入れ替わった理由
今日は雨が降っているので土山に遠征しての人体実験はお休み。どこも悪くはないのだけど、リエルが青筋を立てちゃうので仕方なくベッドの中にいる。けど、地道に毛布の中で筋トレ中。ダンベルもほしいけど、この華奢な幼女の体だと扱うの難しいよな…。
ボールを足指でつかんで上に上げ下げする。下半身の筋力強化だ。動かしながらツラツラ考える。といってもこれは回答がない問題なので考えても仕方ないことでもあるんだけど。
こっちに来てから1年、折に触れてずっと考えてきた。なんせこのキリエラちゃんの体は幼女、それもずっと寝込んでいた女の子だからイマイチどんな性格の子かっていうのがつかみにくい。でもアル父上とウリエラママからいろいろ話を聞いたり、部屋にあった絵本なんかを見て何となく彼女の性格がわかってきた。
小児科医として一番警戒しなければならないのは、子どもをただフツーの子どもだからと見なしてしまうことだ、とインターンのとき研修で教えを受けたおじいちゃん先生に耳タコで言われたのを覚えてる。病気にかかっているだけで、それ以外は普通の子だと考えては絶対だめだ。そもそも「普通の子」なんていないし、いるとしてもそれは小児科医の頭の中だけ。目の前の患者に常に向き合え、と何度も何度も繰り返し教えてくれたものだ。
つまり、それだけ医師は患者が幼児だと個々の性格とかを軽視しがちになっちゃうってこと。治療に実際に携わるようになるとこの忠告の意味がよく分かる。病気だけみて患者を見ずにこの症状にはこの薬でしょ、なんてやってると、いずれ手痛いしっぺ返しを受ける。治療しても治らない胃痙攣や発熱が、実はコミュニケーション不全によるストレスのせい、なんてことは幼児にだってあり得るのだ。
合の儀式が失敗した理由を、アル父上とウリエラママはキリーちゃんの魔力が高すぎたからだと考えているようだ。けど、調べたキリーちゃんの性格から考えて、私は別の仮説を持つに至った。この体の交換には、きっとキリーちゃんの願いが関わっているに違いないって。それと、これはあんまり認めたくないけど、きっと私の願いもだろう。
正月明けの勤務のときの自分の精神状態が、あんまり健全じゃないのは分かっていたつもりだった。年末、ずっと担当していた小児喘息患者の誠君が、肺炎で大晦日に亡くなったから。誠くんの細い手首をとって脈がないのを確認し看取って、死亡宣告して、泣き崩れるご両親を何もできず見送り、仮眠室で泥のように眠った。その日は、平気だ、耐えられると思ったのに、正月明けに誠君のカルテ整理をしていたときにいきなり限界が来て耐えきれなくなった。
なぜ!なんで私は彼を治せなかったの!治療プランも立てて自宅で療養できるようになったほど、一時は良くなったのに!冬の初めにインフルエンザにかかってから、誠くんの容態が悪化するのはあっという間だった。でもあれだけ頑張ったのに何が、一体何が足りなかったというの!溢れ出る涙でPCの画面がぼやける。腕でぐしぐしと拭っても拭っても収まらない私の涙腺に腹が立つ。
YouTubeでキャンプしている芸能人の動画を私に見せながら、いつか自分もこんな高原の湖畔でキャンプして、思いっきり飼い犬と走り回ったりキャンプファイヤーしてみたいって笑ってた。そうだよね、喘息患者に薪や炭の煙なんて天敵だもんね。見舞いに来たおじいちゃんたちと一緒に時代劇を見て、侍より下働きになってかまどにフーフー竹で息吹き込むのやってみたいって言って、笑われてた誠くん…。
どれも何てことない夢なのに彼には遠かった、遠すぎた。誠くんの容態急変に全身全霊で対応しながらどうか、持っていかないで、彼の命を奪っていかないで!と心の中で叫んでいた。もし、もし一日だけでも体が交換できたら、すぐに私が苦しみを代わって受け止めてあげたのに!代わってあげられたらよかったのに…!
