私だけのスキル
私だけのスキル
キリーが遠野家にきて1年たったらしく、今夜お祝いしましょ!と遠野母さまと友野先生に突然言われた。そんな、お祝いなんて、キリー迷惑かけてばかりなのに…。
「いいのいいの!右も左も分からないまま日本に来たキリーちゃんが、一年無事すごせたことに感謝するお祝いよ!ね!」
「とかなんとか言って、遠野さんが美味しいもの食べたいだけじゃないんすか?」
「友野先生、ご明察!」
遠野母さまと友野先生、二人楽しそうに笑い合ってて、それを見ると私もニッコリしてしまう。
ここに来てから本当にこの二人はよくしてくれた。日本という場所にも大人の身体にも慣れなくて、道路で車に轢かれかけたりエスカレーターの上で固まってしまったりしてた私に、手取り足取りどうするのかを教えてくれたし、困ったときにはこうやって調べるのよ、とインターネットの使い方も教えてくれた。
遠野母さまが渡してくれた平たくて薄い板、ただのガラスだと思ってたのに話しかけるだけで色々教えてくれるなんて、まるで魔法みたい!こんなの王家の方々でも持っていないと思う。絵本で読んだ話に出てきた魔法の鏡って、もしかしてこちらの世界から来たものなのかも。おかげで魔法のない不便そうな世界なのに、誰も困っていない理由がよく分かった。
この桐江さんの顔にもなんとか慣れたと思う。最初鏡で見たときは自分だとは思わなくて、なんてかっこいいお姉さんなんだろう、父上と一緒に働いているという王宮務めの文官さんかな~と思ったくらい。髪はショートカット、眉はキリっとしてて顔も小さく、背が高くてスラッとした身体の中に弱虫の私がいるなんて、ホント全然ふさわしくないんだけど。
桐江さんは私と体を交換する前までは、子ども専門のお医者さんをしていたらしい。遠野母さまに私の国ではお医者を専門にしている人は多分いないし、薬も注射もあまり見たことがないと言ったときはすごく驚かれた後、爆笑された。訳が分からずに困った顔をしてしまった私に、ごめんごめんとまだ笑いながら遠野母さまが言う。
「あの子、小児科医が天職って言ってたのにねぇ。まさか医者のいらない国にいるなんて!自分がイラネーって分かったときの、あの子の顔が見ものだと思っちゃって!そうよねぇ、魔法で全部治るんだもの、医者も看護師も薬もいらないわよね」
「あ、あの、病気が全部魔法で治るわけじゃなくて…」
「あ、そうそう。キリーちゃんの体質みたいな病気は治らないこともある?のよね。こっちでもあるのよ、そういうこと。医者が全部治せるわけじゃないの」
「そ、そうなんですか」
そういえば友野先生に連れて行ってもらった建物の中にはベッドが並んでて、子どもがいっぱいいた。ママが寄付や奉仕活動に時折赴く孤児院なのかと思ったけど、あれが病院というものらしい。桐江さんはそんな子どもたちを治すために働いていたそうだ。
「桐江は治せないっていうことをなかなか認めたがらない頑固な子でねぇ。今は道に迷っているだけだっていうのが口癖」
「道に迷っているだけ?迷子ってことですか?」
不思議な口癖だと思ったので聞いてみた。
「そうよ。キリーちゃんの国でも多分魔法って最初から完成してたわけじゃなくて、色々な人がこうやったらいいかな?ああやればもっとよくなるかな?って試し続けて完成させたんじゃないかと思うの」
「そういえば新しい魔法がどんどん魔法省で開発されてきていて助かるって、父上から以前聞いたことがあります。これで作物を嵐から守れるって、えっと、風魔法と何か他の魔法のふく…複合魔法って言ってました」
「あら、魔法も新しいのが増えるってことね。こっちもそう。桐江はよく言ってたわ。治らないんじゃない、まだどうにかする手立てが見つかってないだけ。私達は迷っている最中だけど道は必ずあるって」
そのセリフに素直に感心した。桐江さんは見た目がかっこいいだけでなく、中身も強い女の人なんだなって尊敬する。私は、私はどうだろう…。
こちらの日本という世界で、私ははじめのうち戸惑っていたけど、すぐに夢中になった。何に?楽に呼吸ができることに!
