鉄の微笑み公の壁は厚かった
鉄の微笑み公の壁は厚かった
「やっぱりダメでしたか」と脱いだ礼服を受け取りながら訳知り顔にベンジーが言う。マジ超ムカツク。
どかっと椅子に腰かけて足を机に上げる。行儀悪いですよ、王子のくせに!と後ろで喚くビンジーの声はガン無視してグラスの水を一気に飲み干した。
「お前ホントに俺の家令なの?やっぱりって何て言い草だよ」
まあ初めて未来の義理の父と1対1で話せたのはよかったが…。もうちょっと交渉を有利に運べるよう手を打っておくべきだったかもと後悔した。
「出だしはよかったんだよ。ちゃんと父上、じゃなくて国王陛下から祝いのお言葉をもらったあと、ミルスラ公爵家からの支援についてオーバーに話したら、陛下も何か思うことがあったのか分からんけど、二人でゆるりと話すがよいって感じで後押ししてくれて」
「陛下もさすが貴方の父親、案外チョロい方だったのですね。それで?」
おいチョロいって何だよ。まあ俺もそう思ったけど。
「ミルスラ公爵は俺の話と陛下の言葉の間に色々悟ったみたいで、別室に移ったとたんガードが超固くなってさ…」部屋の気温設定間違ってるんじゃないの?と思うくらい空気が冷たくなったのはあながち気のせいじゃないと思う。鉄の微笑み公じゃなくて氷の微笑み公の間違いなんじゃないだろうか。会話中超絶クールで室内にドライアイスの煙が立ち込めてる感じだった…。
「お話するのは久しぶりですね。そういえば領地からせめてもの無聊の慰めにと化粧セットをキリエラ嬢にお贈りさせていただきましたが、何かおっしゃっておられましたでしょうか」
向かい合って座ってから切り出すと、顔だけ微笑んだ公爵が温度の感じられない声でお礼を述べだした。
「大変優美なケースに入った子供向けの化粧セットで、拝見したときキリエラも喜んでおりました。ただ今も一日の大半は寝付いている状態でございまして、使う機会はいつになるか…。殿下には大変申し訳なく感じております」
「いえ、気晴らしにでもなれば、とお贈りしました故お気になさらず。毎月いただく公爵家からの贈り物には及びませんが、せめてもの婚約者としての誠意をお見せできればと」と言いつつ見上げる。公爵の顔の筋肉はピクリとも動かない。ということは毎月プレゼントには特に公爵家の意図は含まれてないってことかな、それともまだ判断するのは早いか。もういっちょ押してみよう。
「先月はご令嬢から安眠効果付きの枕カバーをお贈りいただきまして。おかげで毎晩ぐっすりと眠れるようになりました」
そう、これはウソじゃない。ただ結論から言うとこれも単なる枕カバーじゃなかった。まずラベンダーの匂いの強さが全然変わらない。これはビンジーにも確かめてもらったから俺の勘違いって訳じゃない。それに夜寝る前にちょっと嗅ぐだけでマジで眠くなるんだが昼間嗅いでもなんともならない。スリープの魔法がかけられてるのかもしれないが、開始時間設定できるなんて聞いたことないし、通常この魔法は人や動物にかけるもので物にかけるなんてありえない。魔法オンチな俺には一体どうやったのかさっぱり分からん。
「そうですか、それはよかった。慣れない学院生活でお疲れでしょうから、少しでも殿下に良い眠りをお届けできたのなら娘も喜ぶことでしょう」表面的にはにこやかに言う公爵。でも目が笑ってない、おいコエーよ、仮にも将来の義理の息子に向ける眼差しかよ、これ。
「私へのプレゼントをお選びいただける程度にはご令嬢は回復されたということでしょうか、でしたら…」と言いかけたら公爵がすごい勢いで被せてきた!
「いえ、娘は季節の変わり目にまた調子を崩しまして。今妻がつきっきりで看病しておりますが枕も上がらない状態でございます」絶対何があっても会わせません!って感じでずいッと体を乗り出し、公爵が慇懃に頭を下げる。
「殿下には婚約中にもかかわらず、お目にかかる機会を設けられませんこと、私も妻も申し訳なく思っておりますが、どうか病弱な娘を思う親心に免じて今しばらくご猶予いただければと」
「い、いえ、十分理解しておりますが、では枕元、とは言わないまでも扉越しにでも、ご令嬢と言葉を交わすことができれば嬉しいのですが」
ビビりながら言ってみたが結果は無残だった。鉄の微笑み公の壁は俺には厚すぎた。
「そのような不敬をしては陛下にも申し訳が立ちませぬし、殿下にそこまでさせたとあっては我がミルスラ公爵家も咎めを受けかねません。キリエラも己の不甲斐なさを嘆くあまり、かえって体調が悪化するかもしれず、どうかご容赦いただければと存じます」
ピシャ!シャットアウト!って感じで俺はこれ以上続ける気力をなくしてしまった。
「だからヘタレ王子って言われるんですよ」とグラスの水を替えながらグチグチ言うビンジー。うっせーな、だったらお前が公爵の真正面に座ってみろよ、絶対ビビるから!
「でも一つだけ成果がありましたね。あの毎月プレゼント自体に公爵は関係してないか、関係してたとしても裏はなさそうってことですね」
「そうだな、裏があったらよく眠れるとか俺が言った言葉をそのまま受け取りはしないだろう」
「となると、効果を付与しているのは令嬢の独断ってことですかね…。病弱で枕も上がらないような女の子がそんな魔法の使い手ってこと、あるんですかね…」と首をひねるビンジー。
だよな、普通ありえない。でもこの婚約者に一度も会えない状態が、そもそもありえないものなんだ。
「公爵家に誰か手づるがほしいな、側仕えのメイドとか、お前仲良くなってみる気、ない?」
気まぐれで言ってみただけだが、なんとビンジーが乗り気になった。長年付き合ってるけどコイツのこういうとこはマジでよく分からん。何、お前スパイとかあこがれてた訳?
「あそこは使用人の待遇がよくてあまり入れ替わりもないと父から聞いてますが、まあ使用人同士の手づるもありますし、ちょっとやってみますよ。その代わり貴方が部屋に帰ってきたとき私がいなくても怒らないでくださいよね」
前言撤回。こいつは俺を寮で待ってるだけの毎日に飽き飽きしてきっとさぼりたいだけだ。でもまあ何も情報ないよりはまし。ビンジーなら何かつかんで来てくれると期待しよう。