トライアンドエラーの日々
トライアンドエラーの日々
あーあったまるなぁ…と窓に当たる雨粒を眺めつつホットチョコレートをできるだけ上品にすする。この世界にもチョコレートがあって本当によかった!肉とチョコがあればこの幼女生活も乗り切れるような気がする。もう一口ゆっくり飲む。よしよし、大分喉の炎症も治まってきたみたい。
ここには梅雨はないそうだが、この季節は暖かくなってから2〜5日小雨が続いて冷え込むというのを繰り返すそうで、元の世界でいうと花冷えっていうのかな、気温の上がり下がりが若干大きい。このキリーちゃんの身体は本当にそういう気温変化に弱いので、対策はとってたものの喉を痛めてしまった。まぁ、雨が降るたびに熱を出して寝込んでた日々よりはマシになってるから、よしとしましょう。食欲落ちなかったし、こうしてホットチョコレートも飲めるしね。
そういえば日本でも花見の頃は、大人も子どもも風邪を引きやすいんだよね。発熱で真っ赤になっている子どもを診てたら、後ろで抱っこしている親がゴホゴホ咳をしはじめるっていうのも、春先の小児科でよく見る光景。
医者仲間との雑談で、何で親子ダブルで風邪っ引きが春は増えるんかな~?と話し合ったことを覚えている。日本の場合は花見が原因だろう、というのが大方の意見だった。え?どういうことか分からない?ほら、花見の頃って桜は咲く、チューリップも咲く、ってんで、大人も子どもも視覚から暖かくなったっていう情報を受け取るでしょう。でも実際気温は20度いかないし、朝夕はもっと冷え込むから、目からの情報と肌で感じる情報が一致しないんだよね。そういうとき用心深い人は、肌情報を信じてもう一枚着たりするんだけど、大抵の人は視覚情報の方に重きをおいてるから、大丈夫じゃ~ん、って春物の薄着で夜まで出歩いちゃったりする。親がそうだと、子どもはもともと体温高いからなおさら薄着にしちゃうよね。子どもははしゃいで汗かいて体が冷えちゃって、風邪を引くって訳。まあ、春に浮かれるのは仕方ないよね。花見弁当も花見酒も美味しいもん。あー早くもとに戻って上野公園の屋台のケバブ食べに行きたいものだ。さすがに公爵家で屋台料理は、いくら私が図々しくてもリクエストできない。料理長がきっと泣いちゃうよ。
魔力コントロールはまだうまく行ってない。同じような魔力過多っていうか出力大の人の例とか調べられればいいのだけど、残念ながらこの世界にはインターネットがない。そもそも魔力が多すぎて困るっていう状態が多分レアだ。聞けるとしたら魔法省の人たちだろうと、アル父上が部下に命じてこっそり聞き込みをしてるが、さぁどのくらいの人が口を開いてくれるだろうか…。
ただ一つ魔法を勉強し続けてわかったことがあった。魔力は体力と同じ!使えば減る!廊下に水を溢れさせたときの経験からそう感じた私は、何か使って被害の少ない、けど簡単な魔法はないかと探し続けて毎日書棚の本をめくり続けた。水・火はダメだろうってことは、早くから分かっていた。だってこの2つは攻撃魔法の章で繰り返し出てくるから、要するにヤバイってことなんだ。初級魔法で残るは風と土。中でも土魔法は壁作ったり穴掘ったり、なんか土木工事系が多くてコレはいけるかも、って思ったんだよね。だから公爵家ご自慢の庭園は避けて、敷地の隅っこにある、こんもりした森の中にリエルを連れて実地実験に行ってみることにした。
「お嬢様、かなり屋敷から離れてしまいましたが、お身体は大丈夫ですか?」手に軽めのブランケットとクムルを溶かしたお茶を入れた水筒を持ったリエルが、後ろから心配そうに何度も言う。信用ないなー、私。まあ先週までゴホゴホいってたしね。でも雨がやんでまた暖かくなってきたし、ベッドでの筋トレも欠かしてないし、晴れたらすかさず散歩してたから有酸素運動もしてたから体力的にはバッチリだ!
