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キリーちゃんの特殊能力

「なんて、なんてこと!もう、お嬢様のお体に何かあったら私、私…」

「ご、ごめんね、リエル。悪かったよ、泣かないで」

美少女が泣く様は映画とかだと気にせず見てられるけど、目の前じゃ無理。罪悪感マックスで私は何度も謝った。

抜け出して実験に行ったのは速攻でバレた。なぜなら頑張って見えるところの汚れをはらったけど、靴の裏の土汚れを拭うのを忘れたから。

ウリエラママに頼んで、先に浄化魔法を教えてもらっとけばよかったよ…。

「でも、ホラ、ちゃんと成功したみたいなんだよ。まだ確認できてないけど」

と言いかけたら、そういうことではございません!と叫ばれ、またペコペコする羽目になった。

あの築山もどきへの遠征で、この幼い体がやっぱり疲れちゃって靴ぬがずにベッドにごろんとして寝ちゃったのが敗因だね。次から体力配分に気をつけよう。

なんとかリエルに涙を拭ってもらい、落ち着いたところで公爵夫妻への伝言を頼む。この実験結果は、さっそく検証しないとね!


「いや、なんというか、素晴らしいですな」

アル父上が感嘆したように枕カバーを手で撫で回しながら言った。公爵にそんな趣味があるわけじゃなく、中級の炎攻撃魔法を掛けても焦げひとつつかなかったからだ。防御魔法、見事に成功!でもこれ以上の強さの魔法をかけて検証を続けてもらうには、この部屋だと無理だよね、どうしよう。

なんて思ってたら、アル父上から枕カバーを受け取ったウリエラママが、

「土魔法だけ練習されてたと思ってましたけど、いつの間に火系の魔法も覚えたんですの?」と無邪気に聞いてきた。え?火系…何?私、防御魔法をかけただけなんだけど。

てことを、しどろもどろになりながら言ったら、公爵夫妻の顔が固まった。おまけに私の背後でリエルも固まっている気配がする。ど、どうしたんだ皆。


「えー、エヘン、防御魔法というのはですね、中級魔法だと思いますが、効果は一素のみなんです、普通」

アル父上が困ったように言う。えーと、そのイチソってなんですかね。

「つまり、火、水、風、土、が魔法の四大素、つまり魔法の元なんですが、中級以降の魔法はその素の強さに影響されます。私のような炎の使い手は火の素持ちと呼ばれますね」

へぇ、なんか味の素みたいだけど。それが?

「え、えーと、だから私が防御魔法付与させたとすると、火の素が反転するわけで、つまり対炎防御魔法になるわけです、自然と」

あー、ゲームでよくある、俺には火の精霊の加護があるから炎攻撃は効かないぜ、ってことかな?

「つまり、水の素が強い私が防御魔法使うと、それは対水防御魔法になるってわけ」

とウリエラママも助け舟、なのか?を出してきた。え、でもだとすると私の使った防御魔法っておかしくない?慌てて尋ねてみる。

「でででも、この館の窓は防御魔法掛けられてるって。だから大風にもびくともしないし…」って言いながら思いつく。もしかして、これ、対風防御魔法がかけられてるってこと?でも前、飛び散った魔石のかけらが結構なスピードで窓を直撃したときも割れなかったよ?

「重ねがけです、お嬢様。この窓には風と土の防御魔法が掛けられているのですよ。いうなれば、対風及び対土防御魔法付きということです」

重ねがけ?となると、もしかしてこの枕カバーも?

「わ、私、なんにも考えず防御魔法唱えたんですけど」…と言いかけて違う、と気づいた。かけるとき、鉄壁の守りの医局長のこと思い浮かべてたじゃん、私。やばい、またイメージのところでやっちゃった?

「あの、ウリエラママ、申し訳ないですが水系の攻撃魔法、試してもらっていいですか?」

うなずいたウリエラママが手を枕カバーの上にかざし、氷結の呪文を唱えた、けど凍らない!

はぁーと全員のため息が期せずして揃ってしまった。どうしよう、これ。試してないけど風と土その他防御効果も付いてるんじゃないかな。

「つまり、これも失敗作ってことですかね」

しょんぼりしながら言うと、アル父上が慌てたように手を振りながら言った。

「いやいや、キリーの魔力を減らすというのが目的ですから成功ですよ、成功。いやしかしこんなことができるとは…」

アル父上は何か心ここにあらず、って感じで一応は褒めてくれた。でもこれ、何かヤな予感がヒシヒシとする。トラブルの前触れじゃなきゃいいのだけど。

「あ、あの、私、じゃないキリーちゃんの、そのソ?でしたっけ、確認とか検出とかできる方法とかテストとか、ないんでしょうか?」

また沈黙が部屋に満ちる。頼むよ、女医の常識だと何かあったら血液検査とかパッチテストとかするのが当然なんだけど、魔法は違うの?