夜中に息苦しくなることもなく、ぐっすり眠れる夜は元の世界で数えるほどしかなかったと思う。いつも真夜中苦しさに目覚めては、何で?キリーだけ何で?って思ってた。毎晩女神様にも祈った。
息を吸って吐く、これだけのことがどうして自分はできないのだろうと、なんてできそこないの身体なんだろうって情けなく思ってた。
もっと嫌なのはいつかママも父上も同じように思うんじゃないかって疑う弱い自分の心だった。泣いてるママの顔を見たくないというのも本心だけど、もっと奥底ではいつか嫌われると恐れてた。
だってこんな子、公爵家ではきっといらない。きっとみんな、もっと元気な子どもだったらって思っているにきまってる。息もまともにできない上、魔法も使えない子なんて…。
桐江さんの身体で思いっきり深呼吸できるし、どんなものでも美味しく食べられる。すぐゴホゴホしちゃうから食べられなかった辛いものやすっぱいものも平気になった。遠野母さまの作ってくれたカレーの美味しかったこと!
でも楽しい反面、キリーの身体にいる桐江さんを思って悲しくなった。だって弱い私の身体に入ったら、こんなにカッコいい桐江さんだってきっと何もできない。役立たずの身体を押し付けてしまってごめんなさいって、心の中で謝り続けていた。
でも遠野母さまに謝ったら、カラカラと笑って気にしなくていいって言うの。桐江は絶対道を探すはずだからって。
私は、私もそんな風に道を探せるかな…。
「かんぱーい!」3人でグラスを打ち合わせる。こういうやり方でお祝いするんだ、日本って。楽しいからママにも教えてあげたいと思う。お店もすごく赤くて華やかな感じで好き。金色に塗られたいろいろな動物の飾り物があって、父上はこういうちょっと派手な感じの動物インテリアが好きだったから教えてあげたいなぁ。
「さあ、食べて食べて!オーダーバイキングだからね、見て美味しそう!って思ったら何でも注文してね」
「中性脂肪がどうたら言ってたのに、大丈夫なんですか、中華の食べ放題なんて」と友野先生が遠野母さまを笑いながら茶化す。
「うっさいわね!60間近になったら友野先生も分かるわよ。食事の回数のカウントダウンが始まったら、明日の脂肪より今日の口福を選ばない人間はいないってね」
くるくる回る丸いテーブルには、すでに色とりどりの料理が乗った皿がたくさん置かれている。すごい、行ったこと一度もないけど王宮のパーティってこんな感じなのかな。
ちゃんといただきますをしてから、一番手前のエビと緑色の野菜の炒めものを箸で小皿に取る。それを見た友野先生が感心したように言う。
「キリーちゃんは箸も上手に使えるようになったんだね。所作も上品だし、公爵家のお嬢様ってマナーの基礎がきちんとしているんだなぁ」
「フランクフルトの棒にかじりつきながら右手で症例検索してた桐江とは大違いよねぇ。おかしいなぁ、あの子にもマナーは仕込んだはずなんだけど、幼稚園あたりで諦めたのがいけなかったかしら」
「早!もうちょっと粘っておいてくださいよ。アイツちょっと油断すると教授の前でもあぐらかいたりしてましたよ」
「嘘ぉ、ごめんなさいねぇ。あ、でも向こうの公爵家で、もしかしてバッチリマナー仕込まれて戻ってくるかもよ」
「キリーちゃんぐらいにアイツがなれるとは思えませんが。ほら、素質が」
「友野先生ひどい!」
楽しそうに笑う二人に思わず私も吹き出す。いつでもそう、遠野母さまも友野先生も、私と桐江さんが身体を交換していることを気楽にとらえているように話してくれる。本当はきっと心配しているはずなのに、私を気遣ってくれる二人の心が本当に嬉しい。だから、私も弱虫のキリーのままじゃなく、この二人のために何かしたいとずっと考えているんだけど…。
「そういえば犬のお散歩代行、好評なんだってね。どのわんころもすぐキリーちゃんのこと好きになるらしいって、遠野さんから聞いたよ」
友野先生が餃子をもぐもぐしながら私に話しかける。インターネットにいろいろ教えてもらえるようになって、私はすぐ大人の身体を持ってる人は、この日本ではだいたい働いているらしいと気がついた。
慌てて遠野母さまに、私も働かなくてはならないのでは?と聞いたのだが、最初はいいのよー、家にいてくれれば、と言われるだけだった。