「大丈夫よ。それに今日ぐらいの曇り空ならうまい具合に土もしっとりしてて、魔法使うのにもやりやすいと思うの。明日からは快晴が続くんでしょ、今日が一番いい日だから頑張るわ!」
インターネットはないのに、天気予報はあるのよね、この世界。で、またよく当たるんだ。気象庁にやり方教えてあげてほしいくらい。アル父上に言わせると「魔法を使っている以上当たるのが当然」ということらしい。魔法の国の常識は日本の非常識。いずれ戻ったとき、当たらない天気予報にイラッときそうな自分が怖い。おっと、話しているうちに結構森の奥まできたね。屋敷の屋根が木々の隙間から見える。2キロは歩いただろう、この身体にはいい運動だ。
「よし、ここらへんでいいかな」
少しだけ開けたところがあったので、その中心に行って地面に手を当てる。
「リエルー、悪いけど少し離れてて。そっちのふっとい木の後ろあたりまで下がって」
「お嬢様、くれぐれも危険なことは。お顔や手足に傷をつけるようなことも」
「分かってる分かってる!気をつけるから!下がって、いい?」
しぶしぶリエルが後退する。土魔法は危険の少ない魔法だとされてるから大丈夫だとは思うけど、嫁入り前のリエルに傷をつける訳にいかないしね。まあ、彼女がこの嫁入り前どころか成人前の美少女の身体に何かあったらと心配するのも仕方ないけど、中身は病院でもまれて世間ズレした女だから、ちょっとは信用してほしい。よし、やるぞ。
スーッと深呼吸して息を整える。魔法の詠唱って句読点がないのよ、息継ぎできずに長文詠唱って、小児喘息持ちには何つう拷問だっての。そうだ、この詠唱のコツも、キリエラちゃんが戻ってきたら分かるようにメモして残しておこうっと。
「塵よりいでて塵に還る全てを育む生命の褥よわが願いに応え力を貸し給えその力を持って高き頂きを我が眼前に現せ」
魔法は魔力+詠唱+イメージで成就するんだって。この最後のイメージってのが結構難関。ここに魔力のコントロールも含まれるし、どんな結果にしたいかっていうのもこのイメージに左右される。私が一番はじめに水魔法を試して失敗したのは、全然何にも考えないまま詠唱したからじゃないか、ってのがアル父上とウリエラママの意見だった。そりゃ本には「よくイメージしてから使いましょう」ってちゃんと書いてあったけど、洗面所にある「よく手を洗いましょう」ぐらいの標語ぐらいにしか意識してなかったんだよ。ちゃんと重要なとこには線引くとか、太字にするとかしといてほしかった。
よし、噛まずに無事に言えた!あとは魔力をイメージして流すだけ。私は地面に手を付き、小山を築くことを思い浮かべながら力いっぱい魔力を流し込んだ!
何も起こらなかったから、アチャー、失敗したかなと思った半秒後、突如目の前が茶色い壁で塞がれた。木の枝が折れるバキ、バキッという音がして何本か私の横に落ちてくる。違う、壁じゃない、流砂?なんか土が空に登っていく!どういうこと?
口をあんぐりと開けて見上げてみると、小山じゃなくてタワーが出来上がりつつあった。というか土が足りなくて周囲から集めているらしく、周辺の森の木々が根を張れなくなってゆっくり倒れていく。私の足元もぐらついてきて、これ、ヤバくない?
「お嬢様!」決死の形相をして側に駆け寄ってきたリエルが、腕で落ちてきた小枝を払う。
「リエル!」
「逃げましょう、お嬢様」真っ青になりながら私の腕を掴むリエル。私もヤバイと思ったけど、この結果を見届けないと次に進めないのは分かってた。それに思い切り魔力を注ぎ込んだつもりだったけど、まだ余力があるんだよ。キリエラちゃんの魔力って無尽蔵に近いんじゃないかと疑うほど。
「ダメ、もう少し。でもこのままだと私達も足元崩れて穴に落ちちゃうから」
今度こそ!と強く強くイメージしながら初級の風魔法を唱える。これ教本ではスプーンをふわっと5センチぐらい浮かせるやつね。二人分の足元だけ、何センチか浮かせるんだとイメージしたはずだったのに…。
「キャー!」リエルのスカートが思いっきり捲れ上がると同時に、一気に上空に二人とも浮上してしまった!私はズボン姿で本当によかった…じゃない!何でこんな高く!そんなのイメージしてないよ~、何でだ!
メイドの鏡のリエルは、この期に及んでまだブランケットを片手に持ったままだった。もちろん右手はしっかりと私の腕を掴んでいる。…い、イタイよちょっとリエル、力込めすぎ。
木々の上、上空15メートルぐらいで止まって、浮遊し続ける私達。2~3分たって深呼吸を何回かして、やっと二人で周囲を見る余裕が戻ってきたんだけど…、ナニコレ?
