プレゼントの裏には
プレゼントの裏には
爆発音がしたのは午後の魔法学授業が始まったばかりの時だった。魔法実技練習場のあたりで閃光がパッパッパッと連続で光り、そのあとすごい爆風が校舎3階にある俺の教室あたりにブオッと押し寄せてきた。
「伏せなさい!」と授業していた古語魔法の教師が青ざめながら怒鳴ったが間に合わず、複数の生徒が廊下側に吹っ飛ばされた!のだが何故か俺だけ固まったまま何事もなく着席していた。ちょっと腰が抜けてたけど…。
教室に呻く声が満ちている。ここだけじゃなく校舎全部に被害が及んだようだ、隣の教室からもざわめきが伝わってきている。
「皆大丈夫か!怪我した者はいるか?え、ハリル様、何で平気なのですか?」と端然と着席姿勢を崩さない俺を見て不思議そうに聞く先生。そうだな俺も不思議だ、何で他の生徒は机や椅子ごと吹っ飛ばされているのに、俺だけ、というか正確に言うと俺の机周りだけ、無事なんだろう?
「とっさに防御魔法を展開された…のですか?」首を傾げながら更に問いただされるが、俺がとっさにそんな高度な魔法を展開できるほどの魔力を持っていないのは、先生の方がよく知っているのだから、聞かないでほしいよ。
「たまたま、衝撃のコースから外れたのではないかと。運が良かったです」王子様の猫をなんとか被りなおした俺は軽く微笑みながら言ってみた。先生はえー、納得できませんという表情を顔に張り付けてたものの、それ以上俺に問いただすことはせず、他の生徒の状況確認に戻っていった。
どうやらさっきの爆風は防御加工されている窓で防げたが、衝撃波は防げなかったらしい。衝撃波だけでも大した威力だったらしく、入口の戸は外れかけているし結構な人数が廊下側の壁に吹き寄せられていた。でも爆風が防げただけでもよかったよ、じゃなかったら皆廊下どころか校舎裏手の山まで吹っ飛ばされていたところだ。間一髪ってとこか。しかし誰だよ、あんな危ない魔法をぶっぱなした奴は!
「ハリル様、よく無事でしたね」と後ろの席にいた生徒が机の位置を直しながら珍しく話しかけてきた。
「そうだな、運が良かった」
「え、でも何かされましたよね。僕が伏せた時に一瞬ですがグリーンの膜っぽいのが殿下の周りに広がるのが見えましたよ」
なんだと。ちょうど授業に飽きて窓の方を見ていた俺は、あの瞬間、閃光がまぶしくて目をつぶった。その直後に衝撃が来たから何にも俺は見ていない。弱魔力の俺は魔法の気配すら感じなかったし…。グリーンの膜?防御魔法の色っぽいけど、もしや俺の隠れた能力が危機的状況で顕在化して…って、そんな好都合な出来事が起こるはずないし、一体何があったんだろう?
「さあ、覚えてなくてな」と躱しつつ、コイツの他にも何か見たヤツがいたかもしれないし、あとで前の席にいた生徒にも聞いてみようかと考えていると、
「あれ、殿下、ネクタイが破れてますよ。お怪我はないですか?」と俺の胸のあたりを見つつ、そいつは心配そうに言ってきた。胸元を見下ろす。おっと本当だ、ネクタイが破けてるな。それも何か変な破け方だ、外から割かれたって感じじゃなく、内側から破裂したような…。そういえばこれには抗魔法効果があるって触れ込みだったよな、そうだとしたら、まさか…?
何となくこのネクタイのことについてはあまり話さない方がいいような予感がしたので、俺はさりげなく外してポケットにしまいつつ、大丈夫だと不安そうな名も知らぬクラスメイトに笑って見せた。
「ってことが5時限目にあったんだけど、どう思う」
「腰が抜けたなんて王族としても男としてもどうかと思われます」
「大事なのはそこじゃない」
何でビンジーはいつもいつも俺を小馬鹿にしないと気が済まないんだろ。今日は二年生の誰かが起こした魔法実技練習中の事故の後始末で、急遽すべての授業が取りやめになったため、寮の部屋に帰ってきている。
事故現場は寮の反対側なのであいにく見えないが、窓から見える裏門をひっきりなしに魔法省の制服を着た官吏が出入りしているので、検証と復旧にはまだかかりそうだ。誰だよあんな危険な魔法使いやがった奴は!
