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コルトは動揺していた。それはそうだ。石に躓いて、振り返ると一緒に魔女狩りに来ていたルタレの姿が影も形もなくなっていたのだ。
「旦那ぁ!?旦那ぁ!?」
とりあえず大声で呼んでみるが、返事はない。コルトの大声が、静かな森にこだまするだけだ。一体、旦那はどこに消えてしまったのだろうか。どうしてこんなことなってしまったのだろうか。旦那がいないなら、魔女に遭遇してしまった時、俺はどうすればいいのか。自慢ではないが、腕っぷしには全く自身がない。喧嘩の相手は、女、子供か年寄りだけと、生涯誓っている。俺のポリシーだ。いやまて、魔女って女じゃないか?だったら俺でも?旦那なんていらないんじゃないか?俺一人で魔女を捕まえれば、報奨金を独り占めできるんじゃないか!?
いや駄目だ!相手は魔女、魔女っていうぐらいだ。きっと魔法を使うんだろう。旦那も魔法を使える人間はいるって言ってたし。やっぱりおっかない。人をボリボリ食べる化け物みたいなやつかも知れない。魔法だって何をしてくるか。
…もしかして、旦那、魔女に拐われたのだろうか。魔法でどこかに連れて行かれたんじゃないか?今更になって「魔女に関わると碌なことにならんぞ」と言っていたジェイクの言葉が身にしみる。もし今、魔女に出会ったら…頭からボリボリ食べられるだろうか、それとも魔法の実験体に、カエルにされてしまうかも…嫌な想像が後から後から頭の中に湧いてくる。
「旦那…どこに行っちまったんだ。」
コルトは独りごちる。ルタレが本当に魔女に拐われたのなら、俺のせいだ。魔女狩りに俺が誘ったからだ。
「違う、きっと旦那は俺をからかうために、どこかに隠れたんだ。きっとそうだ。今もどこからか俺を見てて、憔悴する姿を見て笑ってるんだ。」
自責の念に苦しめられるコルトは現実逃避をする。魔女に拐われたという、最悪の事実から目を逸らした。
「旦那はアレで意外と、お茶目なところがあるからな。はは…。」
視界をぐるぐる動かして、周囲を見回す。辺りの草むらを、手当り次第に漁る。探せど、探せど、見つかる気配はない。どうしたものかと途方に暮れていた時だった。後ろでガサガサと草葉の揺れる音がした。振り向くと人影。やっぱり、旦那はいたんだ。目に安堵の涙を溜めながら、駆け出し、ひしっと旦那に抱きついた。
「旦那ぁ!どこにいってたんですか!?俺ぁ寂しくて寂しくて…」
「きゃっ!」
旦那らしからぬ、可愛らしい驚いたような声がした。いつものやさぐれたような声じゃなく、鈴の音の様な可愛らしい少女の声、最近聞き覚えのある声。
コルトは「あれ?」と思い、恐る恐る顔を上げる。コルトの眼前には、眉を上げて目を見開いた少女。見覚えがあった。今日、コルトが盗みを働こうとした少女、その人だった。
突如、不意に後頭部に衝撃が加わる。白目をむいたコルトは仰向けにバタリと倒れるのだった。
薄れゆく意識の中、コルトは「今日はよく倒れる日だなぁ。」としみじみ思うのだった。