ウルウルの秘密
「それで、これがウルウルなのか?」
机の上に置かれた、眼の前の小さい花瓶みたいなのを眺めつつ、一応ビンジーに聞いてみる。
「はいそうですよ。マリーに調べ終わったら使わせて下さいって脅され…じゃなくて、お願いされてるので、壊さないで下さいね」
ビンジー、まだお前マリーに頭が上がんないのかよ。やっぱり初期教育で上下関係叩き込まれると後々まで影響するんだな。
もう魔石はセットされていたので、両方に触れて起動させる。と、口部分から香り付きの蒸気が上ってきた。この香りは、ラベンダーだ。枕カバーにもついてたやつだな。
布をよく見てみる。すごく細かい魔法文字がうっすい紫色で描かれている。これは芳香魔法の紋様だと思う。そう、ここまでは普通だ。だが普通、芳香魔法というのは、短期間しか続かない。長期間香らせるには、紋様自体を魔石に彫るしかないはず。そうやったとしても、魔石自体の魔力が尽きたら香りも終わりだ。でも、このウルウルは、火と水の魔石を取り替えればまた使えるという。そこが分からないんだよなぁ。
おしゃべりトーマに聞いたところ、魔美容器具ということでヒットはしているものの、携帯できるわけじゃないのと、部屋に1個あれば十分ということで、製造数が少なくてもそれほど問題にはなってないようだ。まあ、どこの貴族の家でも多かれ少なかれ、こういった魔石製作過程でできた副産物を商売にしているから、ミルスラ家がやっていることも、それほど目立つことでもない。
例えば、魔力の注入過多で割れちゃった魔石を別の製品に再利用するとかならどこでも行われてるし、魔石を作るやり方を他に応用するのもよくある話だ。うちの母方の男爵家も、昔はろ化魔法という、不純物からエキスを抽出する魔法を利用し、クズ魔石から再利用できる魔力を集めていただけだった。だがそのプロセスを利用して、化粧品とか香水を製造しはじめたところ大当たり。どっちかというとこっちの方が今では本業だ。
あの家は確か夫人が水魔法の使い手だったはずなので、こういう製品が出てきてもおかしくはない。でも、うーん、今までもらったプレゼントとなーんか似た気配がするんだよな、カンだけど。
もう一度、布部分を見てみる。ただの布…に見える。けど、何かかなり頑丈そうな気がする。
ふと思いついたことを試したくて、ビンジーにちょっとウルウルから離れるように命令した。
「あ、あの王子、何するつもりですか!さっき、壊さないようにって申し上げましたよね!」
不穏な気配を感じ取ったのか、抵抗するビンジー。だから、お前はどんだけマリーを怖がってるんだよ、何か弱み握られてんのか!
「大丈夫だよ。トーマに聞いたら、流行っているけど入手に何ヶ月もかかる訳でもないらしい。またすぐ手に入れてやればいいよ、お前が」
「そんな、どんだけ手に入れるの大変だったと思うんですか!」
涙目で抗議してくるビンジーが動かないので、仕方なくウルウルを持って部屋の端に移動する。
そう、俺はこの布が予想通り頑丈かどうか、魔法で確かめようと思いついたのだ。
だがこの時の俺は、ビンジーが可哀想だから、損なうのは最小限にしてやろう、としか思ってなかった。まさか、こんなことになるとは…。
ウルウルをもう一度机の上に置いた後、俺たち二人は同時にため息をついた。
「お茶…入れますね…」
かなり長く固まっていたビンジーがのろのろと動き出す。答える俺の声も覇気がないレベル。
「ああ、頼む。何か、疲れがとれそうなのがいいな…」
「承知しました…」
お互いゾンビみたいな顔をしながらお茶を飲んでは、時々横目で机の上のウルウルを見る。
最初は、俺の比較的得意な風魔法で、布にサーッと切れ目を入れようとした。スラッシュという、初級のカッティング魔法だ。
布、何の変化もなし。
あれっと思い、今度は悪いけど初級火魔法で焦がしてみようとトライする。
焦げ跡がつくはずが、布、なんともない。
ここらへんで、何か気づいたらしいビンジーが「ネクタイ…」とつぶやいていたが、無視して今度は初級土魔法をかけてみる。上手く行けば、土が布を覆うはずなんだが…。布、きれいなまま。
このあたりで、もう弱魔力の俺はクラクラしてきたけど、意地になって初級水魔法をかけてみる。ただ濡らすだけの魔法だが、予想を裏切らず布、濡れない。
ここで俺は魔力切れでへたりこんでしまった。で今は、青ざめたビンジーと一緒に、放心しているところだ。
「何なんだよ、この布…」
