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母と娘の酒盛り会話

「そう、魔法を使ってたっていうのね…、キリーちゃんの中にいるあの子がねぇ」うんうんと頷きながら、遠野母さまが私の頭をなでてくれた。

「あ、あの、夢なので、ホントかどうかは分からないんですけど」違ったらどうしよう、桐江さんが無事かどうかも分からなくて心配しているだろう遠野母さまにこんなこと言ってよかったのかな…。

うつむいてると、遠野母さまは突然妙なことを言い出した。

「よし、お祝いに、飲もう!」

「え?」

「キリーちゃんは6歳、いえ1年たったから7歳だけど、桐江のその身体は大人だから、アルコールは大丈夫なはずよ。これも経験だと思って、一杯いきましょ!」

そう言って、さっと台所に行き、グラスを2つと缶のジュースを抱えて戻ってきた。あ、あれジュースじゃないやつだ…

「キリーちゃんのご両親に怒られそうだから、戻ったら内緒にしといてね。はい、カンパーイ!」

あっという間にグラスに継がれた炭酸ジュースみたいなのを眺めていると、はい、と渡されて、チン、とぶつけられた。やっぱりこの儀式、好きだなぁ。ってそれどころじゃない!

「あ、あの、私、父上が飲んでるのは見たことあるんですけど、自分で飲んだことなくて」

「やっぱりそっちにもお酒があるのね、じゃー桐江も飲んで…、あ、そりゃないか、あの頑固者は子どもの身体を傷つけることは絶対しないだろうし。だからキリーちゃんが代わりに飲んで飲んで!口に合わなかったら残していいから」

優しく言われたのと、目の前でシュワシュワしているグラスからグレープフルーツのいい香りが漂ってきたので、おそるおそる一口飲んでみた。なに、これ、オイシイ!

でも、飲んだあと、ちょっと胸がカッと熱くなった気がしたので慌ててグラスを置いた。

「どう?おいしくない?」ニコニコしながら訊いてきた遠野母さまに、何か胸が熱い感じがする、と言ったところ、平気平気ー、といなされた。

「お酒飲むと、ちょっと身体が熱い感じになるの。なんにも不思議なことじゃないわ。口にあったならよかった、このチューハイ、桐江も大好きだったからキリーちゃんも好きかな?って思ったけど、アタリだったみたいね」

豪快に飲み進む遠野母さまにつられて、私もまたグラスに口をつけた。桐江さんも好きだったお酒…おいしいなー。

「私も旦那も酒豪、つまりお酒に強い人のことね、だったから、桐江も酒飲みでさ。でもお医者さんって働いているときに酔っ払ってると、割とまずい職業なのよ。だから非番の日には好き放題に飲んでたわね。こういうジュースっぽいチューハイが大好きだから、家にはストックが山ほどあるのよー」

「そ、そうなんですか。そういえば、父上も朝にはお酒飲んでませんでした。王宮で働きに行く前だったからなんですね」

「そうね、キリーちゃんのお父様も桐江と同じように真面目な方なんでしょ、きっと」

しばらく二人でコクコク飲んでいて、つい私は

「大人になったらしたいことに、お酒を飲んでみたいっていうのもあったんです。まさかここで願いが叶うなんて…」

とポロッと漏らしてしまった。

あ、しまった、と思って遠野母さまの顔を窺うと、すごく満足そうな顔をしていた。え、何で?

「ずっと、我慢してたのね」

その一言をきいて、どうしてだか泣きそうになってしまった。

うつむいてグラスを見つめた私の頭に、遠野母さまの柔らかい手が載せられたのがわかった。

「キリーちゃんと、桐江が交換されたこと、事故じゃないかもね」

ハッとして、顔を上げると、遠野母さまがまっすぐ私のことを見つめていた。

「事故じゃない、ってどういうことですか?」

「本当は、キリーちゃんのお母さんと体を交換するはずだったんでしょう?」

「はい、そうです」

「それ、私が子どもだったら、絶対イヤよ」

思わず息を止めた。遠野母さまはグラスから一口飲んで続けた。

「誤解しないでね、キリーちゃんのお母様がどうしても娘を助けたくて、したことに文句つけるつもりじゃないの。でも、子どもの立場としてはどう?やったー、ラッキーとはならないわよね」

「…はい」

そんなことない、と言おうとしたのに、どうしてかうなずいてしまった。ごめんなさい、ママ…!

