年三月末に名古屋に引越。名古屋転勤早々に会社の健康診断へ。工場と違って集団検診ではなく個々の都合で予約し健康診断専門の病院へ。最初は採血。ファイルを受付で渡すと番号札をもらい、椅子に座って待つ。採血前はなぜかいつもドキドキする。


『番号札129番の方、採血③番テーブルにお願いします』


『おはようございます』

『お願いいたします』


『おはようございます』

『ご確認のため、お名前、生年月日をお願いします』


『恋野 初、昭和〇〇年4月1日です』


『・・・・・・』

『アルコール消毒は・・・・・・大丈夫だったよね』

『久しぶり、恋野さん』

『元気だった?』


『・・・・・・』



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