キリーちゃんが読んでいた絵本はいっぱいあるのだけど、ページの開きグセがついているのが何冊かあった。その物語の筋はみんな同じ。平たくいえば早く大人になる、って物語。
多分ウリエラママが選んだのか、女の子が憧れがちな王子様に見初められる系絵本が大量にあったけど、そっちはあまり読みこんだ気配がない。逆に、日本だと醜いアヒルの子みたいな感じの物語を何度も読んだ形跡がある。小さい頃は病気がちでやせっぽっちだった女の子が、だんだん丈夫になり、とうとう騎士になる、というストーリーの絵本が特にお気に入りだったようだ。
毎日着ている服の首周りがきつかっただろうに文句も言わない。おいしくない食事にも効かない回復魔法を掛けられることにも嫌がったりワガママを言わない。このことだけでもかなりキリーちゃんは我慢強くて同時に周囲に気を使う性格だということがわかる。きっと大人になりさえすれば丈夫になれるかも、って想像しては自分を慰めていたのだろう。
だけど今は子どもだ。そしてそのことにかなりの引け目を覚えていたんじゃないかと思う、こんな子どもの体ヤダってね。
しかし、その体をいざ脱ぎ捨てられるかもしれない、となった時、嬉しいと思うんじゃなくて怖気づいたのじゃないかな。だって押し付ける相手は知らない人じゃなくて自分が大好きな母親だ。こんな出来損ないの体をママに押し付けていいの?ホントに?ってな感じじゃなかろうか。
どういうめぐり合わせか知らないけど、合の月の儀式が失敗したのはきっとキリーちゃんの多すぎる魔力のせいだけじゃない。名前が似てて強く強く喘息患者だった誠くんと代わってあげたかった!と思ってた私と、大人になりたいけどママと入れ替わるのはヤダ!と思ってたキリーちゃんが共鳴した、そういうことじゃないかと思う。
この仮説が当たっているとすると、何とかしてキリーちゃんに今の状況を分かってもらわなくちゃならない。
自分の体は子どもだけど丈夫になってるから、もう戻っても平気だよー!ってなことを伝えないと、彼女は安心して戻ってこれないだろう。
母さんが上手く説得していてくれればいいんだけど…っていうか、そもそもキリーちゃんが私の体に入っているというのも仮説でしかないんだよね。でもこれはそう思うとしか言いようがないのだけど、絶対私の体にはキリーちゃんがいると思う。それも楽しそうに暮らしているような気さえするんだ、おかしな話だけど。
まあ私の体は自慢じゃないが、筋トレとジョギング毎日していたから全身筋肉バリバリだし、肺活量も毎日子どもたちと怒鳴り合いできるほどだし、高校時代は体操部にいたから柔軟性も捨てたもんじゃない。割と使い勝手のいい体だと思うんだよね。まあ、このお目目ぱっちりアイドル顔のキリーちゃんから見たら、顔面の作りはご満足いただけるとは到底言えないけど…って自分で言って結構傷つくな。
何とかあっちとコンタクト取る方法はないのかな…。ざっと調べた限りでは魔法でそういう効力があるのは全部上級魔法ぽかった。私がそういう魔法を覚える前にきっと合の月がきちゃうだろう。そうだ、そういえばここの世界は占い師が公式相談先として認められているんだった!ウリエラママが占いに従って王子と婚約させたって言ってたもんね。こういうオカルトっぽいことこそ、占い師の出番じゃない?
ちょっとウリエラママ…だけだと不安だからアル父上にも相談して、向こうにいるだろうキリーちゃんに接触できないかやってみよう。まあ、この入れ替わりの真相については私の勝手な仮説だから胸に秘めておくことにしようか。
銀のベルを鳴らしてリエルを呼ぶ。今夜もミルスラ家家族会議の開催だ!上手くいきますように!




