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会えない婚約者

会えない婚約者



10歳の時に婚約が整った際には何も感じなかった。自分が王子のくせに魔力がほとんどない役立たずだと知っていたから、正直相手がいるだけ儲け物だと思うような冷めたガキだったので。

だが、まさか12歳になる現在まで一度も婚約者と顔を合わせることができないとは思いもしなかった。お互いの誕生日もカードと贈り物だけ、聖魔教会での例祭も婚約者は毎年体調不良で欠席なので一人ぼっちで参加せざるをえない。かといって見舞いに赴こうとすればやんわりと拒否される。

口の悪い家令にして乳兄弟のビンジーには、

「貴方と婚約したショックで天に召されたことを隠している亡霊令嬢なんじゃないですか?」

なんて言われる始末。

「婚約を言い出したのは先方なんだぞ」

「それも不思議なんですよねぇ。あの公爵家がなんだって王家の中でも爪弾き気味の貴方なんかと」

「こっちは渡りに船だったから受け入れたが、当時もお前の親父は首をひねってたぞ」


何かと俺を公私両面からサポートしてくれた先代の家令でビンジーの父であるセバスも、当初公爵家から申し出があったときには面食らっていた。それもそうだ、ミルスラ公爵家なんて貴族としてトップクラス、代々何らかの大臣を務める家柄で魔力が強い者を多数輩出している。俺なんか選ばなくても、よりどりみどりで婿をゲットできる立場だ。それに5歳で婚約者を決めるというのも貴族社会ではなくはないが、やはり早過ぎる。

一応向こうの言い分としては、公爵令嬢が大変病弱なため成人できる可能性が低いが、せめてもの親心として他の貴族令嬢と同等のことをしてあげたいから、と伝えられたが、これ、俺じゃなくてもよくね?

当然セバスもそう思って、裏があるのじゃないかと非公式ルートで尋ねたところ、あまり大きな声で言えないが公爵夫人が傾倒している占い師が王家の者と縁を結べば娘が助かる可能性が高まるとのたまったゆえに…どうかお察しください、という返事がきたそうだ。割と人情深く涙もろいところがあるセバスはモロ弱点を突かれて陥落し、無事婚約の運びとなった訳だが…。今となってはこの裏にも裏があるのではないかと疑わざるを得ない。


公爵家からの援助は正直助かる。王家の一員といっても、弱魔力しか持たず母親は地方商家の出で、しかも既に亡くなっているという後ろ盾がないに等しい俺には、使える歳費の割当が超少ない。

婚約するまでは日々の暮らしには困らないにしても、イベントごとの出費のやりくりには毎回セバスが悩むという感じだった。

今では来月入学する王立学院のかかり全般もどんと公爵家にお任せください!というような塩梅で、俺とビンジーは何もすることがなく制服が届くのを待つばかりという状況。文句を言ったら聖魔女神様からバチを当てられそうだが、正直自分が求められてる役割が分からないまま過ごす毎日は結構ストレスになるものなんだ。

公爵令嬢本人から何かアクションとかリクエストがあれば応える気は満々なんだが、会えないことにはなぁ…。


誰の体?


息、息ができない!苦しい!誰か!

必死に目を開けたらグリーンの目をした金髪美人がポロポロ泣きながら私の顔を覗き込んでいた。

誰?こんな看護師さんウチの病院にはいなかったはず。

何か言ってるがヒューヒューなってる音がうるさくて聞き取れない…って私の喉からだ、この喘鳴!

何で?私は小児科医で患者じゃないよ!

ともかくこの状態はヤバい、何とか気道確保しないと!


なけなしのプロフェッショナル根性を出して、呼吸しやすくなるよう衣服を緩め出した私を呆然と見てた美人看護師(仮)が、首のあたりの紐を緩めるのを手伝ってくれた。

何でこんな教会の牧師みたいな首周りガッチリ服着てるの私!

