ダンジョン 1
ーーダンジョン領域
無数のダンジョンが広がる無限の領域。
未だその最果てを見た者はおらず、ダンジョンがいくつあるのか不明な巨大領域。
遺跡や塔、家屋、森、湖、異次元など、ダンジョンによって形態や出現モンスター、その強さや出現頻度はダンジョンごとに異なっている。
ダンジョン領域への入り口は巨大な壁と門で塞がれ、モンスター側の侵入を固く拒む。
その中でも、入り口に双葉印がデカデカと貼られた遺跡にやって来ていた。
ダンジョン領域に入ってすぐの所にあり、近くに強力なモンスターもいない。
「初心者歓迎遺跡、あと一年はここで異世界生活よ」
「早く他のダンジョン行きたいな」
煌星は意気揚々と身の程知らずな発言を吐く。
私は嘲笑しながら煌星に言う。
「駄目よ。今のあんたじゃ死ぬ死ぬ」
「じゃあモンスター十体倒せたら、俺が行きたいダンジョンに行っても良いか?」
「倒せたらね」
「たまには本気出しちゃうよ」
私は不思議に思った。
いつも煌星はどのモンスターとも接戦を繰り広げる。五体も戦えば体力も限界が来る。
だが何だ?
この自信は。
まさか本当に実力を隠していたというのだろうか。
いや、この男に限って「能ある鷹は爪を隠す」を実演できるはずがない。
だが実力は自分が一番よく知っているはずで、実力が無いのならこれほどの自信を身につけられるはずがない。
問、ではなぜ自信に満ち溢れた表情でダンジョンを見ているのか。
答、実は最強だったから。
私たちはダンジョンへと足を運ぶ。
余裕の佇まいでダンジョンへ向かう煌星を先頭にして。
遺跡の壁には松明が取り付けられている。
遺跡内へ続く通路を通った先には広大な円形広場がある。半径百メートルはある大きさで、中央には大きく長い柱が天井まで伸びている。
「相変わらずでけえ柱だな。遠くからでも全然見える」
「あの柱はこのダンジョンのシステムを循環させる重要なもので、壊したらギルドから賠償金を請求されるからね」
「分かってるって」
柱は一流の冒険者でも壊すのには苦労するらしく、煌星では柱を壊すのは不可能だ。
賠償金に関しては不安要素はない。
今は他に心配すべきことがある。
この遺跡はこの部屋しか存在しない。
壁や床は青白い岩石で構成され、岩石が仄かに部屋を照らしている。
青白い木々が部屋の所々に生え、小規模な森を形成している。
出現モンスターはどれも駆け出しの冒険者でも倒せるレベルのモンスターばかり。
「ボサッとしないで」
呆然と柱を見上げる煌星の背中を押して、ダンジョンの奥へと進む。
「煌星、丁度こっちにモンスターが来てるよ」
蛇木楽が接近するモンスターにいち早く気がつく。
犬の頭、胴体は人のようで、爪は鋭く尖っている。ギザギザな歯は噛み砕かれれば腕を千切るのではないかと想起させる。
睨むような目つきは冒険者を怯ませ、犬のような速さで襲ってくる。
体長は六十センチ、灰色の体毛に覆われ、腰に生えた尻尾は標的を定めた際に上に向く。
「コボルト」
そして、その尻尾は上に向いている。
「全員、戦闘用意」
「いや、俺だけで良い。一人であいつを十体倒す」
煌星は剣を抜き、両手で構える。
「本気? あんたじゃ……」
「男には、やらなきゃいけない時がある。それが今だ」
煌星はコボルト目掛けて走り出す。
コボルトは左腕を後ろへ大きく振りかぶる。
コボルトの攻撃は全て大きい動きで、熟練した冒険者であれば簡単にかわすことができる。
もし煌星が強いならーー
コボルトの右側へ回り込むのが定石。
だが煌星は剣を大きく振り上げた。
「え!?」
明らかに煌星の攻撃よりコボルトの攻撃が最初に届く。そう思われた瞬間、コボルトは口元に笑みを浮かべた。
足を止めたコボルトは鮮やかなバックステップで大振りの攻撃をかわし、剣の上を走って煌星の頭へ手を伸ばす。
そしてーー
「へへっ」
まるで人間のような笑い声を上げ、煌星の頭をポンポンと叩いた。
「…………」
コボルトは煌星に手を振り、森の中へと消えていった。
煌星の手からは剣がこぼれ落ちた。
私たちの方へ振り返った煌星は満面の涙を浮かべていた。
「式凪ぃ……」
「弱すぎて同情されてんじゃないわよ」
結局、この日は一体もモンスターを倒さず冒険を終えた。
「ってか氷雨、コボルトに手振り返してたよね」
「だって、好きなんだもん……」
氷雨は顔を真っ赤にして照れて、槍で顔を隠した。
「何この異世界生活……」