効果抜群の薬にはヤバイ副作用がつきもの
効果抜群の薬にはヤバイ副作用がつきもの
「いい天気ね、リエル」公爵家自慢の池付き庭園は散歩に最高!と思いながら、後ろからついてくるリエルに話しかける。小道に植えられている等間隔の花がきれいだ、紫色だけどスミレだろうか。花には詳しくないが病院の周りにあった花壇に植えられてたのと似てる。
「はい、お嬢様。でもそろそろ日差しが強くなってまいりましたから、お部屋に戻られませんか?」と日傘を心持ち深く差しかけながら、リエルがちょっと心配そうに言う。
子どもでも令嬢って日焼けしちゃいけないのかな…。そうなると毎日公爵家一周ジョギングっていう日課は無理だろうか。公爵令嬢って聞こえはいいけど、ホントツマんない生活だよね、大きな声では言えないけど。
6才の身体で毎日過ごすのにだんだん慣れてきたせいか、代り映えのない生活が退屈になってきた。丈夫になってきて起きてる時間が増えた分、周囲を眺める余裕が出てきたのも良くないのかもしれない。正直、ここにいるのは3年だけだと思うからなんとか耐えられそうだが、30年って言われたら絶対に公爵家脱出を試みたと思う。
「すみません、お嬢様、少し動かないでくださいませ。今首のところに何やら」と急にリエルが首筋に手を伸ばしてきた。
え、ヤダ、虫?どうか取っちゃって、遠慮せずに!
「お、お嬢様、これは?!」声に振り返ると普段動じないリエルが見たことないほど青くなってる。何?怖いんだけど。
「ど、どうしたの?首の後ろ?」さすってみるけど何も手に触れない。虫じゃないの?
「お嬢様の仕業ではないのですね。これは、これがまさか魔法の副作用…!」
「リエル、何があるの!教えて!」
何でリエルが慌ててるのか皆目見当がつかない。腰に手を当ててリエルの顔を見上げると、眉を下げたリエルが申し訳なさそうに白状した。
「お嬢様の首の後ろに文字が書かれているのです」
「文字?何て書いてあるの?」
「それが…”交換中”と…」
な、な、何ですとー!
その夜緊急招集された第三回家族会議では、集まった全員が私の首の後ろを眺めてはうなるのを繰り返していた。もちろんお風呂に入ってタオル、スポンジでこするのは何度もやったし、石鹸やクレンジングも試し済み。ひょっとして刺青されちゃった?と焦ったが、リエルによると魔法で文字を浮き出させているものらしい。
「マリエーラ師がこの術には不愉快な副作用がある、と言っていったが、これがそれか…」と困ったように呟くアル父上。
不愉快な副作用。言いえて妙かも。
だいたいおかしいと思っていたんだよね、だってこの魔法をもし王様とかに使えば王位簒奪し放題じゃない。魔法が当たり前のように使われている世界だから、きっと悪用されないように対策もされているのだろう、で流してたけど、わが身にその対策結果が降りかかってきたらスルーなんてできない。
「あの、これやっぱり3年間は出っぱなしなんですかね…」
顔を見合わせるアル父上とウリエラママ。うつむくリエル。
あー分かったよ。ますます外には出れないな。でも変だ、今は合わせ鏡で私でも首の後ろに文字があるのが分かるが、一昨日お風呂に入る際に髪をアップにしたときは、こんなの鏡に映らなかった気がするんだよね。介添してくれてたリエルも気づかなかったそうだし。そのことを二人に話すと、アル父上はますます困ったような顔をした。
「あー、多分だがこれは動くのだと思う」
動く?文字の位置がってこと?