「ああ、キリーちゃん、泣かないで。大丈夫、大丈夫」

柔らかくて温かい手が背中をさすってくれて、我慢しようと思ったのに、どうしてか安心して、もっとポロポロと泣いてしまった。

背中をさすりながら、遠野母さまは続ける。

「だって、向こうの世界で、キリーちゃんがお母様と交換しても、こっちにいるみたいに暮らせなかっただろうと思うもの。ワンコと散歩して、病院で子ども達とおしゃべりして、スカイツリーに行くとか、ね。モチロン、こうやってお酒飲んだりもムリだったでしょ、キリーちゃんイイコだから」

そうかな、どうだろう、私はそんなにイイコじゃない…。でも、私の体にママが入ったとしても、どうしても息苦しくてすぐ咳き込む弱い体が治るとは思えなかった。私の体で苦しむママを見たら、きっと、何もできなくても側を離れなかったと思う。

「ね、だから、桐江が割り込んだと思うのよね」

「え?ど、どういうことですか?」

「あの子は、何ていうか、苦しむ子どもが苦手なのよ、だから、自分の手が及ぶか分からないのに助けたくて手を伸ばしちゃうのよね。

キリーちゃんが苦しんでいるのを知って、だから桐江もなんにも考えず飛び込んじゃったんじゃないかな。でもまさか、行った世界が医者が役立たずのところとは、思いもしなかったでしょうよ!昔っからあの子はおっちょこちょいで、早呑込みだったからね」

「私のせいだと思ってた…」

思わずもらすと、遠野母さまはそうだと思った、とうなずいて言った。

「ねえ、キリーちゃんが責任を感じることないの。桐江がきっと似たような名前のキリーちゃんを助けたくて、無茶したんでしょ。あの子はホントに向こう見ずだからねー」

2本目のチューハイのカンをプシュっと開けて、グラスに注ぎながら遠野母さまは続けた。

「昔っからそうなのよ。自分の力が足りなくて、なんにもできないときも、諦めない。誰に似たんだか、ホント頑固なのよね!」

「でも、憧れるし、すごいです…、私なんかなんにもできない役立たずで」

どうしてだろう、言っちゃダメって思うのに、弱音をはいちゃう。口がいつもより回る感じがする…

「ほら、飲んで飲んで、キリーちゃんいける口ね!この味好きなんでしょ!」

ドボドボと注がれたグラスに、また口をつけた。シュワシュワとなる炭酸が本当においしい。

「キリーちゃんは役立たずじゃないわよ、友野センセも言ってたじゃない、わんころ懐かせるスキル持っててすごいって!ひとつ言っておくけど、桐江は動物好きだったけど好かれてなかったからね、ちっちゃい頃から」

「え、そうなんですか?」

桐江さんは何でもできると思ってた…。

「そうよ、小さいころは捨て猫餌付けしようとして、引っかかれて泣いて帰ってきて、私も旦那も大笑いしたものよ。それに、ここのご近所、犬飼っている家、多いでしょ、昔からなんだけど」

「はい、そうですね」ホントに5、6軒に1匹は犬を飼ってる感じだ。散歩していると、同じように犬を連れた人とよくすれ違って挨拶する。他のところでは違うのかな?

「桐江はね、子どもの時は犬に触ろうとすると唸られてたし、大人になったら今度は尻尾を巻いてキャンキャンほえられるようになったって、凹んでたのよー。あのときも爆笑したら本気で恨まれたわ」

犬にほえられたこと、私ないけど…。姿形は同じなのに、変だよね。そっか、これが私のスキルってことか…。

なんだか、ストンと胸に落ちてきた。私、本当に役に立ってたんだ…。

「だから桐江は早いうちに獣医になること諦めて、小児科医になろうとしてたのよ。子どもにはまあそんなに嫌われも怖がられもしなかったからね。その代わり筋トレ女ーって呼ばれるって腐ってたけど」

「あ、私も筋トレーって男の子たちから呼ばれます。あだ名?なんですね、桐江さんの」

「病院の男のコたちでしょ、桐江が病室でプッシュアップしてるの見られたらしくって。他のコは桐江先生って呼んでくれるのに、ってグチってたわ」

しょげている桐江さんを頭に浮かべて、フフフっと笑ってしまった。なんでもできそうな女の人が困ってるって、何か可愛い。

「私も、その、筋トレしたほうがいいでしょうか?」

「ああ、いいのいいの、言ったでしょ、キリーちゃんが好きなことやればいいって。そりゃ筋トレしたかったらすればいいと思うけど、ワンコと散歩に行くほうがキリーちゃん好きでしょ?」