胸周りもリボンみたいなので二重三重に縛られてたのをほどこうとした私は、初めて自分の手が子供のように小ちゃいことと、触っても触っても肉の感触がさっぱりないツルペタ胸に気付き…多分ショックでブラックアウトした。


正直いつ窒息死してもおかしくない幼女の身体に放り込まれた上、地球じゃない別の世界にいると分かっても、取り乱したり余計なことを口走らなかった自分はエライと思う。

先輩医師に、オマエは何でもない乳児湿疹とか小ちゃいことにオタオタするのに、後がないようなピンチになると腹がきまってパキッと処置できるんだな、フシギ〜、と言われたことがあるが、この人生最大のピンチでもその性分が出たようだ。

まあ咳とゼイゼイいうのの繰り返しで体調を調えるのに精一杯だったせいもあるが。

当面、生存以外は後回しだ!


自宅でもなく病院の仮眠室でもない、清潔でフカフカのベッドで寝たり起きたりしてた数日の間、私は絶対に喋らず頷くか首を振るかで意思表示をすませつつ、情報収集につとめた。

私がいるのはミルスラ公爵家、看護師と勘違いした金髪美人は私の母、ボロ泣きしてたのは何らかの儀式が失敗したためらしい。

というのは、ある夜目を閉じてたら、娘が寝てると思ったらしい公爵夫妻が枕元で謝り合戦を始めたからだ。


「ごめんなさい、貴方。せっかくマリエーラ師に頼んでいただいたのに。合の月の儀式が必ず成功するとは思ってませんでしたが、ただキリエラの身体に負担をかけただけなんて…。次の合までこの子が持つかどうか…ウッ」

「希望を捨ててはいけない。今も毎日一回全身に回復魔法をかけてもらっている。効果が薄いが、身体が成長すれば体内で暴走している魔力を自分で抑えて、より治癒しやすいようになるはずなのだから」

「でもこの子は食も細くて…。他の子と比べても小さめだとマリエーラ師もおっしゃってました。だから失敗したのかもしれません。あんなことさえなければ、もっと大きく産んであげられたのに」

「もう気にしてはいけない、君のせいではないのだから」


なるほど、ここには魔法が存在するんだ。ロードオブザリングやハリーポッターの世界だわ。

あと毎日同じタイミングで、身体がクリーム色の光に包まれたあと全身が弛緩する意味が分かったよ。回復魔法っていうのをかけられてたのね。

ちなみに治ってる気配は全くない。


あと何で誰も薬を飲ませてくれないのか、吸入器もなく点滴もされないのかと首をひねっていたが、何となく分かった。多分魔法が全員使える世界では、薬や医術は必要じゃないのだろう。

たまたま私が入ったこの身体の魔力が強くて無駄に抵抗しちゃうから、魔法かけても効き目が薄いらしいけど、これだけ娘を不憫に思って大仰な儀式までしちゃうような両親だ、魔法以外の手段があったらとうにやってるハズでしょうし。

しかし魔力なんてものが私の中にあるのね、全然感じないけど。

免疫の暴走反応のような感じなのかな、魔力抵抗って。

私が感じられたら制御の方法も分かりそうなのだが、今は無理だ。

よし、まず出来るところから!

目指せ生存!


ということで、私は小さな手を使って触診しつつ、何とか咳の発作を起こさずに済む方法を探し始めた。

症状からみるに、ほぼ間違いなくこの体は小児喘息だ。

部屋は清潔でアレルゲンになりそうな埃等も見当たらず、ペットも飼ってないようだから、ダニや毛なども原因から外せるだろう。

他の子より小さいってあのお母さんが言ってたから、もともと気管や肺機能が虚弱なのかもしれない。

となると出来ることは体力強化か…。

でも、魔法で治療や体力強化ができないからこんな有様なのよね。


あと取れそうな手段は…加湿!

吸入薬も吸入器もないなら部屋全体を加湿するしかない!