「テストというものはなくてですね…、えーとどこから説明したものか」

首を捻りひねり、アル父上が教えてくれたのは、魔力というものの理だった。


魔力は血で受け継がれるものらしく、力の強い魔力をもっているのは貴族が多い。それは大昔から、強い魔力を得るために魔力持ち同士で結婚してきたから。だけど、何の魔法系統を使えるようになるか、という素は血では受け継がれないらしい。じゃ、どうやって分かるかというと、初級魔法を学べる頃、だいたい5、6歳頃ね、簡単な火・水・風・土の初級魔法を使わせてみて、一発で発動するのがその人の素に合ってる系統だと判断できるんだって。そして、その系統の魔法をかなり極めれば、他の素の魔法もまあ普通程度には使えるようになる人も出てくるらしい。なので、貴族の子弟や平民でも強い魔力持ちで生まれた人は、魔法学院とかに入学し、自分の魔法能力を伸ばすため研鑽を積む、って感じみたい。ちなみに、治癒魔法、回復魔法は系統に属さない魔法だけど、魔力の大きさが物を言う類なんだそうだ。だから、ウリエラママも治癒魔法は使えるけど得意ではないって言っていたのね。


話を聞いてうーんと考え込む。しょっぱなから私は2階を洪水にしちゃったぐらい、水魔法は使えた。土はあの築山もどきが証拠だ、全然問題ない。そしてあの場でとっさに風魔法を使ってリエルと自分の体を持ち上げることができたから、風もOKだよね。あと試してないのは、火だけ…。

「あの、ちょっと、火魔法試してみていいですか?怖くて、覚えたものの、一度も発動してないんです」

アル父上とウリエラママは顔を見合わせて、うなずきあっている。分かったみたいだね、私が何を気にしてるか…。

「浴室に行きましょう、あそこなら何が起こっても、ウリエラが水魔法で止められますから」

「そうね、リエル、悪いけど浴槽に水いっぱい張っておいてくれるかしら。あと、そうね、木の盆の上に、ロープを巻いて置いてから持ってきて」

「はい、奥様」

ウリエラママ、かしこいなー。そう、魔石が飛び散る惨状を再び引き起こさないためにも、燃やすのは紙や布よりロープのほうがまし。きっと浴槽の上に盆を浮かべさせるのだろう。初級火魔法だと、たしか乾いた木の棒に火をともして松明にするってヤツだよね。私が唱えると、どうなっちゃうんだろう…。


1時間後、疲れた顔をした面々、つまり私たち全員なんだけど、は言葉もなく各々椅子に座って、リエルが淹れてくれたホットココアをすすっていた。カップの暖かさに現実逃避したくなるけど、あれは自分でもないな、と思い返しては落ち込むのを繰り返している私に、沈鬱な面差しのアル父上、まだちょっと顔の青いウリエラママ、そして手が震えて2度もココアを絨毯にこぼすというありえないことをしちゃうほど動揺したリエルの4人は、示し合わせたようにはー、とため息をついた。あ、リエルはメイドの鏡だから見えなかったけど、きっとついたと思う。


「万物を焼き尽くす炎の導きにより光明の兆しをここに現したまえ」とちゃんと唱えてから魔力をロープに向けて放出した。そのとき、キャンプに行った時のかまどの焚付、アレにポッと火が灯るのをちゃんとイメージしたはずなのに…!

