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魔女に捧ぐ  作者: のろ
10/12

幕間1

コルトはいわゆる小悪党だった。身よりもない少年が一人で生きていくには、多少の悪事に手を染めるしか無かったからだ。カルタには5つか6つの頃にやってきた。中央山脈の向こうから、当時流行していた疫病を逃れてやってきた難民だった。もう小さい頃だったので、憶えていないが、故郷では裕福な商人だったそうだ。街の中心には大きな噴水があり、たくさんの商人や商人、道化や手品師がいて、たいそう賑わっていたそうだ。港には青い宝石のような、大海原が一面に広がっており、天気のいい日は海の向こうに魔大陸が見えたそうだ。母と出会ったのも、感謝祭の日、夜の海辺だったそうで一目惚れだったらしい。父はよく思い返しては、寂しそうに俺に思い出話を語ってくれていた。

家族は俺と妹、両親、祖父母がいたが、逃げ出す際は祖父母は街に残った。祖母の足が悪かったし、年老いた二人は山越えができないだろうからだった。疫病の流行は早かった。魔疽という病気だったそうだ。街を出る頃には、路傍のあちこちに死体が落ちていた。死人が多すぎて埋葬できなかったからだ。終いには、埋葬人もくたばった。街の名物だった噴水の広場には、葬られない死体が、積み重ねられ山のようになっていた。俺たちはそれを背に、僅かな家財道具と、馬を二頭連れて逃げ出した。

 隣街も似たような状況だった。疫病が流行り、多くの人が死んでいた。鬱屈とした気分になった。絶望した。まるで地獄にでも放り込まれたのかという気分になった。しかし、北上する内、次第に疫病の影は消えていった。山麓の街にはほとんど病の魔の手は届いていなかった。しばらくはこの街に滞在した。難民と知られれば追い出されるので、旅行者であると偽った。故郷に残した祖父母の事は気がかりだったが、この街での暮らしは楽しかった。上等な宿場に泊まり、妹と二人よく遊んだ。妹が、荷物の中にこっそりと紛れ込ませていた人形を使っておままごとをしてやった。山越えをせずとも、ここでしばらく滞在して、流行りが落ち着いたら故郷に帰ろうという話も出た。だが、それもなくは続かなかった。母が魔疽を発症した。この街にはいられなくなった。

母は咳をするようになり、高熱を出した。次第に、頭蓋が少しづつ歪み、角のような突起が出てきた。魔疽とは頭から角のようなものが生えるのが、魔人のようであるということで付けられた名前だった。母はどんどん元気がなくなっていった。燃え盛る火のように赤い髪を持つ、活発な女性だったが、頬はこけて、青白い顔をしている彼女に昔の面影はなかった。案の定、山越えの途中で死んだ。妹はわんわん泣いた。だが父は泣かなかった。俺も泣かなかった。母は山中で火葬した。父は「ここが太陽に近いから、きっと母さんはすぐに天国に行けるよ。」と言っていた。死んだ人は、火にくべられ、灰となり、神のいる太陽まで登っていくらしい。

山道を抜ける頃には、俺と父と妹、馬一頭になっていた。一頭は山中で滑落して死んだ。そのとき財産もほとんど失った。山を抜けてすぐの村で、残った一頭の馬を売って、なんとか目的地までの路銀を作った。薄汚れて、やつれた俺たちを難民と見抜いた農夫は、二束三文で馬を買い叩こうとしたが、なんとか必要な額をもらえるよう父は懇願していた。この村には浮浪者のような人たちが多くいたのを憶えている。きっと俺たちと同じく、疫病から逃れてきた人たちだ。

 村から、一週間ほど行くと、カルタについた。古い祖父の知り合いがいるらしく、そこに厄介になるらしい。しかし、その人はすでに亡くなっていた。その息子は知らぬ存ぜぬで受け入れを拒否した。もう路銀もすでに無くなり、どうすることもできなかった。俺たちは仕方なくこの街の外壁付近に難民によって形成されていた、貧民窟に暮らすこととなった。父は俺と妹にしきりに謝った。無力な父を許してくれと。最初は大変だったが、ここの暮らしにも次第に慣れた。治安が悪いからと、俺たち二人は父の傍を離れること許されなかった。だから、昼は父の仕事についていった。父は直ぐに仕事を見つけた。貧民窟で増える難民を受け入れるための住居づくりだった。長い旅路ですっかり痩せてしまった父だったが、元は海の男だったからか、力仕事は得意そうだった。父の仕事仲間にも良くしてもらった。夜は父と一緒にあばら家で寝た。隙間風が寒かったが、三人で寄り添えば暖かかった。細々とした暮らしだったが、幸福はあった。だがそれもすぐに失われた。

 次第に父の元気がなくなっていった。すぐにベッドから動けなくなった。妹と二人、看病していると、昔話をよくしてくれた。俺たち兄弟の母親譲りの赤髪を綺麗だと褒めてくれた。頭を撫でる手のひらは、大きな父の手だったが、カサカサして力がなかった。口数も徐々に減っていった。父は俺たち二人に謝りながら、ぽっくり逝った。


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