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婚約者から密会のお誘いが来たんだけど…

「それで、キリエラ嬢の言伝はなんだって?」

ミルスラ公爵邸から帰ってきたビンジーは、なんとも言えない顔をしていた。

俺の問いかけに、口を開いては閉じる、というのを繰り返している。

「それが、ご令嬢から直接はお言葉をいただけなかったというか、その、言葉じゃないというか…」

「そういう学園長の演説みたいな回りくどいのやめてくれよ」

あれ聞いてると眠くなるんだよね、結論が全然わからないし。


「頂いたのはその、ハンカチなんです」

「ハンカチ?」

ビンジーが取り出したのは、何の変哲もない、ハンカチだった。隅に俺の名前が縫い取りされているが、上手すぎるからこれは多分メイドがやったんだろう。

「家令からカードをもらいましたよ。これは今までと同じく代筆ですね。殿下の故郷の音楽に心を慰められたという口上をもらって終わりかなと思ったんですが、その後に、そのー」

「ごにょごにょ言うなよ。おまえは何が引っかかってるんだ?」

ビンジーは覚悟を決めたように話しだした。

「家令さんから口上を受け取ってるときに、突然令嬢付きのメイドのリエルさんが来たんですよ。ただ、そのリエルさんも困惑顔だったんですが」



ん?どういうことだ?

ビンジーによると、こんなことがあったらしい。

家令と話していると、ノックがあって、リエルが入ってきたそうだ。

「お話し中失礼いたします。お嬢様からどうしても、と仰せつかりまして参りました」

そしてハンカチを差し出してこう言ったそうだ。

「ハリル殿下の故郷の歌をお聞かせいただき、ありがとうございました。キリエラ様はいたく気に入られて、繰り返し聞いております。ウルウルを使いながら一緒に聞くと、特に心に染み入るとおっしゃってました。ぜひ殿下も同様に試されることをお勧めいたします」

こう伝えながらも、彼女の顔はハテナマークでいっぱいだったという。

多分言えと言われたまま、ビンジーに伝えたのだろうが、意味がさっぱり分かってないらしかった。

そして言われたビンジーも、当然ハテナマークを胸に抱えて帰ることになった。


「王子には分かりますか?私めには正直、なんのこっちゃって感じなんですが…」

そう言われたって俺にもサッパリ…、ん?待てよ?

ウルウルが何でここに出てくるんだ?



正直あれを持って行かせたのは、強化魔法がかかってることを知っていると伝える役割しかない。まさか、ウルウルとハンカチをセットで使えということか?

でもどうやって…。


ハッとあることを思いついた俺は、ビンジーに命令した。

「おまえの部屋にあるウルウル、持ってきてくれ」

「ちょ!なんでご存知なんですか!それにだめですよ、あれはマリーに…」

「ごちゃごちゃ言わずに持って来いって、また買ってくればいいだろ!」

横暴!王子横暴!と言いながらも、ビンジーはウルウルを部屋に持ってきてくれた。

さあ、俺のカンが正しければ、このやり方でいいと思うんだけど。



俺はもらったハンカチを、ウルウルの上にかぶせると、中に入っている火と水の魔石を起動させた。

数分は何も起こらず、ラベンダーのいい匂いと蒸気が部屋に広がるだけだったが、やがて高く澄んだ女の子の声が響き渡った。

「強化魔法のことを教えていただき、かたじけなく思います。ぜひ全素持ちの殿下と一度お会いして、お話したいのですが、私は公爵家から出られません。次の暗月の日に、公爵邸内の、とある場所に来て頂けますでしょうか」

とある場所ってどこだよ!と思いながらハンカチを見ると、そこには簡単な地図が浮かび上がっていて、一か所にバツがついていた。

これは多分、上から見た公爵邸全景だな。あの森が崩れているあたりに来いということらしい。けど、音と同時に図柄も浮かび上がらせるなんて聞いたこともないぞ。どんな魔法なんだよこれ…。


俺はビンジーと顔を見合わせた。

「これは、行くしかないだろうな」

俺がぼそっと言うと、ビンジーはギョッとした顔をして止めてきた。

「い、いけませんよ!だって怪しすぎるじゃないですか!今まで病弱でお見舞いも断ってきた令嬢が、いきなり会いたいだなんて」

そりゃそうだけど、逆に会う以外の何があるってんだよ。それに相手は幼い女の子だぞ。

と思ったのが顔に出てたのだろう、ビンジーは真剣な顔で言った。

「いいですか、この呼出しがミルスラ公爵家の罠だったらどうするんです?」

「罠って何だよ、罠って。王子の俺を罠にかける意味がどこにあるんだ?」

「秘密を知ったからですよ」

秘密って、強化魔法のことか?



