臨床試験は医者の基本だよね!
今日は忌々しい「交換中」の印が額に出ているもんで、リエルから「絶対にお部屋から出ないでくださいませ!」と言われてしまった…。でもやりたい実験があって、それは部屋の中ではできないんだよ。どうしたもんかな。
私とキリ-ちゃんの中身が入れ替わっていることは、アル父上、ウリエラママ、そしてリエルの三人の秘密になってるので、他にこの邸宅で働いているコックさんとかメイドさんは何も知らされていない。とはいえ、今まで残していた食事を完食したり、朝夕散歩してたりするから以前とは違うなとは気づいているはずだが、まさか別人になってるとは思いもしてないだろう。リエルがだめだからって、この印がある限り、あの人たちの誰かに相談するわけにもいかないしなぁ。
日延べしてもいいけど、ウリエラママが明日から数日雨になるって朝食の時に言ってたから、この額の印が消えてもあの木を倒しまくってできた練習場には当面行けそうにない。どろんこのとこに幼女の体で行くって言ったら、公爵家総出で反対されそうだし。それに多分このキリーちゃんの体は、雨が降ったらまた熱出しそうなんだよね。
前回の家族会議の際、アル父上が言ってた魔石づくりをあの後一応チャレンジしてみた。やっぱり予想されてたように、キリ-ちゃんの魔力が大きすぎて魔石じゃ太刀打ちできなかったよ。石が粉々になるってアニメでしか見たことなかったけど、本当になるんだね…。リエルに掃除してもらったけど大変そうで、ホント申し訳なかった。だって部屋の隅々までかけらが散らばっちゃったからね。手伝うって言ったんだけどすごい形相で拒まれたのも、もう一回やろうという気が起きなくなった理由かもしれない。しかし公爵令嬢って自分で掃除もできないのかぁ、ホント不自由ですね。
じゃあ発想の転換!と思ってやろうとした石の強化も、全然イメージがわかないせいか、何回強化魔法唱えても発動しなかった。マジでイメージするのが大事なんだね、魔法って。強化するっていったら私のイメージで一番に思い浮かぶのは筋トレだもんなぁ、やっぱり無生物相手には発動しにくいよ。石を強化してから魔力を注入するというアイデアは悪くないと思うんだけどなぁ。
なんとかならないかと頭を捻っているうち、もしかしたら石ってのが良くないんじゃないかと思いついた。石なんて元々私の生活には登場してないもんね。
そりゃ加工済みのなら、病院の建物とかマグカップとかあるけど、石そのものを握ったりどっかに置いたり、ということはしてない。だからイメージも湧かないのではと思ったのだ。でもこの世界では普通に加工された魔石をあちこちに置いたり壁にはめたり服につけたりして、かなり身近に使っている。
多分魔力を持った人ならどの魔石がどのくらい魔力をためてるかが感覚で分かるんだろうな。
で、日本で私が一番身近に使ってた素材がここでもないもんか…と脳みそを絞って考えて考えて…。
ありましたよ、包帯だよ包帯!
がきんちょどもが泣きわめきながらバタバタさせる足を拘束、じゃない手当するときには欠かせない弾力包帯とか捻挫のときには大活躍だったし、伸縮性も吸湿性もあって便利だったなぁ。
が、この世界にはなんと包帯自体がない!だって捻挫なんて魔法かければ治っちゃうから!
いやーへこみましたね。散々説明して頼み込んで、リエルに似たようなのを集めてもらったけど、出てきたのはネクタイとリボンだったときには更にへこんだ。そうか、公爵家では包帯なんていらないんだ…。
働いている人が怪我したりしたらどうするんだ、と思ったら症状別の治癒・回復魔石が用意されてて、申し出れば誰でも使えるんだそうだ。なんて充実した福利厚生、って言ってる場合じゃないよ。
「街の者はもう少し塗り薬とか止血の布を持っていると思いますが、それも治癒魔法師のところに行くまでの当座しのぎでして。たぶんお嬢様のお求めのものとは異なると思います」
リエルに困ったように言われてしまっては、それ以上探してほしいとワガママは言えなかった。
じゃぁ他に、と考えたがどうしても思いつかない。私は魔法を使いたいんじゃなくて、この膨大な魔力を減らしたいだけなんだよ。魔石が使えないから仕方なく「吸い取る」というイメージがわく物を探しているんだ。
うーん、そうなるとやっぱり布、だよねぇ。包帯が一番イメージしやすかったけど、吸い取るイメージを被せるならシーツとかガーゼもあるし何とかいけそう。でもきっと量がかなり必要だし、この部屋でやってまた魔石みたいに細切れにしちゃって、気の毒なリエルに掃除させるのは避けたい。あの森の奥の崩れ築山もどきでなら、失敗した時繊維が多少ちらばっちゃっても問題ないと思うんだけどな…。
よし、行こう!この邸宅には置いているものが若干違うけど、病院にあったようなリネン室っていうのがあって、シーツとかマットとかの布類が置かれていることはメイドたちの会話の中で聞いて知っている。場所がちょっとわからないけど、病院と同じなら動線的に多分1階だ。せっかくリエルが持ってきてくれたからネクタイとリボンも使ってみるけど、ちょっとリネン室で何か大きめの布を調達して築山まで行こう。今丁度昼食を取ったばかりだし、リエルは午後のお茶の時間まではこの部屋に来ないはず。ちゃっと実験してみてすぐ帰ってくれ、リエルにはバレない!