そう思った私は枕元に積まれたタオルを取り、同じく枕元にあった水差しに思い切り漬けてビチョビチョにしてベッドヘッドや手すりに掛けるという、誰が見ても怪しい行動を夜中に行っておいた。

思った通り朝の支度に来たメイドが、見るなり悲鳴を上げて出ていった。

多分両親のどっちか連れてくるだろうから、来たら加湿の効果をプレゼンするのだ!

学会発表より緊張するけど、ここが踏ん張りどころだ、頑張れ桐江!


「キリー、これはどうしたの、何かのおまじない?」

緑色の目を潤ませながら母親が聞いてきたとき、なるたけ6歳児っぽくこう言ってみた。

「息、こうすると…しやすいの。お願い」

「で、でもお水でベッドが濡れて冷たいでしょ?」

「お水でなくていいの、もくもくの…湯気、あるとお声、出しやすいの」

「湯気?湯気でいいのね!」

おお!湯気は通じた!

あともう一歩だ!

「お部屋も寒いの…。もう少しあったかいのがいい…」

金髪美人は振り向いて背後にいたメイドに指示を出す。

「タミー、温魔石を入れた暖房器を持ってきてちょうだい。あと湯気は、枕元でずっとお湯を沸かしておくのはどうかしらね」

「でしたら奥様、ポットに水魔石を入れてお茶用の加熱器にかけておいてはいかがでしょうか。水がなくなることなく湯気だけが出続けるかと」

「さすがね!タミー、ではどうかお願い」

「承知しました、奥様。今すぐご用意します」


タミーさんナイス!あとやっぱり道具も魔法で動くものばかりのようだ。

電動ベッドに似た魔道家具?もあれば呼吸が苦しいときに楽に体勢直せるのだが、今の幼女語ベースで説明できる気がしない。

あと肝心なのは…食事!

だがひとまずはここまでにしておこう、身体がそろそろ咳の兆候を示し始めてるから…。

私は周りのびしょ濡れタオルが手際よく片付けられるのを見つつ、暖かい毛布に潜り込んだ。


学院の授業は退屈


「何で毎日魔法の実技授業ばっかりなんだよ…」

「そりゃ王立魔法学院ですからねー、仕方ないっす」

と言いつつ脳疲労回復効果があるというお茶を、慣れた手つきで差し出すビンジー。従者としては満点だが乳兄弟としても少しは慰めるとかしてくれよ。

「魔法の構造とか詠唱の成り立ちの歴史とか、もうちょっと座学系が多いと思ったんだよ」

疲れた頭をぐったりと机に乗せて、ビンジーが淹れてくれた茶を受け皿ごと右手で引き寄せ、ズッとすする。あー、脳に沁みる…。

「行儀悪いですよ、仮にも王子様なんですからもうちょっと何とか」

「寮の中だけだから勘弁しろよ。校内ではお堅い王子の仮面ずっとかぶってんだからさー」

「部屋に戻ったあとに、ご学友や兄上様たちが遊びに訪ねて来られるかもしれないんですから」

「あー、ナイナイ、それはないからお前も楽にしてていいよ」

「何で言い切れるんですか!まさかもう授業中に何かやっちゃったんですか!」

「やってないよ!俺信用ないな!」


乳兄弟だけに色々と俺の後ろ暗い昔のアレコレを知ってるビンジーが、目をつり上げて喚き立てるのを宥めようと、俺は自分の学院での立ち位置を解説し始めた。

「まず兄上たちが俺に公式の場以外で話しかけたり、ましてや部屋に遊びに来ることはない。王城の部屋にいたときだって一度たりとも誰も訪わなかったんだから、今更同じ学生になったからって寄ってくる訳ないだろ」