「身体交換の魔法が悪用されるのを防ぐためには、魔法が使われたということを示すのが一番だ。が、その証拠を身体の一部に現れるようにしてしまうと、そこだけ隠せば問題ナシということになってしまう。例えば腕に出たら真夏でも長袖を着て隠してしまう。暑そうだなと思っても、まさか中身が入れ替わっているなどと疑う者はいないだろう。
しかし、その証拠が身体の色々な箇所に現れたら?隠し通すのは非常に難しくなる。それを憚ってまったく人前に現れないなら、当然怪しまれるし、そもそも何のために身体交換したのか分からなくなってしまう」とアル父上が解説してくれて納得できた。
「マリエーラ師はあの時術が失敗したと思ったはずよ。だって私が術後起き上がって、キリーの名を呼んでるのを見てびっくりしていたもの」と思い出すように言うウリエラママ。そうか、だから二人に詳しく”副作用”について伝えなかったのかもね、成功しなかったと思ったなら余計に言わないだろう。
「これ、キリーさんの方、つまり元の私の身体にも出ていると思われますか?」
また顔を見合わせる二人。このアイドル顔の可愛らしいキリーちゃんの身体に文字が浮き出るのもイヤだが、元の私の筋肉質な体のどっかに”交換中”なんて表示されるなんて冗談にもならない。先輩医師の友野さんなんかが見たら、絶対爆笑して”ドクター交換中”なんてあだ名付けてくれそうだよ、クソー。
「いや、貴女の国、ニホン、だったろうか、そこでは魔法はないのだろう?だったらたとえ表示されたとしても、見えて読める者はいないよ。魔法は魔力がないと発動しないからね」
そうか!蛍光ブルーでうなじにくっきり書かれているように見えるが、これは魔法なんだっけ。ちょっとホッとする。そうなると今後の対策だが…。
「さっきの長袖の例えじゃないですが、首筋ならスカーフ巻くとかして隠せます。でも額とかに出てしまったら…」ハチマキでもする?公爵令嬢がそんなことしたら却って不気味じゃない?
「文字が移動するタイミングも分からないのではなぁ」と眉をしかめるアル父上。
「化粧品でなんとかならないかしら?」イイこと思いついた!という顔をして得意気に言うウリエラママ。ゴメン、もうその手は試したんだよ。
「いえ、奥様、やってみましたが濃い白粉でもダメでした。文字が隠すそばから浮き上がってきますので」と冷静に伝えるリエル。そう、クリームファンデで分厚く塗りこめてもダメだったんだよね。
「となると、やはり当初の予定通り外に出ず、どなたにも、例え婚約者の王子殿下にも会わずにやりすごすしかないですね。大丈夫です、何とかやれますよ」
空元気を出して笑って見せる私に、公爵家の面々もぎこちなく笑ってくれる。
シャーナイシャーナイ、あ、でもこれだけは聞いておかなきゃ。
「確か、この身体交換の魔法は禁術に近い、って以前おっしゃってましたよね。ということはこの”交換中”って文字が、万一他の人に見られてしまうと、使った魔法が特定されてしまうということでしょうか?」
「うーん、よっぽど魔法に詳しいものならピンと来ると思うが、たいていは悪戯と考えると思うよ」
え、どういうこと?公爵が笑いながら説明してくれる。
「肌に文字を浮き出させるというのは、恋人同士の戯れや浮気の戒めとかに使われることが多いんだ。手の甲に恋人の名前を浮き出させるとか、首の後ろに”売約済み”って表示させるとかね。もちろんやられた方も簡単に消すことができるような、ライトタイプの魔法なんだよ。桐江さんに出ているのは強力な魔法の副作用なので残念ながら消せないんだが」
ははぁ、首にキスマークつけるようなものかな?一度も体験したことないのが悲しいけど。
「子供の身体に”交換中”って出るのだから、ン?とは思うだろうが、もし見られても悪戯されたで済む。だが余計な詮索を招きかねないので、文字が読めるほどに近くには人を寄せないほうが無難だろう」
隣でうんうんとうなずくウリエラママを思わずじっと見てしまう。本当ならこんな美人の身体のどこかに、”交換中”って表示される羽目になってたかもしれないんだよね。そんな犠牲を払っても治したかった娘の身体に、こんなワーカホリック女医が入ってるなんて何と言ったらいいか、ホントすみません!って感じだ。
「分かりました。公爵家の外には出ませんし、散歩のときは必ずリエルについてきてもらうようにします。リエル、もし服を着ても見えるところに文字が出てきたらすぐ教えてね、家の中にダッシュするから」
「お嬢様のお身体は丈夫になってきたといっても、まだ走るのはおやめになった方が…」
「リエルはメイドの鏡ね!分かった分かった、走らず戻りますからお願いね」
「かしこまりました」とにっこりするリエル。こんなこと頼まれるメイドなんて世界中探してもいないよきっと。
ともあれ、こうして波乱の第三回家族会議は何とか無事に閉会したのだった。