するとビンジーは勉強が分からない学生に教える家庭教師みたいな顔で、こんな事を言ってきたのだ。

「いいですか、令嬢が強化魔法を使っていることを知ってて、ミルスラ家がバラしたくないと思ってたらどうでしょうか?」

「どうでしょうか、って、こんなのいずれバレるだろうよ…」

と俺は思ったまま言ったのだが、ビンジーは落第点を取った学生を見るような目つきをしやがった。ムカつく!なんだこいつ、ビンジーのくせに!

「だって、強化魔法をウルウルに使ってるなんて、全素持ちの人間じゃなきゃ検証できないんですよ」



ん?どういうことだろう?



「例えば、火の魔法をかけて燃えなかったとしても、普通は対火防御魔法がかかってるんだなーと思うだけです。水も同じですね。でもどのぐらいの人が、土や風の魔法をウルウルにかけようとすると思います?」

言われて初めて俺は、自分の検証方法が特殊だったことに気づいた。

「で、でも、ウルウルを使っているうち、誰かは気づくだろうよ」

「ホントにそうですか?だってこれ、美容器具なんですよね?武器関係の魔道具じゃなきゃ、普通は検証なんかしませんし、魔法省もこういう生活魔道具についてはクレームが無い限り放置してますしね。だからヘンテコな魔道具が流行しては消えていくんですよ。それに物に強化魔法かけるなんて、常識外れのことをするとは普通思いませんって」

「ちょっと待てよ、それじゃこれ、ミルスラ家は娘のすることを分かってて、なおかつバレっこないと思ってたってことかよ!」



ええー、それじゃ前提が覆るじゃん、かっこ悪い!

なんて頭を抱えている俺に、ビンジーは冷や水を浴びせるように言った。

「それを王子は暴いちゃったんですから…。それも令嬢だけに分かるように秘密めかして…。そういうことされたら、愛娘を溺愛している公爵夫妻が、よし、ちょっと記憶消しとこう!と思っても仕方ないんじゃ…」

「消されるって記憶かよ!でもそんな魔法あったか?」

「分かりませんよ…。ミルスラ公爵は外交情報担当ですからね。我が国になくても他国の魔法情報には精通してるでしょう。そういう魔法をご存知でもおかしくないと思います。うわっ、もしかしたら魔法じゃなくて物理攻撃かも」

ぶ、物理攻撃って何だよ!俺の頭を殴るとかなんとかするってこと!?



俺は青くなったが、必死で頭を働かせて、ビンジーに反論した。

「だ、だとしてもおかしいだろ。ウルウルだけならまだしも、ネクタイにも、防御魔法の他に強化魔法が使われていると思うぜ。その分俺にバレる確率は高くなるはずだろ?もしバレたらまずいって分かってたなら、むしろ俺だけには魔法なしのプレゼントにするはずだと思わないか?だって王子が全素持ちっていうのは、公にされてるんだ。なんかの拍子で、プレゼントに全素に対応できる魔法が使われていると気づかれたら、いったいどうするつもりだったんだよ?」

「それは…、そうですね…」

考え込むビンジーに俺は勢いづいて言った。

「それに、メイドのリエルの態度もおかしいだろ。どう考えても直前で令嬢がワガママ言って、ハンカチを持って行かせたって感じだ。本当にお礼をしたいなら、後から送ればいいだけだろ?けど、それだとウルウルを用いた仕掛けに気づかせるのは無理だ。だって彼女は直接筆をとって連絡できないからな。たからこれは多分、令嬢の独断だと俺は思うぜ」



俺の言うことももっともだと思ったのだろう、ビンジーは少し黙った後に言った。

「そうなると、暗月の日に行くしかないわけですが、無断侵入になりますよね。見つかったらどっちにしろ、鉄の微笑み公に消される未来しかないような気がするんですが」

俺は一瞬、向かい合ったときの公爵の冷たい笑みを思い出してゾッとしたが、何とか気持ちを立て直して言った。

「そこは令嬢がなんとかしてくれると信じるしかないだろ!っていうか、おまえ俺の家令なんだから、身を呈してもお守りしますとか、そういうのないのかよ!」

「そこまでのお給料いただいてませんし」

もう頭にきた!ぜったい年俸下げてやる!

「でも一緒に行きますよ。こうなったら一蓮托生ですからね」

ニヤっと笑って言うビンジーに、俺は年俸は据え置きにしようと決意した。やっぱり乳兄弟は頼りになるな。

でも万一、魔法的か物理的に消されそうになったときのために備えだけはしておこう。

トーマがそういえば、なんか言ってたな、伝言を残せる魔道具ができたとかなんとか…。それをひとつ入手できないか聞いておこうか…。


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