「貴方が王位継承権最下位と分かってても、安心できないんですかねぇ」

「おい。最下位ってひどいだろ。王位は魔力量が決め手と言ってもそれだけじゃない。だから兄上たちが凌ぎ削ってるんだし」

まあでもビンジーの言うことは概ね当たりだ。この国では一般的に魔力量が多ければ多いほどよいとされ高い地位をあてがわれる。貴族や王族では特にそれが顕著だ。

が、魔力だけ多くてもダメなのだ。例えば魔力制御力が弱いと、強い魔法を使えたとしてもコントロールが効かないから、戦いの際に味方をうっかり攻撃することもあり得る。そんな魔法士と誰も一緒に戦に行きたくはないだろう。

また魔法使用時に必ず必要なのが詠唱だが、これも音だけ真似しても発動しない。詠唱の意味を理解して唱えないとダメなんだ。ということはバカでは無理で、ある程度知能が高く知識を身につけないと、初級のそよ風をおこす魔法さえ発動できないということだ。

魔法って万能じゃない、意外とめんどくさいものなんだ。


王族は魔力関係の他にも執政力とか外交力など、そんなのどうやって測るんだろ?ってな裁定ポイントがあるから、今みたいに次代の王候補が複数いる場合は、魔力量が多いだけでは安心できない。だから俺が弱魔力でそんなに目立った能力も発揮してない限り、兄上たちはお互いの成績や実績を競うことに夢中で、こっちのことは放っておいてくれる。だって俺を味方にしたところで王位継承権ポイントを稼ぐのに何も関係ないからな。

こちらとしては誠にありがたい、俺はこの平穏を自ら壊すつもりはない。


お茶をもう一口飲んでから俺は説明を続ける。

「ご学友だって作れるものなら作りたいよ。でもお前も知っている通りこの学院はほぼ貴族ばかりが入学してる。なぜなら魔力量が多いのはダントツで貴族だからな。平民でも魔力量が多いやつが少数入学してるが、そいつらもどっかの貴族の後見を受けてる。こいつら全員が共通で考えていることは、学院にいる間に魔力が多いやつ、強い魔法を使える奴と友人になりたい!ということだ。王族だから魔力が超少なくても特別枠で入学させてもらった俺なんかにかまってる暇があるものか」

「小さいころ時々遊ばれてた、フーリル侯のご次男とか、ザンター家のご長男とかもいらっしゃるじゃないですか」

と不満そうに口答えするビンジー。

そうだよな、6歳ぐらいにはよく連れだって街を散策したり、近場の丘まで野がけしたりしてたんだから、そう思うのも無理はない。

「あいつら、今では俺と目も合わせないよ」

「貴方は腐っても王族なのに何て奴どもなんでしょう、王子を無視するとは。季節毎の贈答品のやり取りはもうやめてもいいですね」

「まあそう言うなよ、あいつらもつらいんだよ。万一、俺が王位継承に色気出して、側近とかになってくれって言い出されたら困るんだろ。腐っても王族だから断るの面倒だし」

「まったく、そういう自己評価が低いところが…」

お前のせいだよ!と突っ込みたいのを我慢してお茶を飲み干した俺は、贈答品、というキーワードであることを思い出した。


「そういえば今月公爵家から来た贈り物、すごかったよな。魔力を回復する効果のある靴下だっけ。どこで売ってるんだろうこんなの。気に入って毎日はいてるけど」

「先月は防塵効果付きのネクタイでしたよね。不思議な言い回しですが、多分汚れにくいって意味だと思いますよ。学院指定の柄とカラーにしていただいたおかげで全然不自然じゃなく締められますから、ありがたいですよ」

「やっぱ俺が弱魔力なのを何とかしたいのかな、ほら婿として」

「それにしては、手段がなんかみみっちい感じではないですか?公爵家っぽくないというか」

そうなんだよな。魔力量というのは大体生まれで決まるが、成長後増えないわけでもなく、また無理やり増やす手段もないわけではない。がもちろん簡単じゃない。

例えば雪山にこもって修行とか、辺境森にわんさかいるモンスターたちを屠る等、要するに命の危険を感じるような体験が必要なのだ。魔力をなるべく使わない方向で、今後も安全に生きていきたい俺としては、絶対そんなことしたくない。

