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小さな達成感

今日は病院でエクササイズの日。私が小児病棟を回って誘ったら、ケンくんや美香ちゃん、その他の子たちも来てくれたので嬉しい。

今日はバランスボールっていうのを使うんだって。

私の国にはこういう運動用の道具っていうのは少ない。というかどこかに置いて遊ぶ遊具というのがそもそもあまりないと思う。

それは多分魔法があるせいだ。

魔法があると、一時的に壁を作ったり坂を作ったり、ということが土魔法の使い手なら簡単にできる。つまり、必要になったら作ればいいので「作り置き」をしておく必要がないのだ。

でもこの世界は魔法がないので、事前に何でも必要なものを用意しておくのだろう。出したりしまったりするのが大変そうだけど、いつでも使える物があるというのも、安心できるからいいなと思ってる。


「うわっ、これ座りにくいよー、先生!」ケンちゃんが悲鳴を上げながらも楽しそうにボールに乗っていたので、私も試してみる。

ホントだ!お尻の位置が定まらなくてすっごく不安定、だけど楽しい!

「キリーちゃん、うつぶせになると楽しいよ!」と美香ちゃんが誘ってくれたので、私もやってみる。

うん、これも楽しい!手足を広げると宙に浮いてるみたい!

そのあとみんなで先生の言う通りに、バランスボールの上でポーズをとったり腰をひねったり背伸びしたり…。これで「タイカン」というものを鍛えるって先生は言ってたけどよくわからなかった。

「楽しければいいよな!」ってケンちゃんが言ってたけど、その通りだと思ったから何度もうんうん頷く。


この世界にきて1年以上たつけど、楽しいっていうことが何か、やっと分かった気がする。

今までの私は、ベッドの中でずっと願うしかない生活を送ってきた。明日になったらよくなってますようにとか、ママがもう泣きませんように、とか…。

だって自分で何とかすることができないのだもの、願うしか方法がなかったのだ。

だから楽しいって感情もわきようがなかった。

この感情は多分、何かにひたすら祈っているような状況では味わえないんじゃないかな?自分の命のコントロールを自分でできないのに、楽しいなんて思えるはずがない。


病院にいる子たちは、あの頃の私よりは病状が軽いみたいに見える。だから楽しむ余裕があるのかな、ってこの時まで私は思ってた。

それが間違いだって分かったのは、エクササイズクラスが終わる直前にあった事件のおかげ。

「ウッ、ゲホッ、ゲホッ」

突然せき込んだケンちゃんが、そのまま前のめりに倒れたのだ。

「ケンちゃん!」と美香ちゃんが叫び、私と先生がケンちゃんの側に同時に駆け寄る。

ケンちゃんの顔は真っ青で、ヒュー、ヒューという呼吸を繰り返していた。

この呼吸音、聞き覚えがある。

私が真夜中に苦しんでいた時、呼吸するたびに出ていた音だ!


青ざめた先生が、教室入り口のナースコールのボタンを押し、同時にドアを開けて叫んだ。

「誰か、誰か車いす持ってきて!ケンちゃんの具合が悪いの!」


あの夜、苦しむ私をママはどうしてくれたんだんだっけ?そうだ、起こして呼吸しやすいように体をさすっててくれた!

私は祈るような気持ちでケンちゃんの体を私の胸に寄りかからせ、左手で背中をさすった。

ヒューっていう呼吸音はまだ続いてる。

「ケンちゃん、ケンちゃん!」美香ちゃんが泣きながらケンちゃんの手を握りしめる。

お願いだから、目を開けて!

お願い、お願い!

必死に背中をさすってたら、ケンちゃんがうっすら目を開けて言った。

「キリーって、ボインだったんだな…」

意味が分からずポカンとしてると、真っ赤になった美香ちゃんがポカポカとケンちゃんを叩き始めた。

「み、美香ちゃんダメだって、叩いちゃ…」

「女の敵!」

美香ちゃんが何で怒ってるのかわかんないけど、ケンちゃんが笑ってるのでいいか…。


看護師さんたちがすごいスピードで車いすを押してきて、ケンちゃんを乗せて去っていく。

私はケンちゃんの無事を祈りながら、まだ真っ赤になってる美香ちゃんと手をつないで、車いすが見えなくなるまで立っていた。


「キリーちゃん、今日大活躍だったんだって?」と帰るなり、母さまが満面の笑みで迎えてくれた。

「キリーちゃんのおかげで、男の子が助かったって聞いて、私も鼻が高いわ!」

そんな風に手放しに喜ばれて、すごく照れくさいけど嬉しかった。

この桐江さんの体は、本当ならお医者様だから、私が中にいるんじゃなきゃ、もっと適切な処置ができたのだと思う。

けど、自分でもママがやってくれたことを思い出して、できることをやれたのは、イイって思えた。自信がついたって言うのも変だけど、私でも何かできたって思えるのは嬉しい。

これが友野先生が言う、スキルを見つけるとか増やすってことなのかなって思う。


そうだ、あのことも母さまに聞かないと。

「ケンちゃん、意識を取り戻したときに、私のことボインって言ったんですけど、どういう意味か分かりますか?」

一瞬後、母さまは爆笑してしまって話すどころじゃなくなった。

私がこの言葉の意味を知ったのはもう少し後で、何で美香ちゃんがあのとき真っ赤になって怒ったのか、やっと分かったのだった。


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