一瞬後、盆の上で極太の火柱が上がり、あっという間に浴槽の水が蒸発した。私は悲鳴をあげて逃げようとして後ろにひっくり返り、私をかばおうとしたリエルが覆いかぶさって、アル父上はあせってウリエラ!と叫ぶ中、ウリエラママはさすが水魔法の使い手、水じゃだめかもと思ったのだろう、氷魔法を発動して浴室半分を氷漬けにした。お陰でアル父上の靴の先まで凍りついてたけど、それは不可抗力、大丈夫、自分で火魔法発動して溶かしてたし。


どうしてだよー、キャンプを連想したのがまずかったのかなぁ。私が一番覚えてるのは、キャンプ場のかまどじゃなくて夜クラスのみんなで囲んで笑いながらおしゃべりしてた、キャンプファイヤーの方だもんね。またイメージ操作を間違っちゃったのか…。


「キリーは、全素の持ち主だったのですね。これはちょっと、表沙汰にできないな」

疲れたようにつぶやくアル父上。あ、やっぱり、そんなにマズかったんですね。

「魔法省に強制スカウトされちゃうからですか?」

あの気の毒な侯爵令嬢の話を思い出しつつ聞いてみると、ひとつうなずいてから付け加えてくれた。

「魔法省のスカウトもそうですが、全素持ちというのはそういないのです。我が国でも王族と神官の一部のみですね。だから、バレると高確率でキリーを巡って王家内争奪戦が始まると思うので、それは避けたく…」

「えーと、キリーちゃんはもう第四王子様と婚約済みですよね。もしバレても大丈夫なんじゃないでしょうか?」

まさか婚約破棄とかさせないだろ、と思って聞いてみたのだけど、アル父上の顔色はさえない。

「通常ならその通りなんですが、今ちょうど、次代後継者レースが王家で始まってましてね…。タイミングが悪すぎるな。今バレると、絶対横槍が入って、利用されると思うんですよ」

「利用、とは?」

クエスチョンマークを浮かべた顔で問い返したら、ウリエラママが引き取って教えてくれた。

「今、この国では第一王子から第四王子が次代後継者とみなされていて、みんな王にふさわしいことを示そうとやっきになっているの。本人の資質もモチロンだけど、婚姻相手も重視されてるのよ。王家は魔力の強い血を入れることに非常に強いこだわりを持っているから、もしキリーが全素持ちってバレると、こう、言い方は悪いけど、第四王子が抜け駆けしたみたいに思われるでしょうね」

なんですと!占い師のご託宣で結んだだけの婚約なのに、そんなこと言われちゃうとは気の毒な第四王子様…って言ってる場合じゃないよ、となるとどういうこと?


「そうじゃなくても全素持ちっていうのは希少ですからね…。他国に流出されたら目も当てられないから、バレたら国の監視がまずつきます。もう子どもらしく過ごすことさえできなくなるかもしれな」

「えー!!!そんなのダメ!絶対ダメ!」

思わず大声を出してしまった。アル父上もウリエラママもびっくりしてこっちを見ている。だけど、これだけは譲れない!

「子どもが子どもらしく過ごせなくなるなんて、絶対ダメです。私は、何かの縁でキリーちゃんの体に入ってしまった大人ですけど、私が願うのはキリーちゃんが、子どもらしく過ごせるように体を丈夫にすることなんです!そんな、元気になっても友達も作れず、どこに行くにも誰かの許可がいる生活なんて、させるためじゃありません」


私は病院でたくさん、本当にたくさん、大人にならざるをえない子ども達を見てきた。クラスメイトとおしゃべりもできず、ベッドの上でひっそり教科書を開く女の子。せっかく入ったサッカー部を諦め、吸入器使用中にロナウドのYoutube動画をスマホで繰り返し見ている男の子。3、4歳の子だって、ぐすぐす泣きながらも、完全看護だから夜にママとパパがそばにいてくれないことを理解して眠りについてる。見るたびに、子どもらしさが失われていく子たちを眺めるだけしかできない自分が、本当に歯がゆかった。

「絶対バレないように隠し通しましょう!でも、魔力放出できないと、キリーさんの体的にまずいので、何とか効率よく、でも人目に立たない方法でできないか、私も工夫してみます。だから、どうか…」

お願い、といいかける前に、ウリエラママががばっと抱きついてきた。

え、ちょっとタンマ、豊かなお胸が顔にあたって苦しいです、喘息再発しちゃうから!


「これほど、キリーのことを思ってくださるなんて…!きっと聖魔女神様はこうなることを見越して、桐江さんをここにお導きくださったんですわ!私と入れ替わるだけでしたら、きっとキリーの運命は変わらなかったでしょう。でももしかしたら…!、ねえアル!」

「ああ、そうだね。桐江さん、本当にありがとう、キリーに代わってお礼を言わせて下さい」

アル父上も立って私の手をとって額に押し当てた。これは最上敬礼だね、本で読んだよ。こういうタッチングコミュニケーションになれてない日本人としてはどんな顔していいか分からない。けどマジで窒息しそうだから、そろそろ落ち着こうか、ウリエラママ!