「お、お嬢様、あの今、目の前でどんどん積み上がってるのは」
「小山じゃなくてタワーだね、どう見ても…」
それも見覚えありすぎる形、いつも病院の窓から見てた東京スカイツリーじゃん、これ。おっかしいなぁ、何でこうなるんだろう。どんどん土が集まって見慣れた円錐形になっていく。周りの木はほとんど倒れちゃったし、もとに戻せるのか不安で仕方ない。
二人でじっとタワーを見つめる。お、土の動きがゆっくりになってきた。止まるかな?
「こんなもの、見たことも聞いたこともございません…」と放心したようにつぶやくリエル。この世界にはタワーとか高層ビルってないのかね。タワマンとか必要ない世界なんだろうか。
「ごめん、これ私の元いた世界にあったものなんだ。おっかしいなぁ、土の小山をイメージしたはずなのになぁ。あ、動き止まったね」
目の前の土壁が動かなくなったのを見て、浮遊状態を解く。ゆっくり、羽のように降りるのをイメージしたはずなんだけど、やっぱり急降下になっちゃって、リエルにまた悲鳴を上げさせてしまった。ごめんよ、リエル…。
地面に降りてみて、改めて周りというか森の殆どの木が倒れてるのに気づく。スカイツリーと同じってことは634メートル×床面積×3分の1の量の土が使われちゃったということだ。しまった…。
これを元の通り戻すというのは、きっと私ではできないので、ただ崩すだけという魔法を使う。これはイメージしたとおりに土台から崩れていき、土の小山が残った。よかったよ、スカイツリー横倒しになったら目も当てられないし。ここにきてやっと、魔力切れっぽい疲労を感じる。本当にこの体は魔力過多なんだなぁ。
「リエル、ちょっと寒いかも。ブランケットもらえるかな。とりあえず屋敷に帰ろう」
「は、はい」慌ててリエルがブランケットで私をくるむ。きつくてちょっと苦しい。
タワーが崩れきったあたりで屋敷から人が駆けつけてきて、私はベッドに強制送還されそうになったのだが、ここで超抵抗しまくった。だって今回の実験はここからが本当の目的だから。
予め決めていた通り、ウリエラママの部屋に行くと、窓から見ていたのだろう、真っ青になって私の前にひざまずき、手をとってさすりだす。
「顔色が悪いわ、寒くない?魔力切れを起こすと体が冷えるの、早くベッドに行って休まないと」
「いえ、それよりどうかあの魔法を早くかけていただけますか?今ならいけそうなんです」
「…分かったわ。さあ、そこに掛けて」
窓際の椅子にかけると、目の前に立ったウリエラママが呪文を唱えはじめた。そう、これが本当の目的だ。魔力は使うと減る。だったら限界まで減らしておけば、魔法をかけられても抵抗する余地がなくなるんじゃない?という仮説を実証してみたかったのだ。ウリエラママは回復魔法はそんなに使えないけど、水魔法の使い手なので上級魔法の「浄化」というのが使える。身体や衣服の汚れをキレイにするという、やんちゃな男の子を抱えてる家のお母さんたちが泣いて喜びそうな魔法だ。そして私の身体は思ったとおり土埃で顔も服もいい具合に汚れている。さあどうだ!
いきなり体中がアルコール綿で撫でられたみたいにスッと冷えた。下を見下ろしてみると、靴についていた土埃がキレイに取れていた。
「リエル、どう?顔もキレイになってる?」
「はい、先程までお顔ばかりでなく御髪にも土埃がついていて、どうしようかと思っていたのですが、朝、身支度したときと同じように整っております」
「成功、成功したのね!」ウリエラママが信じられないという面持ちで叫ぶ。そう、成功したみたい。ちょっと色々想定外はあったけど成功だ!この方法ならキリエラちゃんの身体は、魔法を受け付けるんだ!
ウリエラママとハイタッチ(すみません、これは私が教えました)しようとして立ち上がったが、ちょっとクラっと来てしまった。真っ青になったリエルが慌てて駆け寄ってきて再度ブランケットで包み込む。
「ちょっと疲れたみたいです。でも成功してよかった。夕食まで休ませてもらいますね。アル父上が帰ってきたら、また話し合いましょう…」
「そんなことは後にしましょう、早くベッドに!」
心配性なウリエラママとリエルに温かいベッドに強制送還されると同時に、私は意識を手放した。だめだ、もっと体力つけなきゃいけないな…。