もし公爵家もしくは公爵令嬢が、今からでも魔力を増やして上級魔法も使えるような婿になってほしい、と思っているとしても、この毎月贈られてくる微妙なプレゼント頼りでは、成果を出すのは難しいと思う。

「ついてるカードも公爵令嬢名で来るけど、毎度定型文なんだよな。直筆でもないし」

「そんなにお身体の調子が良くないのでしょうか。こちらもプレゼントを頂くたびに、先方の家令宛にお礼状がてらご令嬢の体調さぐる文面入れているのですが、返答がきたためしがないんですよね」

「やっぱり機会見つけて、何とか直に会うしかないよな。今まで断られてばっかりだけど」


お茶のおかわりをビンジーにねだりながら、俺は頭をひねる。公爵令嬢は今6才か、、向こうの誕生日は過ぎたしな。あ、俺の誕生日があるか!

自分の誕生日会に来てほしいとねだってみようか。ただ招待してもダメなのは分かっているからひと工夫しなきゃな。。。



私はあなたの娘ではありません


話すべきか、話さざるべきか。

公爵家ふかふかベッド滞在日数を10日ばかり過ぎたあたりで、私は悩み始めた。

加湿作戦成功のおかげか、今のところ深刻な咳の発作には襲われてない。そろそろ次の段階、この虚弱な身体を強くするステージに進みたい。

観察してだんだん分かってきたが、ここは日本でテクノロジーや科学でやっていることの大部分を魔法に頼っているらしい。学生時代、勉強に煮詰まったときSFやファンタジー小説読んでおいてよかったよ。星新一先生、アイザックアシモフ先生、そしてJKローリング先生ありがとう!

おかげで異世界やパラレルワールドっていうコンセプトも思い出し、なんとなく状況が理解できそうだ。


ともあれ、今後何をするにしても魔法の知識はつきものということになるが、私にはまったく魔法を知らない上、たぶん日本であれだけ睡眠を削って学んだ医学の知識を、ここで役立たせることはできそうにない。

何てこったい!


となると外部の助けが必要で、今のところ一番頼りになりそうなのは毎朝毎晩、心配そうに様子を見に来たり、コホコホやっていると背中をさすりに飛んできてくれる、この娘の母親だ。

しかしいきなり「貴女の娘は、28歳の別世界から来た女と中身すり替わってます」と言って信じてくれと願う方がオカシイだろう。どうするべきか…。


こういう時、私はDoとUndoのPro&Conを職業柄比較してみることにしてる。幼児に強めの薬を使うか、子供の両親に容体をどこまで説明するかなど、判断に困るときに使うと、とるべき道筋が見えやすいのだ。

まず話した場合の利点は、私の今後について建設的に話し合えることだ。今の状況を理解してもらえないと、合の月とやらの儀式をもう一回やればもとに戻せるのか?ってなことさえ話題に出せない。

ただ、娘が別人、というSFチックなことをすぐ信じられる親はそういないので、最悪の場合、娘の身体を乗っ取った!とか言われて拘束されたり昏睡させられたりするかもしれない。

ここ数日観察してる限りでは夫妻とも優しい感じだけど、親は子供のことになるとガラッと豹変するのを、毎日病院で見ていたからなぁ…。


話さない、という選択肢はかなり私にとってキツい。28歳で小学校にも入ってなさそうな幼児を毎日演じるのって、大竹しのぶ並みの演技力なければ無理じゃない?