二人の興奮が収まってから、私は二つお願いをした。

1つ目はアル父上へ。

「今回、布なら魔力を他のものより効率よく放出できると分かりました。私は全素持ちだから、重ねがけもできるってわかったのも収穫です。だから、私がキリーちゃんと入れ替わっても同じように楽に魔力放出できるよう、ルートを作ってあげたいんです」

「ルート、といいますと?」首をかしげるアル父上。

「あの、アル父上は火の、ウリエラママは水の魔石を作って卸に渡してますよね。同じように私が作った布も何らかの形で世間に流せるようにしておきたいんです。そうすれば、交換したあとも、キリーちゃんは魔力放出できて、なおかつご両親と同じように役立ってるって自信を持てるじゃないですか」

「それはそうかもしれませんが、魔石じゃなくて、布ですか…。数は少ないですが、そういう魔力の込められた布がないわけではないので、いいかもしれませんね」とアル父上。

「よかった、じゃあそんなに不審に思われることもないですよね。それに、これはキリーちゃんの自尊心のためでもあるんです」

「というと?」アル父上だけでなく、ウリエラママも興味を持ったようなので、絵本を見て分かったことを交えながら説明してみた。

「病気になった子どもというのは、ただでさえ自尊心が低くなってます。つまり、役立たずって自分を思っているんですね」

「そんなことない、キリーはいるだけで私たちの光なのよ!」と、ウリエラママがすかさず反論してくる。


あーはいはい、分かりますよ。親としては生きているだけでいいって、思うんだよね、当然だけど。でも子どもの側は違うんだな。

「絵本の傾向もそうですけど、キリーちゃんはすごく大人になりたがってたんだと思います。それは自分に自信がないから。だいたいの子どもは、病気になったとき甘えます。でもいつまでも症状が回復しないと、今度は不安になるんです、こんなに甘えてワガママ言っていたら、いつか見捨てられるんじゃないか、って。それを崩すには、その子の自尊心を回復させてあげるしかありません。でも、周りがいくらあなたは大事な子、大切に思っているって伝えても、それだけじゃダメなんです。一番役に立つのが、誰かのために何かできたっていう、経験なんですよ。例えば両親の手助けとか、大人だと仕事とかね」

アル父上が、納得という顔でうなずいた。

「確かにキリーは、わがままというものを言いませんでしたし、私たちが魔石作るのをいつも見たいって言ってましたしね。危険だからと許しませんでしたが…」

「私は一度だけ見せたことがあるわ。あのとき、これができるようになればキリーもママの役にたてるよね、って何回も聞いてきたけど、あれはひょっとして…」うつむいて考え込むウリエラママ。

「分かりました。卸のツテをたどって、桐江さんの作った布を商品化できないか、ちょっと働きかけてみましょう。それに、このアイデアはひょっとしたら余計な詮索を避ける良い手かもしれませんね。流通している布は、染色や文様を浮き出させたものが大部分で、それらは水魔法を使用して製作されます。だから、当面はウリエラが作っているとごまかすこともできますし、キリーが作っていることを後日知られても、水の素持ちがあの家にもう一人増えたんだな、ぐらいですみそうですし」

そうか、我ながらナイスアイデアだったのね、そこまで考えてなかったけど。アル父上は、どうやら国の情報操作関係のトップみたいだから、こういう策を立てるのはお手のものだろう。

「よかった!じゃ私もこんな強力な枕カバーじゃなくて、何か日常の役に立ちそうな布製品作れないか、また実験してみますね」

「お嬢様、また一人で実験にでかけたりなど、金輪際しないでくださいませ!」

お、立ち直ったらしいリエルからお説教がまたきたよ。首をすくめながらうなずいて勘弁してもらった。


「それで、2つ目のお願いとは?」

さあ、これをどう言ったら良いのか、いまだに心の整理がついていないんだけど、エエイ!女は度胸だ!