思わぬ事故に興奮しているせいか喉が渇いていたので、出してくれた冷たい炭酸水をぐびぐび飲みながら、俺はかいつまんで今日のことを話した後、ポケットに入れておいたネクタイをビンジーに渡した。
「抗魔法効果付のネクタイという触れ込みでしたね、公爵家からいただいた時は。私も魔法にそんなに詳しくないのですが、物に付加した魔法というのは通常人が使う時より効果が落ちるものでは?魔力の高いクラスメイト達が吹っ飛んでいるのに、貴方だけ助かるような効果を発揮するネクタイなんてありえないと思うのですが」手に乗せたネクタイを表、裏、また表とひっくり返しながらベンジーが疑問を投げかける。
「俺もそう思うんだけど、前の席に座っていたやつも横倒しになる前に、なんか背中であったかい風を感じたっていうんだよな。それにさすがというか、クラスの生徒で何人かが防御魔法をとっさに展開したらしいんだけど、それでも俺みたいに座っていられたやつは皆無だったんだよ。椅子が浮いて机にしがみつく羽目になったり、机と椅子ごと壁に押し付けられたりしてたみたいだ。先生だっていち早く教卓の下にもぐってたらしいし」
「教師の風上にも置けませんね」
「いつでも生徒を守れる先生ばかりじゃないんだよ、そう責めるな。俺だって本当なら王族らしくリーダーシップをとって、二次被害を防ぐために先頭に立つとか、率先して手当する側に回るとかしなきゃならないんだろうけど、やりたくたってできないんだし」
「同病相憐れむってやつですね」
ほんとに一言多いよなコイツ。年間手当減らすぞ!
「でもこのネクタイ、確かにおっしゃる通り内側から割けてるように見えますね。。魔石が入っていた形跡もないですし…。貴方の予感が正しそうですね、私もこのネクタイの効果については吹聴しないほうが良いように思います」
珍しく真顔になったビンジーが、炭酸水のお替りをグラスに上品に注ぎながら考え深げに言う。うん、俺もそう思う。
通常人は魔力を魔法に変換して使う。だがいつでも人がいないと魔法が発動できないのでは不便なので、魔法をかけた状態で魔力を込めた魔石というものを作成し、普段の生活ではそれを使う。例えばこの寮でも天井には氷の魔法が込められたでかい魔石がはめ込まれており、床には火の魔法が込められた魔石が埋められている。一部屋に一つ備えられている風の魔法が込められた魔石の角度を変えて各魔石に当てるだけで、温風冷風自由自在、温度調整も楽勝でできるので非常に便利だ。だけど魔石に込められる魔法は一石に一魔法が原則、俺が今日教室で経験したような強い衝撃波を防ぐには、かなり大きくて効力の強い魔石が必要だし、そもそも防御魔法とは盾の役割をする風魔法と跳ね返す効力をもつ光魔法の複合技なので、とても一魔石に込められるはずがないのだ。
「どういう思惑で公爵家がこんな効果絶大なネクタイを贈ってくれたのか分からないけど、絶対市販品じゃないのは確かだな。こんなの売りだしたら、すぐ売り切れ続出で評判になるはずだし。かといって公爵家に何でこんな効果抜群の魔道具くれたんですか、なんて聞けるわけないし。婚約者に対面もできない今の状況じゃなあ」
やっぱり、何とかして会うことを考えないとダメだろうな。俺の誕生日かこつけ作戦が成功しなかったとしても、他の手段を考えよう。向こうの思惑が分からないとこっちの出方も決められない。セバスが婚約話を受けた時にもっと突っ込んで調べてくれてたらなぁと思わないでもないが、それは今更言っても詮無いことだ。俺は改めて公爵令嬢と対面する決意を固めたのだった。