病院で診た子供たちを参考に演じたとしても、たぶん言葉の選び方が公爵令嬢なら全然違うだろうし。それに幼児がいきなり丁寧語を使ってしゃべりだしたら不気味だろうしなぁ…。


なぜか私はここの人たちと同じ言葉を話せるし聞き取れるので、最初はみんな日本語話しているのかと思ったが違うらしい。彼らの口の動きに注意すして見てると、絶対日本語を話してない。ということはこの娘の脳に言語変換ソフトがインストールされてるような形なんだろうか。

うーん、よくわからん。


現状維持…はこの身体がいつ危篤に陥ってもおかしくない状態である以上、医者としてとる選択肢ではないと思う。今は自分の身体ということもあるが、やっぱり小さい子が苦しむのは嫌だし治してあげたいんだ。何回も触診して思ったけど、この身体は気管が細い上、たぶん胃と腸も虚弱で栄養が十分にとれてないようだ。

毎日ベッドに運んでくれる食事もスープやドロッとしたオートミールがゆみたいなのばかりだが、そんなのでも半分ぐらい食べるのが精いっぱい。本当は点滴したいんだけどなぁ。

今とれる手段としては何とかベッドから出て、太陽にあたりつつ運動し、それで食欲を増進させていくってな手段が一番だろうか、遠回りだけどね。


でも今のままではベッドから出て散歩することすらままならない。あの母親かメイドが飛んできて、毛布の中に押し込められる様子が目に見えるようだ。

よし、覚悟を決めて話そう!

でも中身が大人でズルい私は保険もかけることにした。

今夜準備して、明日あの母親に、できれば父親とも話すことにしよう。


朝食の後、メイドのタミーに「お父様とお母様に会いたいの…」と弱々しくねだってみたところ、すぐ二人とも部屋に来てくれた。「3人だけで話したいの」とうつむいて言ったら二人ともすぐにタミーに部屋を出るように告げてベッドサイドにひざまずいてくれる。

二人とも顔色が悪い、娘に別れの言葉でも聞かされると思っているのだろうか。

私の告げることは同じくらいショックを与えるんだろう、でも言わなければ…!


「なんだって?」

「何て言ったの、キリー」


「驚かれるでしょうが、私は…お二人の娘ではありません。儀式の日、身体が入れ替わったんです」


「そんな馬鹿な…」と父親がうめく。冷や汗をかいているようだ。顔色も悪い。

「ごめんなさい、本当なんです。私はお二人の娘ではありません、日本という国にいた28歳の女なんです」

「キリー、そういう悪い夢を見たの?」と目を潤ませながら否定しようとする母親の顔色も悪い。

そうだよね、母親としては受け入れられないよね、でもこれは現実なんだ、分かってもらわなきゃ!


「証拠をお見せします」といって私は昨夜紙とペンを借りて描いておいた絵を二人に見せた。

「なんだこれは?魔道具か?見たことがないが…」

「キリー、これは何?」

二人とも首をひねっているが、当たり前だ。これはたぶんこの世界にはないものだから。

「これは吸入器というものです。私のように咳が止まらない人のための道具で、日本で使われています」

私が描いたのは酸素マスクみたいのがパイプで箱型の機器とつながっている、小児科でおなじみのスチーム吸入器だ。ネブライザーとも言う。こんなのを知っていて描ける幼児はそういないだろう。

二人ともそれが分かったのか動揺している。よし、もう一押しだ!


「私は日本で、娘さんと同じ症状をもつ子供たちを何人も治療してきました。お二人が協力してくだされば、娘さんの身体も治せると思います。私は医者なんです」

そう、これが私のかける保険だ。娘を治療できるという言葉にこの両親は弱いはず。

「貴女は…魔法医なのか?」

お、父親の方が食いついたか?

「違います。ここでは病気は魔法で治すようですが、私は知識と技術で治します。魔法は使えません。私がいた日本という国では魔法というものはないのです」

「魔法がないところなんてないわ。どういうことなの…」

と額に手を当ててうつむくお母様。そっちにショックを受けたのか。

やっぱりここでは魔法の存在は常識なんだね。


「ごめんなさい、私も何故キリーさんと入れ替わったのか分かりません。キリーさんも私の身体に入っている可能性が高いと思いますが、日本は魔法はなくても平和な国ですし、私が最後にいた場所は病院という病気を治療するところですので、もし彼女がパニックをおこしたとしても、周りにケアしてくれる人がたくさんいます。それに私の身体自体は健康ですから、咳や発作に悩まされることはありません」