「これは私のカン、としか言いようがないのですが、キリーちゃんは日本で私の大人の体に入って、何とか暮らしていると思います。あれが、体を交換する魔法だ、というのはキリーちゃんは知ってたんですよね。だったら、多分何かの事故で私と入れ替わって、自分の体に私が入っているというのは、もう予想がついているはずです」

「そうね、キリーは聡明な子だから。合の儀式を説明したときも黙って聞いてうなずいてたわ。私、言ったのよ。私と体を交換すれば、もう苦しくて目覚めることもない、ぐっすり眠れるようになるから、って。その間にママがキリーの体を治してあげるからって」

涙ぐみながら言うウリエラママ。そう、ここまでは日本に行ったキリーちゃんも理解しているはずだ。だからこそ、親にとっては聞きたくないことだろうけど、私は言わなければならない。


「そうですよね。キリーちゃんがいくら我慢強くても、小児喘息の発作はかなりキツイです。でも今、キリーちゃんは大人である私の体にいて、多分呼吸も楽にできるし、運動しても体が悲鳴をあげることはないでしょう」

その代わり、ゴツさに恐怖してるかもだけどな、という本音は押し殺して続ける。

「そういう生活をしてて、もう一度、息をするのも苦痛な体に戻りたいと思うでしょうか」

ヒッと声にならない悲鳴をあげるウリエラママの片手を握りしめ、アル父上がこっちを強い眼差しで見つめている。二人の背後に立っていたリエルも息を呑んだ。そうだよね、すごいショックだろうけど、このまま2年後に儀式しても失敗する可能性、あると思うんだ。病気を治すのには一に予防で二に予防!危険の芽は、できるだけ摘んでおかなくては!


「すみません、嫌なことを言って。だけど、小児喘息って、一旦治ってもまた再発することがよくあるんです。その時、一番治療に抵抗するのは、実は患者の子ども本人なんですよ。もう一度辛い喘息と戦う日々を過ごしたくないから」

子どもの回復力はすごくて、あっという間に小児喘息の症状が治まることがある。でもそれではしゃいで、バスケしたり山や海でレジャーを楽しみまくった後、ある日再発することも本当によくあるのだ。でも子ども本人は、駆け回れた記憶がある分、ベッドに横たわるしかなかった自分に戻るのが嫌で嫌で、何とか入院せずに済ませようとする。苦しいのにも関わらず薬飲まなかったり、吸入器使わなかったりね。で、救急車でチノアーゼ状態で運ばれてきちゃったりする。


「だから、私がお願いしたいのは、キリーちゃん本人に、今この体に帰ってきても大丈夫、楽々息できるよ!って伝えることなんです」

アル父上が固い表情を崩さずに答える。

「伝えると言っても…。たしかに遠く離れている者に情報を伝える魔法はあります、でも異なる世界までは無理でしょう。座標の特定ができないことには」

そう、私も魔法の本読みまくったけど、結論として、そういうすごく便利な魔法ってみな上級以上で、しかも条件設定がすごい大変そうだと理解できた。だから、使いたいのは魔法じゃない、オカルトだ。

「ウリエラママ、私が懇意にしている占い師が王家の者と縁を結べばキリーの身体が良くなるって言ったって、以前おっしゃってましたよね。第四王子との婚約のこと聞いた時に」

「え、ええそうよ、たしかにそう言ってた。だから無理を承知で王家と縁を結んだの」

まだ青ざめた顔をしてるが、気丈に答えてくれた。

「その占い師の方は、合の儀式をすること、知ってましたか?」

「いえ、これはマリエーラ師に極秘で頼んだことだったから、相談はできなかったのよ」

「じゃあ、交換のことは知らないんですね…」ちょっと迷ったが、これ以上いい考えも思いつかないし、言うだけ言ってみよう!

「何度か未来を言い当てた占い師が、そう言ったのなら、きっと言い方悪いですけど勝算があったのでしょう。ということは、今の状態も多分知っていると思います。その占い師に、私が直に会って助言を請うことはできますか?」

「それは、何のために?」アル父上が静かに聞いてきた。

「キリーさんに、もうこの体に戻っても苦しいことはない、安心してって伝えるためです。その手段について助言を請いたいのです」

「桐江さん、占い師は神じゃない、そんなことは不可能だと思うが」


そりゃそうだ。でも王子との婚約についても、最初はこんな小さいのに婚約させるなんてーって思っていたが、今キリーちゃんが全素持ちだって分かってみると、守りの手段としては最善の手だったような気がする。だって、王子と婚約しているんなら、最低でも横槍入れられるのは王族のみだよね。それ以下の家柄の者共に群がられることはきっとないだろうし、魔法省の面々がいくらヤバくても王子の婚約者にそうそう手出しができるとは思えない。もしかして、それ以上の意味もあるかもしれないし。