何とか人目を盗んで持ち出した枕カバーを、築山横にある倒れた木にかける。キリ-ちゃんの背丈を考えに入れるのを忘れていたせいで、リネン室の棚に整然と積まれたシーツ類には届かず、しかたなく手前にあった枕カバーを数枚持ち出してきた。これはもしかして洗濯前?浄化前?まあ何でもいいや!
魔法の本に繰り返し書かれているのは、魔法は詠唱+魔力+イメージで発動するってこと。この中で一番大事なのがイメージ!逆に言えば、魔法の効果は術者のイメージにかなり左右されるってことだ。
以前私が初級水魔法を唱えて2階を水浸しにしちゃったのは、多分水=水道からジャージャーでる流水をイメージしちゃったせいだと思う。病院で流水はよく使うんだ、マジで。だから私がいま唱えようとしている魔法も、布を手でもって吸い込まれるイメージで唱えれば多分イケると思うんだけど…。
グズグズしてるとお茶の時間がきて、リエルに無断外出が見つかっちゃう!覚悟を決めるんだ桐江!よしやるぞ!
「染み込む吸い取る染み込む吸い取る…」と頭の中で脱脂綿や包帯を思い浮かべながら強化魔法を唱えて、魔力を枕カバーに注ぎ込む!そういえば手術中に見た脱脂綿はすごい勢いで出血を吸い取ってたっけ…と余計なことに気を取られたせいか、いきなりグンと手から布の方に魔力が移動するのを感じた。よし!手応えあり!
魔力を流し込んでいる間呼吸を止めていたらしく、酸欠になって慌てて息を吸ったら魔力流出がストップしてしまった。こういう魔法使うときのコツ、誰かに実地で教わることができたら、もっと上手く使えそうなんだけどなぁ。医学生のときは実習ときくとうへぇ、って感じだったが、現場に出てあの経験がどれだけ役に立つかは身にしみた。多分魔法も医療技術と同じだと思うんだけど、こればっかりは難しいかなぁ。
手元の枕カバーを見る。よし裂けてない!正直魔石のように手のひらから粉状に飛び散るのを覚悟していただけに割と嬉しい。でもこれで強化されたかは次の魔法を唱えないと分かんないんだよね。よし、まだまだ魔力に余力あるし、女は度胸だ、やってみるぞ!
私は鼻息荒く防御魔法を唱えた。これ、公爵邸の色んな所に使われてて、すごい便利そうな魔法なので覚えたんだよね。
例えば公爵邸の窓はうっすいガラスなんだけど、大風が吹いても防御魔法が付加されてるせいで割れたりしないんだそう。日本に戻ったときにも魔法が使えたら、我が家の雨戸閉めてても風圧にへこたれてヒビがはいっちゃうサッシ窓に付加してみたいなぁと思って覚えた、憧れの呪文だ。
枕カバーを手にとってまたまた染み込むイメージを念じながら防御魔法を唱えて魔力を注ぎ込む。防御、という言葉に引っ張られたのか、脳内に医局の中ボスとあだ名のある医局事務長の顔が浮かんで来て困った。あの人ホントに守り堅いんだ、ラスボスの院長よりは劣るけどね。予算増やせアタックとか人員増やせ突撃のような多角攻撃受けても、鉄壁の守りではねつけちゃうから、私みたいなペーペーの医者は太刀打ちできないし。
う、また息止めてたか。慌てて息を吸い込むとまた魔力放出が止まる。事務長のことを考えた分長く魔力放出したらしくて、ちょっと疲労を覚えた。
この強化魔法プラス防御魔法付加された枕カバー、どう検証すればいいのかなぁ。そうだ、アル父上は火系の魔法が得意っていってたし、ちょっと燃やせるか試してもらおう。私はやめておこう、あの可愛いキリ-ちゃんの部屋を丸焦げにしたらウリエラママ発狂しちゃいそうだし。
とりあえず細切れ繊維にしなかったから、石じゃなくて布に魔力込めるやり方は成功だったといえる、と思う。リボンにも同様に試して成功した私は、戻る体力もなくなると困るしと戦利品をもって部屋に引き返した。どうかリエルに見つかりませんように…。