「はい、一緒に川沿い歩くの大好きです」

「ね、だから好きなようにやればいいの。あ、でも病院でもエクササイズのクラスってのやってるのよ、もし興味あったら友野先生に言えば、入れてくれるはずよ」

「エクササイズ、くらす、ですか?」

学校のことかな?こっちでは大人も子どもも、どこかに集まって学ぶんだろうか?

「そっか、キリーちゃんのところでは学校って魔法を習うところだけなんだっけ?」

「はい、私が知ってるのはそういう学校だけです。だいたい11歳ぐらいで入学して学ぶんです」

「じゃ、大人の学校っていうのはないわけね」

「はい…。こっちでは、大人のための学校が多いんですか?」

遠野母さまも友野先生も、何でもできる大人に見えるんだけど、それでもこの国では学校に行って学ばなきゃならないんだろうか、魔法がないから?

「学校っていうかね、ある程度の基礎身につけた後に、好きに学ぶための場って感じかな?」

遠野母さまは3本目の缶を開けてる。お酒に強いって言ってたけど、本当だ。

「さっきのエクササイズクラスも、体動かしてみたくなった人が、もっとどうやったら楽に体を動かせるようになるか、学ぶために行くのね。それに、一人でやるより、みんなでやるほうが、楽しいじゃない?」

みんなでやると楽しい?確かに、そうかも。病院で学校の宿題やってる子がいて、私が手伝ってたら、何でか他のベッドにいた子も集まってきて、みんなでおしゃべりしながら問題を解いたことがあった。あれは、なぜか、楽しかった…。

「そっか、そういうことがあったなら、エクササイズも、キリーちゃんが誘えば入院してる子ども達も来るかもね。もしよかったら、誘ってみてくれない?」

「子どもも参加しても大丈夫なんですか?」

私の体は大人だけど、病院のみんなは違うから心配になって聞くと、大丈夫大丈夫と軽く言われた。

「むしろ、子どものころに体の動かし方、覚えてほしいのよね。どのくらい続けて運動したら心臓ドキドキするのか、とか息しづらくなるのか、とか。試すのって大事なのよ」

なんか、頭をガーンと打たれた気がした。そうか、やらないと分からない、当たり前だ。でも、その当たり前が元の世界ではできなかった…。

遠野母さまは、全部お見通しって感じの目をして言った。

「学校の件もそうだけど、キリーちゃん公爵令嬢だから、他の子より守られていたと思うのよね。でも、守られるってことは同時に自分の経験が積めないってことでもあるの。病院の子たちも、昔のキリーちゃんとおんなじよ。守られてるから、自分がどこまでできるか、試せてない。怖い、っていうのもあるかもね。でもほら、病院のクラスだから、そこらは安心よ、何かあってもお医者さんが駆けつけてくれるからね」

そうだ、この世界は魔法がないけど、何かあったら手を差し伸べてくれる人が大勢いる。だから、勇気を出して、その手をつかめばいい。手の掴み方は、遠野母さまと友野先生が何度も何度も教えてくれた。今度は、もしかしたら、これが私のスキルになるかもしれない。みんなに、手の掴み方を教えてあげられるかもしれない!

そう思ったらすごく嬉しくなった。私にも、できることがある。

「は、ひゃい、分かりました、み、みんにゃ、誘って…あ、あれ?」

どうしたの、口が回らない。思わず口を押さえると、遠野母さまがプーっと吹き出した。

「大丈夫大丈夫、久しぶりのお酒が回ったらしいわね。お酒飲むとそうなるのよ、ね、気分いいでしょ?」

「ひゃい!」もう、はいって言おうとしたのに!

また爆笑したあと、優しくもうおやすみなさい、って言われた。お風呂とか入らないでいいから、ベッドにゴロンしなさい、気分いいわよーって流し目をして言う遠野母さまがおかしくてクスクス笑いが止まらない。これがお酒の力なのかな?

ぼーっとしたまま、頭を枕に乗せて、あぁ気持ちいいなぁ-と思った途端、スーッと眠りに落ちた。

そして、私はまた夢を見たのだった。


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