始まり 1
異世界転移、この世界ではよくあることだ。
世界と異世界は常に繋がっている。
この世界とあの世界は互いに干渉し合っている。そのため生じる異世界への歪みは、今日も誰かを異世界へ送り出しているのだろうか。
異世界へ来てから三ヶ月。
もう三ヶ月も前のこと、私は友達四人と異世界へ転移した。最初は戸惑いこそしたものの、異世界転移者慣れした異世界の住人は私たちに手取り足取り様々なことを教えてくれた。
人口十三万人の街ーーギルド街。
居住者のほとんどが冒険者、異世界転移者も多くいる。
街並みは円心状に広がり、建物は規則正しく建てられている。
「すげー」
思わず声が漏れるほど、異世界の景色に没頭していた。
だがここで驚いていた私は愚かだった。
街には私を驚愕させるものが無数にあったからだ。
異世界特製の料理を出す高級レストラン、未知の世界を描いた絵画が飾られた美術館、魔法を使ったパレード、遊園地……
異世界は私の想像では収まらないほど眩しかった。
私は異世界の魅了され、異世界で時を過ごした。
時々現実世界に戻っては、異世界のことが忘れられずまた異世界へ行き、授業中もテスト中も、頭の中を異世界という好奇心を呼び起こす福音に縛られていた。
だがそれも二ヶ月前までの話。
いざ冒険へ。
それぞれが異世界でバイトして貯めたお金で装備を整えた。
ギルドのマネージャーに助言された通り、
前衛、煌星 恒星。
異世界デビューついでに金髪デビューをする、考えるよりも先に行動する、というより考えなしに行動する男。
剣術は微妙だが、前衛で戦う勇気があるのはこいつだけ。
私はこいつが嫌いだ。
相性最悪で、いつも喧嘩している。
前衛、蛇木楽 織。
盾でモンスターの攻撃を一手に担う割には細身で小柄、容姿は女性のようでかわいらしい。
茶髪の後ろ髪は肩まで伸び、毎日髪のケアは欠かさず、触れようとした者には問答無用で背負い投げをしてしまう。
中衛、氷柱 氷雨。
いつか溶けてしまいそうな氷のように美しい肌、水晶のような色合いの髪、瞳はダイヤモンドのように輝き、見るものを皆魅了する。
性格は温厚で大人しいが、静かなる攻撃はモンスターを彩り、倒す。
後衛、七瀬 ナナ。
パーティーで最も強いメンバー。
駆け出しにしては覚えが早く、魔力量に恵まれた才能の原石。
ギルドのマネージャーから教わった魔法の基礎を数日で覚え、魔法を使えるようにまでなった。
この時はパーティーメンバーで唯一の魔法使い。
だがワガママな性格のため、同じくワガママな煌星とはいつも衝突していた。
後衛、式凪 凛々。
パーティーの裏方をこなすのは私である。
母譲りの黒髪を三つ編みで後ろにまとめ、視力が悪いためコンタクトレンズをつける。
マネージャーには回復魔法が使えるようにと指導されたが、ナナちゃんほどの速さでは習得できなかった。
前衛二人、中衛一人、後衛二人のバランス型五人組。
最初こそ、皆で力を合わせて頑張ろうの精神の下一致団結してダンジョンに挑んでいた。
だがその時期が来るのは早かった。
七瀬ナナの一強状態、私を含めた残り四人は見事に足を引っ張った。
結果、一ヶ月でナナちゃんはパーティーを去った。
そして二ヶ月が経ち、今日に至る。
ぴきぴきぴき、と軋む音が鳴る。
すっかり古びた木製の屋根は音を立て、崩壊の序章をひそかに告げること一ヶ月。
窓はガタガタと音を鳴らすことを止めず、屋根裏からは小型生物の足音がする。
毎日掃除をしていても天井には蜘蛛の巣ができている。
破壊と創造を繰り返す神話のように、姿を現さない蜘蛛との戦いを部屋の隅で繰り広げていた。
「式凪、今日はクエストでもこなそうぜ」
あくびをしながら能天気な台詞を吐いたのは、中の綿が飛び出たソファーで寝転ぶ金髪の男。
異世界デビューついでに金髪デビューをする、考えるよりも先に行動する系の男ーー煌星恒星。
学校では一位二位を争うくらいのイケメンだが、私生活ぶりは一位二位を争うだらしなさ。
「だったら準備しなさいよ」
蛇木楽、氷柱、私は装備を整え、いつでもダンジョンへ行く準備はできている。
だがこの男、同じ星に生まれたとは思えないほどの怠惰、怠慢を背負った男。
「オッケー。そこの剣取って」
「自分で取れ」
と言いつつも、私は棚の横に立て掛けられた剣を煌星へ投げる。
放物線を描いた剣を、煌星は憎たらしいほど上手く掴んだ。
「「ナイスキャッチ」」
蛇木楽と氷柱は自然と拍手で称えた。
「じゃあ行くか」
一瞬目を外した隙に装備を整えていた。
私服の上から胸部用の軽い鎧、両手両足の第一関節までを覆う鎧を装備した。
腰に剣を提げ、準備万端。
「いざ冒険へ」
なんて格好の良い言葉を吐くが、あの頃夢見ていた冒険はない。
今は異世界で暮らせるためのお金を稼ぐという使命で戦いへ赴く。
ーーああ、冒険したくねえ。