誕生日を口実に
誕生日を口実に
「今年の俺の誕生日、どうするかな」独り言のように呟きながら、何気なくそばに立って給仕をしているビンジーの反応をうかがう。王族の誕生日は一応王宮で祝われるのだが、次期後継者が決まっていない現状では王子たちの誰も王宮内でパーティを催すことはできない。
王より祝いの言葉を頂戴した後、各自の邸または母親のいる王妃宮で誕生会を開催するのが通例となっているが、ここに政治力とか経済力等の差が表れるんだな。
例えば第二王子は魔法省のトップが祖父で母親も伯爵家の出だから、毎年ド派手なパーティを開き、余興として新たに開発した魔法を披露するのが恒例になっている。
逆に第一王子には宰相や内務大臣という政治影響力が高い方々がバックについているので、要人を招き外交も兼ねた交流会的な催しを毎年行っているらしい。もちろん俺はどっちからも呼ばれたことは一度もない。
我が家の元家令、セバスは俺が幼い頃は王族の面目とやらを保とうと色々やっていたのだが、なんせろくな後盾もない我が家のこと、招待状送っても送っても欠席連絡が届くのみという塩梅で、かわいそうになって俺がやめさせた。幼心に返事が届くたびしょんぼりしているセバスは、濡れそぼった犬ころみたいで見てられなかったのだ。
その代わり、誕生日は俺の自由な日とさせてもらって、ビンジーを連れて普段行けない下町で平民の子供たちと混じって遊んでみたり、俺の趣味の研究のためにちょっと遠くまで赴いたりしていた。パーティよりよっぽどいいと俺は思っていたが、セバスは内心忸怩たるものだったらしい。
だから伯爵令嬢と婚約が成立したあと、これで上流階級らしい誕生会ができる!と心ひそかに期待していた模様。が、これもハズレ、令嬢が療養中のため誕生会も開かれずこちらも呼べずという状況。
そのうち彼女が良くなれば…と思っていたのだが状況変化なしでここまできてしまった。今年も俺が何もしなければ祝いのカードとプレゼントをもらって終わりになるはずだが、今回ばかりはそうはさせない。
「ご令嬢が貴方の誕生祝いの訪問もせずプレゼントを贈るだけになってるのは、感染する病かもしれないから、という理由でしたよね、確か」とビンジー。
「そうだ。だけどその理屈だとミルスラ公爵が王宮に日参して執務しているのがまず変だよな、娘に会ってないはずないんだから。だからそこを突いてみる」と俺。
「未来の御義父上にたてつく気ですか、それはそれは…」
「嫌な言い方するなよ、娘の婚約者として病気がうつる危険を冒しても会いたいです、っていうのは情熱的って思ってくれるんじゃないか?」
「どうですかねー、ミルスラ公爵は別名、鉄の微笑み公と呼ばれてる方ですよ。仕事上であの方の感情読み取るのはめちゃくちゃ難易度高いらしいですし、正直貴方では太刀打ちできるとは思えないんですけど」
なんでコイツは毎度毎度俺の意気をくじくようなことばかり言うんだ。ちょっとうんざりしながらもう一度考えをまとめる。
「だから不意打ちでいく。誕生日当日俺は王宮行くだろ。で父上から型通りの祝いの言葉をかけてもらうわけだが、当然公爵も同席しているはずだ。だから御前を下がる前にこう言ってみる。『父上、今年学院に入学するにあたってミルスラ公爵には格別のご配慮を頂いております。礼状では感謝の念を伝えきれませんので、この後すこし公爵のお時間頂戴してもよいでしょうか』ってね。他の面々もいる前で父上はダメとは言わないだろうし、そうなったら公爵だって断れない」
「ぶっつけ本番ですか!思い切りましたね。で、それからどうなさるんですか」と急に興味を持ちだしたようにビンジーが乗り出してきた。コイツ本当に現金な野郎だよな。
「首尾よく二人になれたら、まず公爵令嬢の容態を尋ねる。まあ向こうは療養中につき安静にしないととか言うよな。だから婚約を結んでから今まで一度も会えてないのはとても残念だ、扉越しでかまわないから一度直に誕生祝いの言葉をもらえないか、ってな感じで攻めてみようと思うがどうかな?」
「腐っても王族の一員ですから、扉越しに会わせるなんて非礼な真似を公爵家がするはずないですよね。じゃあ、少しの間なら、って令嬢の部屋に入れてくれるかもしれませんが…うーん、ちょっと詰めが甘いような気がするのですが」と首を傾げるビンジー。
「どこがだよ」内心完璧な計画だとうぬぼれていた俺はちょっと不機嫌になった。
ビンジーはそんな俺をなだめるように言った。
「女心への配慮が抜けてますよね」
「女心?アホか、相手は6才だぞ」
「ご令嬢は6才でも、そばに絶対くっついてる公爵夫人は違いますよ」
え、どういうことだ?正直公爵を落とせば何とかなると思ってたが、死角があった?
「娘を超溺愛して、当てにならない占い師の言を信じて王族と婚約を願うような母親ですよ。病みやつれた娘の姿を、例え婚約者相手でもそうそう晒そうとは考えないと思うんですけど。公爵の同意をとって当日押しかけても、ショックで危篤になったとか言いつくろって会わせないんじゃないでしょうか」
諭すように告げるビンジーの顔が大人ぶってて嫌だ。俺と同い年の癖になんか悔しい。
一度深呼吸してから、俺は言った。
「もっともだな、公爵夫人のことは考えてなかった。こっちの方が難題かもしれん。何かいい考えあるか?」
「ご実家のお力を借りてはいかがですか?」
またよく分かんないこと言い出したなコイツ。
俺の実家?
「興味ないのは知ってますが、亡きお母上のご実家は化粧品製造業を営んでるラッスル男爵家ですよ。ご領地のシルアンスールも香水の産地ですし。子供でも使えるような化粧セットを揃えて事前に夫人あてに贈っておくのはどうですか。ご令嬢がベッドの上で少しでも気分よくいられるように、とかなんとか麗句を並べたてたカードをつけておけば、こちらの印象はアップしても下がることはないかと」とちょっと得意げに言うビンジー。むかつくが一理あるな。
「そうだな、そういう贈り物しておけば、当日行っても身支度ができてませんので、という言い訳は封じられるかもしれないしな。お前、悪知恵働くなぁ」
「お褒めに与り光栄でございます。ではさっそく手配しましょう」
「いや、俺から伯父上に手紙書いて頼むよ。あの人は見かけによらずおっちょこちょいだから、お前から連絡したら俺が化粧するのかと誤解されかねん。ついでだから伯母上には何か香水も見繕ってもらうように頼もうか」
「それはいい考えですね。女性はよい香りに本能的に惹かれるみたいですから」
よし、これで粗削りながらもプランはできた。
ここまでして公爵令嬢に会う必要あるのか?と自分でも思うが、今の状況は正常じゃないという感じがずっと拭えないできたんだ。
以前、ビンジーが幽霊令嬢と言ったときに内心ではドキッとしてた。無事ミルスラ公爵家に婿として迎えられるかどうかっていうのは俺の人生の重要なターニングポイントになるから、早く確かめておくに越したことはない。婿の線がナシになるなら、別の身の振り方を考えないといけないしな。我ながら何て世知辛い12歳なんだろ、俺って…。