第1話:「強くてニューゲーム」ってそういうこと...
僕の名前は「天城 旅立」平凡なサラリーマンだ。仕事をして、帰宅して、何かしてスグに寝る。そんな生活を日々繰り返している。
「不満は無いが、満足はしていない」いう何とも言い難いフラストレーションを抱えている。家もあるし、給料もそれなりに貰えている。ただ何と言うか、全部“それなり”な気がしてしまうのだ。
ただ、そんな僕にも楽しみはある。オープンワールドRPG『アナザー・ユニバース 通称“アナバ”』をプレイすることだ。
このゲームは史上初めてAIが作成したゲームで、ファンタジー的な要素を持つ架空の世界が舞台のゲームだ。“もう一つの現実“を目標に作られた意欲作で、実在する世界としか思えないほど設定が作りこまれているのが特徴だ。
たとえば司法制度なども決められており、犯罪的行為を行うと逮捕され、釈放されるまで刑務所での生活をプレイしなければいけないほど徹底している。
ただ、この忠実すぎる設定により、ゲーム性が縛られる結果となり、人気タイトルとはなれずに終わってしまった不遇の作品なのだ。
ただ僕は、このゲームに心底ハマっている。
というのも、このゲームは全てが無限なのだ。
特にアイテムは事実上無限にあるため、そのコレクションがとてつもないやりこみ要素なのだ。自慢じゃないが、僕はこのゲーム随一のコレクターだ。新アイテムの放出イベントでは、毎回、一番に新アイテムの収集を完遂している。
とはいえ、ただアイテムのコレクションが趣味なだけで、最強のプレイヤーだったりする訳ではない。実際、対戦イベントでは毎回“それなり”の順位で終わる。
そして今日も、この面白すぎるこのゲームを2時間ほどプレイし、時計を見るともう午前1時だ。時が過ぎるのは早い。
そして心の中でこう思った。
『ゲームの世界に行けたらなぁ…』
もちろん、本気ではない。
無理だということは分かっている。
まぁ他愛のない夢みたいなものだ。
明日も仕事なので、スグにベッドへ直行した。
目が覚めると僕は森の中にいた。
既視感のある光景だった。
ここはそう、昨日の夜『アナバ』でアイテム収集のために来たステージ「極大森林」だ。『アナバ』はオープンワールドなので、ステージという概念は無いのが、差支えは無いだろう。
冷静に現状を把握していたのだが、次第に目も覚めてくると、今の状況について混乱してきた。
「え、なんで…」
なぜ自分はゲームの世界にいるのか。
これは夢か?
試しに頬をつねってみた。
痛い。
次は頬を全力でぶっ叩いてみた。
めちゃくちゃ痛い。
最後に顔面を地面に叩きつけみた。
頭がクラクラした。
まちがいない、これは現実だ!
自分の見た目は、キャラメイクで一切触っていない基本設定のままの、アバターと全く同じだった。
そして、服装や装備も、アバターと同じだった。
・カッタートマホーク[硬強化]
・ブレードブーメラン[斬強化]
・“大盗賊”の装備一式
・容量拡張魔法 措置済 小型バックパック
コレクターとしての道を究めるため、装備は極力最低限にするため、軽装備な“大盗賊”の装備を選択している。とにかく身軽なのだ。
また万が一の戦闘に備え、アイテム収集でも役立つ、トマホークとブーメランを武器として持ち歩いている。
(剣では、木も切れないし、木の上のアイテムを落とすこともできない)
加えて、アイテム収集には思わぬ収穫がつきものだ。つまり大量のアイテム・材料を持ち帰る必要があるのだ。そこで、魔法で容量を大幅に拡張した、小型のバックパックも装備している。
我ながらアイテムコレクターとして、非の打ちどころのない組み合わせだ。
いや、つい饒舌になってしまった。
ただ現状は全く進展していない。
とにかくここで悩んでも仕方が無いと思った。もし本当に『アナバ』の世界にいるのだとしたら、自分がいるのは「極大森林」の中でも、入り口近くの地点のはずだ。
ということは、近くに「スタート・エール村」があるはずだ。「極大森林」へ挑戦する前に、たいていのプレイヤーはここで準備を整えるのだ。
そしてもう1つ、本当に自分が『アナバ』の世界にいるのだとしたら、アバターである僕の体は超人的な身体能力を持っているはずだ。
余談だが、実装当初はアバターの身体能力、すなわち移動力は、常人並みに設定されていた。しかし「移動するのがダルすぎる」という意見が殺到し、ver2.7の大型アップデートで”プレイヤーのアバター相応”の移動力を持たされるに至ったのだ。
そして僕の予想は的中した。
5分ほど全力で走り続けてみたが、殆ど息切れしていなかった。ジャンプもしてみたが、ゲームの中での描写と同じく、5メートル程ジャンプすることができた。
これで身体的にも、ゲームのアバターと同じく超人的な能力を持っていることが証明された。
僕はスタート・エール村を目指して、移動していた。実は、この「極大森林」はアイテム収集の為に数回訪れた程度で、そこまで詳しく無いのだ。
10分ほど走り続け、ようやく見慣れた場所に行き着いた。少し開けた空間だ。
「ここ…なんだっけなぁ…」
そう確実に来た記憶があるのだが、思い出せない。
ドオンッ!