思わずポツリともらすと、ビンジーもこらえきれないようにこぼした。
「あの家から出るのは、どれも特注なんですかね…」
いや、そんなはずない。
公爵夫妻が卸している魔石は広く流通している。性能に問題があったら、とうの昔に分かっていたはずだ。
問題は、俺の婚約者である公爵令嬢が絡んでいるに違いない制作物にある。しかし、その効果が分からない。
火水土風、軽いとはいえ全部の攻撃に耐え切る、しかも芳香を出す布なんて見たことないからだ。
「弱魔力だけど全素持ちの王子の魔法を全部耐えるということは、この布には全方位の防御魔法がかけられてるんでしょうか?」
少し考えて、俺は答えた。
「いや、多分違うな。ネクタイの時、二回ともグリーンの光の幕が展開したんだ。多分防御魔法なら何かしら発光したはずだ。今回はそれがない」
「じゃ、何の効果なんですかね…」
首をひねるビンジーに、俺はためらいながら言ってみた。
「強化魔法、じゃないか?防御魔法は、言ってみれば反射魔法だ。攻撃をはねかえす。この布は単に布として強いんだと思う」
「布が強いって、そりゃ絨毯みたいなのは織り方を工夫して強くしてますが…。この布は薄いですよ」
いまいち納得しきれないようなビンジー。そりゃそうだ、でも俺が思いついた仮説はもっと斜め上だ。
「布に、強化魔法を、かけたんだと思う」
ビンジーはすごくマヌケな顔をした。こいつ、結構いい男なんだけど、こういう顔はマリーに見せないほうがいいと思う。きっとまた手下扱いされちゃうだろうからな。
「はあ?だって、強化魔法って、人とか生きているものにしか、効かない魔法ですよね」
そう。通常は戦う前に兵士にかけたり、乗る前の空馬にかけたりする。あと牧草地から遠く移動する家畜にもかけたりする。そして、物にはかからない、というのが今までの常識だった。
でも、今までのプレゼントを見る限り、その常識は、ミルスラ公爵家には通用しない。というか、常識を超えた魔法の使い手が増えた、ということだと思う。そしてその大本命は、病弱で寝込んでいることになっている、俺の婚約者殿だ。
「これが、強化魔法付きだって、公爵家は知っていると思うか?」
俺は静かにビンジーに聞いた。
今度はビンジーが悩み始めた。結構長く頭を捻った後、答えを絞り出すように言う。
「知らない、でしょうね。気付いてない、と言ったほうがいいかもしれません。あの家が今一番嫌なのは、病弱な愛娘に注目が集まってしまうことでしょうから。こんな、バレたら騒がれるようなこと、あの鉄の微笑み公が見逃すはずないですよ」
「魔法省にバレたら、どうなると思う?」
沈黙がおりた。俺はオルト兄上を頭に浮かべる。あんなのと、それ以上にオカシイのが100人単位でいるところ、それが魔法省だ。まず間違いなく、この布の作り手は、俺と同じ全素持ちだろう。それがバレた時点で、魔法省は絶対調べだすに違いない。
「公爵家に、警告を出してあげたほうがいいかもしれませんが…。言い方が難しいですね」
そうだな、単刀直入に、お宅の娘さんが作った物、ヤバいですよ、なんて言ったら、こっちの身が危ない。
以前会った時の、ミルスラ公爵の冷たい微笑みを思い出した俺は、頭を振ってその考えを振り払う。
「何とか公爵令嬢だけに、伝えたいものだが…」
「ちょっと、忍び込むのはマジで止めてくださいね。王子が夜這いなんて醜聞になったら、俺の父に、お前なにしてたんじゃって、ボコボコにされちゃいますから」
据わった目をしたビンジーに釘をさされてしまった。
分かったよ、でもあの突風で崩れたとかいう森から入れると思うんだがなぁ。
「かと言って、今までのようにご機嫌伺いの手紙とかに書く訳にもいかないだろ。ウルウルに強化魔法使ってません?止めたほうがいいですよ、なんて書いたらどうなるか…」
「まあ、ウルウルは全部回収されるかもですが、王子の身柄も回収されちゃうかもですね」
おい、物騒なこと言うなよ!秘密を知った者は生かしておけないってか!
「しょうがない。プレゼントにはプレゼントで返す、しかないかな」
俺がつぶやくと、ビンジーが不審そうな目で見てきた。なんだよ、そんな目を仮にも主に向けるんじゃないよ!
「おい、これは俺がもらうから、マリーには謝って、お前の金で別のを買ってやれよ」
横暴だなんだと騒ぎ始めたビンジーを放置して、俺はウルウルに仕込む仕掛けを考え始めた。上手く行けばいいがな…。




