王子の驚愕
おいここ、本当にあのミルスラ公爵家の敷地なのかよ? 木々が倒れてるし地面はあちこちでえぐれてるし…。暗月の日の夜ふけ、雑草が生えた小山がやけに目立つ場所に俺は立っていた。
「王子、なんか寒くないですか?」
いつもよりビンジーの声が近い。ちょっと、そんなにひっつくなって!
「寒いっていうか、霧が出てきたな…」
珍しいな、こんな時期に霧なんて、と思っているうちに白い幕がどんどん厚くなってきた。これ、ホントに霧か?なんか変な気が…。
「王子、用心してください。これはもしかして魔法かもしれません」
「だが魔法を使われたアラートはでていないぞ」
魔法で意識を奪われたりしたらたまらないので、用心のために俺とビンジーに魔法を使われたら分かる魔道具を持ってきている。今のところ反応はないんだが、そうしている間にもますます霧は濃くなっていった。もう倒れた木々も見分けられない。
いやだなぁ、今日は暗月の日だから、3つある月も星も光が弱いんだ。こんなに霧がたちこめたら、ほぼ視界は真っ暗じゃないか。
ビンジーがますますひっついてくる。俺は男に側によられても嬉しくないんだよ、離れろこの野郎!
って言おうと口を開いたとき、澄んだ声があたりに響いた。
「ハリル殿下、お越しいただきありがとうございます」
「キリエラ嬢か?」
声を返すと、正面にぼーっとした影が出てきて一瞬ビビる。ビンジーがキャッと悲鳴を上げて俺の後ろに隠れやがった。
おまえ、主を前面に出すなんて従者としてあり得ないだろ!
ぼんやりたたずむ影を目を凝らして見つめてみたが、なんか変だ。全然令嬢らしいシルエットじゃない。
本当に令嬢本人なのかと確かめようとしたら、向こうが先手を打ってきた。
「申し訳ありませんが、家のものに外出していると気づかれないため、認識阻害の魔法を自身にかけております。このままでお話しすることをお許しください」
そりゃ、娘を溺愛しているあの公爵夫妻が、夜の外出なんて許すわけないもんな。
ということは、やっぱり強化魔法は令嬢の独断で使用しているという、俺のカンは正しかったわけか…。
「分かった。改めて自己紹介しよう。あなたの婚約者のハリルだ。初めて直接お会いすることができたな。ちなみに後ろにいるのは家令見習い兼従者のビンジーだ。身分上単独行動はできないため、連れてきた。どうか分かってほしい」
「承知いたしました。あまり時間がないため、単刀直入に伺いますね。どうしてウルウルに強化魔法が使われていると気づかれたのでしょう?」
深窓の令嬢、それも病弱な女の子にしては、結構ストレートに聞いてきたな…。俺は少し違和感を覚えながらも、ウルウルに全素で軽い攻撃を仕掛け、それでも布が無傷だったことから強化魔法が使われているのではと疑ったことを話した。
「そうでしたか…。ではこちらも打ち明けてお話いたしますね。実は最近、身体が少し良くなったせいか、魔力がかなり増えてしまいまして。使える魔法も水火風土と全てになってしまったんです」
背後でビンジーがピクッとする。俺も反応したくなったがこらえて、続きを聞く態勢をとる。
「そうか、それは、良かった、のだよな?」
「良いことばかりではありません。私の体は増えた魔力に耐えられないため、ときどき放出する必要があるのですが、それがうまくできず…。お恥ずかしい話ですが、この場所が崩れているのも私が土魔法を使って魔力を一息に放出したためなのです」
「1年前、土の柱を作ったというのはあなただったのか!」
令嬢のシルエットが動揺したように揺らいだ。
「えっ、どうしてそんなこと知って…」
ん?口調がいきなり崩れたぞ!変だな、本当にキリエラ嬢なのか?
俺はいぶかりながらも、なかなか婚約者に会えないため色々と調べていたことを正直に告白した。
そしてどうしても聞きたかった肝心のことを切り出してみる。
「どうして防御魔法付きのネクタイなんかをプレゼントしてきたんだ?検証していないが、多分あれにも強化魔法が使われているんだろう。あのネクタイが魔飛鳥の攻撃を防いでくれたのは助かったが、おかげで痛くもない腹を探られてるんだ」
令嬢っぽい影がビクッと動く。
「な、何があったのですか?」
「俺の兄上、オルト第三王子は魔道具に詳しくてな…。弱い魔力しかない俺が2度も魔法の直撃を防いだことで、身の回りに強い魔道具を作る者を飼っているのではないかと思っているらしい。そういう物の力を借りて、次の王位を得ようとしてるんじゃないかとも疑っているようだ。まったく迷惑な話だ、俺にはそんな気は毛ほどもないというのに」
「えっ、2度ってどういうことなんですか?」
高くなった声には、心の底からの驚きがにじんでいた。
俺が授業中の事故のことを話してやると、影は何かぶつぶつ言い出した。
「そんな馬鹿な。そりゃ確かに防御魔法はこめたけど、まさかそんなに効果が高かったなんて…、あっ!」
いきなり大声を上げる令嬢にビビる俺たち。が、先に立ち直ったのは俺の方だった。
「何か思い出したのだろうか?よかったら聞かせてほしい。どうせここだけの話だ」
俺がなるべく親身に聞こえるような口調で言うと、令嬢の影はためらったように動いてから答えた。
「あの、魔法の発動に、人によってそれぞれ浮かべるイメージがあると思うのです。私、ネクタイに防御魔法を付加するとき、ついでに汚れを寄せ付けない、みたいなイメージで魔法をかけたんです。こう、鉄壁の守り!みたいな。それが原因かもしれません」
ネクタイに防塵効果みたいなのを付けようとしたということか?でもそれはおかしい。
だって汚れを防ぐ防塵魔法と防御魔法では詠唱する文言が違うからな。いくら付加したいという意思があったとしても、発動するわけがないんだ。
俺がそこを指摘すると、令嬢はもじもじしながら答えたのだが、その答えに俺たちは驚愕した。
「すみません、汚れを防ぐ魔法っていうのが別にあったんですか?汚れたのをキレイにする魔法はウリエラママ…じゃなかった、母様が使えるので知っているのですが」
思わず俺とビンジーは暗闇の中で互いに視線を交わした。そして同じことを考えていると認め合う。
間違いない。この公爵令嬢は魔法の知識が少なすぎるんだ。全素持ちであるならあり得ないほどに!
どういうことなんだ。キリエラ嬢は今7歳、病弱であることを差し引いても、魔法に関しては教育がある程度なされていてもいいはず。
それに魔法を使えるのに加減が分からないのも変といえば変だ。だいたい、そんな状態の娘に、あの公爵夫妻が魔法を平気で使わせているのもおかしい。
全部の歯車がかみ合わない感じだ。どうなっている?
思いがけない事実の連続に混乱した俺は、思わず言ってしまった。
「あなたは、本当に私の婚約者のキリエラ嬢なのか?」
ひゃえっ、というような驚いたような声がしたあと、目の前でいきなり影が散った。
多分、彼女の集中力が途切れ、認識阻害の魔法が外れたのだと思う。
目の前に立っていたのは、細い手足、白い肌の可憐な美少女だった。そこまではいい、予想通りだ。
だがその額には、くっきりと”交換中”の文字が蛍光ブルーで浮き上がっていたのだった。