「もちろん、普通に考えたら自分の体に戻りたくないなんてことはありえないです。でも、この交換魔法のキーパーソンはやっぱりキリーちゃんなんですよ。だって私は疲れて仕事場で寝てただけなんですから」

まあ、私の誠くんに成り代われてたら、もっと上手く治療できたのに、という突拍子もない願いも関係していたかもしれないけど、それは伏せとこう。

「キリーが戻りたいと思えるように、整えておくということかしら?」

手で涙を拭って、ウリエラママが聞いてきた。美人が泣くとなんとかしてあげたい!って庇護欲が湧くのはどこでも一緒だね。思わず、いや、大丈夫っしょー、何とかなりますってって慰めたくなる心をぐっとこらえて言う。


「はい、そうです。何か…夢で伝えるとか、そういうアドバイスもらえないかなと思いまして」

夢って結構馬鹿にできないんだよね。友野先輩が言ってた。普段は日常で起きたこととかを整理するために見るのが夢なんだけど、そうじゃない夢もあって、そっちはどうやら何かヤバいってことを体か頭が教えてくれてるものみたいだって。だから、夢の話であろうとも我々精神科医は注意深く患者の言うことをきかないと、打つ手を間違えることもあるって、自分に言い聞かせるように言ってたのを覚えている。そういえば私、こっちに来てから夢見てないんだよね、多分毎日規則正しい生活してぐっすり熟睡してるからだろうけどさ。

「夢か…。たしかに、占い師の中には夢見の術を使える者もいるとは聞くが、あれは確か、失われた過去を夢として見せるものだったと思う。正直役に立つか…」

「アル!キリーが不安で戻ってこれないようなら、桐江さんのおっしゃるように、体がいくら丈夫になっても無駄なのよ。もし手が打てるなら、モナク様に頼んでみても損はないわ」

ははぁ、睡眠療法みたいなのはあるってことね。医者が居ない分、体の不調については魔法で、メンタルについては占いでケアしているってわけかな。

「その、モナク様に一度お会いしてみることはできるでしょうか。最初はこちらの事情は明かさず、ただ王子と婚約したおかげで丈夫になったと報告するって形をとればいいと思います。その時、その方が何か見抜かれたら、そこで相談することにして。何も言われなかったら、夢で他人に知らせを送ることはできるか、世間話程度に聞いてみていただけませんか」

だってお子様の私が質問し始めたら、すっごく妙だからね。

アル父上は苦笑しながら、

「国家の外交官同士がやるような、腹の読み合いスキルが必要になりそうですな」

とこぼした。そんなー、日頃仕事でやってることじゃないですか、頑張って下さいよ!


「アルはモナク様のこと、苦手なのよね。でも私と結婚する時報告したら、苦労しただけの人生歩めるって太鼓判押されてたじゃない。モナク様はアルのこと、好きだと思うわ」

「そうかな…、あれはせっかくライバルを蹴散らして君のことを手に入れた苦労を無駄にせず頑張れ、っていう激励だと思うが」

「アルったら…!」

美男美女がイチャイチャしているのは眼福だけど、そろそろこっちの世界に戻ってきてほしい。

「えー、じゃウリエラママからモナク様にご連絡取っていただけるということで、よろしいでしょうか?」

「ええ、わかったわ。ただ、モナク様をお呼びすることはできないので、こちらから出向かなければならないわね」

なんでも占い師は力を維持する場所を動きたがらないそうで、依頼人はアポをとって訪問するのが通常だという。なんだろ、パワースポットから離れたくないってやつかな。

「承知しました。お忍びで出かけることになると思いますが、よろしくお願いいたします」

「大丈夫だよ、あの近くまでは転移魔法で行ける。そこでちょっと変装してモナク館に行けばいい。ウリエラ、モナク殿とのアポがとれたら教えてくれ、王宮のスケジュール調整して私も行けるようにするから」

「わかったわ、早速先触れを送りましょう」


よし、何とか今回の家族会議も無事に終わった。ほんとは私が夢で、日本にいるキリーちゃんの状況を確認できればいいんだけどな…。けど一回自分にスリープの魔法かけてみたら、なんとまる1日寝ちゃったんだよね。前日魔法の実験してたから疲れたんだろうということにしてもらえたけど、リエルがいくら起こそうとしても起きないからどうしようかと思いました、って泣きそうになってた。

でもそのときもなーんにも夢見なかったし。これももしかして、何か原因あるのかなぁ。占い師に聞けたら聞いてみたいものだ。



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