でもその後友野先生に相談したらしく、ときどきボランティアという形で色々なことをするように。友野先生に連れられて、病院の子どもたちのお見舞いに行くのが一番最初のボランティアだったと思う。
こっちの病院にいる子の中にはキリーみたいな症状の子が多くて、そういう子の話し相手になるだけでOK!って友野先生に言われたけど、上手くできるか本当に不安で仕方なかった。だって私、公爵家でママみたいにお客様をもてなしたりはしていなかったから。
だけどおっかなびっくり女の子や男の子と一緒に病院でお昼食べながらおしゃべりしているうちに、自然と同じ病室の子たちが集まってきて話すようになったから、多分なんとかこなせたんだと思う。
でもキリーって呼んでって言ってるのに、何でか男の子たちだけは筋トレって呼ぶのには困ったけど。筋トレって何だろう、後で調べておかないと。
病室訪問を続けてるうちに、みすずちゃんって三つ編みの女の子と出会った。二人でおしゃべりしてるとき、犬を飼ってOKって言われたばかりなのに、入院中は散歩できないのが悲しいってみすずちゃんが言ったのが散歩代行ボランティアをする始まり。入院中、みすずちゃんのお母さんは、職場の行き帰りに病室に立ち寄るから散歩をしてあげる時間がない、つながれっぱなしで可哀想って言ってたと思う。何とかできないかと思って遠野母さまに夕食時話したら、じゃあ代わりにお散歩してみる?って言われてとても驚いた。
おっかなびっくり始めたお散歩代行だけど、本当に楽しかった。犬は家では飼っていなかったけど、時折街に出たとき散歩させている人を見かけて、いいなぁ羨ましいといつも思っていたから。自分が満足に歩けもしないのに犬が飼いたいなんて絶対ママに言えなかったけど、いつか、丈夫になったらってずっと思っていた。まさかこちらの世界でその夢が叶うなんて!
口コミでその話が広まったようで、今は近所の人の犬のお散歩も引き受けるようになった。今では週3~5回はどこかの家の犬を散歩させている。毎日違う犬と遊べて、毎日違った道を散歩できるなんて、本当にいい生活だ。
「はい、色々なお家の犬を散歩できるの、とっても楽しいです。犬の毛をブラッシングしてあげると、どの子も喜ぶんですよ。病院のボランティアに行ったとき、飼っている子にやり方を教わっておいて本当によかったです」
「スマホの万歩計を見せてもらったら、一日2万歩以上歩いてるときもあったのよ。キリーちゃんは本当に根性あるわ!」と遠野母さまも褒めてくれる。とっても嬉しい。
「私は桐江さんがやっていたみたいにお医者さんはできないから…。でもできること、何でもやりたいです」
「あらいいのよ、そんなガッツリ頑張らなくても。最初言ったでしょ、キリーちゃんのやりたいことやりましょって。ワンちゃんと散歩が楽しめて本当によかった。他にもやりたいことあったら遠慮なくね」
「そうそう。さっき桐江もあちらで公爵家マナー仕込まれてくるかも、って笑い話したけど、キリーちゃんもせっかくだからこっちの世界でスキル身につければいいと思うよ」
お酒を飲んだせいかちょっと赤くなった友野先生が、遠野母さまの言葉にウンウンうなずきながら言う。
「スキル、ですか?」なんだろう、魔法はこの日本にはないから、そのことではないよね?
「うん、犬と楽しく触れ合えるっていうのもスキルの一つだよ。だってキリーちゃん、一度もわんころに歯を向いて唸られたり噛みつこうとされたことないでしょ」
「はい、みんないいコですよ。側に行くとペロペロなめたり、撫でたらしっぽを振りながら体を擦り寄せてくるんです」
「ね、それが犬と仲良くなるスキル。みんなできる訳じゃないんだよ。俺の同僚で2年犬飼ってるのにブラッシングどころか頭も撫でさせてくれねーって愚痴っているヤツもいるんだぜ」
「あ、聞いたことある、それ内科の田中先生のことでしょ。結婚して奥さんの飼ってたラブラドールと一緒に暮らすようになってから敵視されまくってるって」と遠野母さまも笑ってる。
え、そうなの?犬と仲良くなるなんて誰でもできると思ってた…。
「そういうキリーちゃんだけのスキルをどんどん見つけるために、やりたいことあったら遠慮せずに俺や遠野さんに言うんだよ、約束!」にこやかに言いながら友野先生が小指を出す。
これ好き、ゆびきりっていうおまじない。指を絡めながらこの人達のためにもっとできること探して、スキル?を増やしていこうと決心した。