「うわっっっ!」
僕の記憶は、一気に蘇った。
そう、ここはエリアボスが出現するのだ。
そしてボスは、巨大なクモだった。
もちろん、何度か倒したことはある。
ただそれはゲームでの話だ。
リアルに目の前に5メートル越えの巨大クモが落ちてきたら、めちゃくちゃ怖い。
というか気持ち悪い。
キシャァァ!
クモは金切り声を上げて、飛びかかってくる。
「うわぁ!くるなぁ!気持ち悪い!」
僕は叫び散らしながら、逃げ惑う。
幸い、この超人的な身体能力のお陰で逃げるのには苦労しなかった。
クモの攻撃を避けつつ、逃げ続けた。
ただ、クモは執拗に追い続けて来る。
逃げてばかりいては、らちが明かない。
僕は覚悟を決め、武器を手に取った。
“硬さ”を強化することで、切れ味と頑丈さを両立した、カッタートマホーク[硬強化]。
全体の半分が刃になっており、徹底的に“切れ味”追及した、ブレードブーメラン[斬強化]。
「そこっ!」
僕はクモの脚を狙って、ブーメランを投げた。
ブーメランは勢いよく飛んで行ったが、クモの脚をかすめ、飛び去ってしまった。
「ブーメラン、ムズ!」
よくよく考えると、リアルでブーメランなど投げたことが無かったので、いまいちコツが掴めなかった。
「今度はトマホークだ!おりゃあ!」
僕は思いきり飛び上がり、落下しながらクモの顔面にトマホークを突き立てた。
キシャ!イイイッ!!
クモは体液を噴出し、悶えながら奇声を上げる。
「これでっ!どうだ!」
暴れ狂うクモの上で、2回3回とトマホークを振り下ろす。
闘牛のようにクモが暴れまくるのでトマホークを同じ場所へ振り下ろすことができず、その頑丈な皮膚を破ることができない。
ブーメランが手元に戻ってきたので、クモの背中から飛び上がり、後方へ着地する。
このブーメランは、持ち主の手元へ確実に戻ってくるという、有能な武器なのだ。
ここでゲームをプレイしたとき、どうやってこのボスを倒したかを冷静に思い返してみた。
このクモはよく見ると甲羅状の皮膚になっており、“斬る”というより“砕く”必要がある。
であれば、トマホークの一撃で皮膚を“砕き“、露出した内臓へブーメランの刃を突き立てるしかない。
僕は先ほどの反省を活かし、クモの脚へ確実に狙いをつけ、ブーメランを飛ばす。
同時に走り出し、クモとの距離を一気に詰める。
「いける!」
ブーメランはクモの4本の右脚、全てを切り落とした。
右脚を失い、大きくバランスを崩したクモは、地面へ倒れこんだ。
僕は、動きを止めたクモに飛びかかる。
まず、体重と落下の勢いを乗せたトマホークの一撃でクモの脳天を打ち砕く。
その時、完璧なタイミングでブーメランが手元へ戻ってきた。
僕はすかさず、皮膚が砕かれたことで露出したクモの脳へ、ブーメランの刃を突き刺す。
キ!キッシャァ…!
クモは、傷跡から大量の体液を吹き出しながら、息絶えた。
「や、やれた…。 ふぅぅぅ…」
僕は大きく安堵のため息をつき。
その場に腰を落とした。
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