連日オーバーワークで肌はカサカサ、目の下に隈常備ということは、この際言わなくてもいいだろう。


「…貴女の名前は何というのだろうか」とやや戸惑いながら父親が尋ねてきた。

よし、入れ替わったのを信じ始めてもらえたみたいね。

「遠山桐江と言います。遠山が苗字でここだとミルスラに当たると思います。桐江が名前です。日本では小児科医でした」

「ショウニカイ…子供のためだけの医者、ということかい?そんな職業はここにはない…。ウリエラ、やはりこの娘の身体にいるのは私たちのキリーじゃないようだ」

「アル!そんな…じゃキリーは、あの娘はどうなってしまったの!」

母親が突如パニックをおこした!

連日看病してきた娘が別人と分かったんだから無理もない。


「私の身体に入っているとしても、キリーさんの身に危険なことがおこる可能性はほぼないと思います、大人の身体ですからね。それに私の母親は看護師、えーと病人を看病するメイドさんみたいな人です、子供の面倒を見るのには慣れています。たぶん貴女と同じようにキリーさんの面倒を見ていると思います」

何とか説得しようと、ウリエラお母様の緑色の目を見ながら確信ありげに言ってみた。

まあウチの母親は小児科重症病棟の看護師長を長年勤めてるだけあって、娘がパニックを起こしたぐらいじゃ動じないだろう。どっちかというと、私が病院勤務のストレスで幼児返りしたと思われちゃう可能性が高いかも…。

「なるべく早くキリーさんと私の再交換をしたいのですが、それは難しいのでしょうか?」

おそるおそる、でも一番知りたいことを聞いてみた。

マズイな、二人が顔を見合わせている…。

「残念ながら、合の月の儀式はすぐにはできない、条件があるんだ。次回の合の月じゃないと…」と顔をしかめながら告げるアルお父様。

夜中の謝り合戦で言ってたように次の合の月というのを待たなければならないようだ。

で次っていつ?

「3年後なんだ、次の機会は」

何ですって~!!!


私が青ざめたのが分かったのか、お父様が隣のお母様の手を握りしめながら訴え始めた。

合の月の儀式というのは、魔力が最高潮に高まる日に行うもの。ここには3つ月があるそうで、それが重なる合の月というのが何年かに一遍あるらしい。その時には誰でも使う魔法の威力が5倍になるそうだ。

「キリーは生まれた時から身体が弱く、また何度回復魔法をかけても治らなかった。高名な魔法医に診てもらっても病にはかかっていないという。でもキリーは毎晩咳き込んで息ができなくなって、どんどん弱っていって…。自分で魔法が使えるようになれば何とかなるかもしれないが、それまで身体が持ちそうになかった。私たちは待てなかったんだ」

「だから私がアルに無理を言って、高名な魔法士に儀式を行ってもらったの。でも、でもね、貴女と、桐江さんとキリーを交換する術じゃなかった、私となの。私がキリーの身体に入る、キリーは私の身体に入る、そういう術だったのよ」

母親と娘の中身を交換する…?

それで問題が解決するとは、ぶっちゃけ思えないけれど。

クエスチョンマークが浮かぶ私の顔を見て、お母様がつけたした。

「もちろん私がキリーの身体に入っても、キリーの状態は変わらないわ。でも私は魔力制御の知識を持っているから、キリー本人の魔力をうまくコントロールすることができると思ったの。そうすれば暴走している体内の魔力を抑えられる。そうなれば回復魔法の効き目もよくなるはずよ。どんな症状かを正確に周囲に訴えることもできる。逆にキリーは私の身体に入れば楽に呼吸できる。咳で夜眠れないこともないわ」

子供の苦しみを取り除くために、3年も喘息の苦しみを我慢するつもりだったのか、この女性は。

母親の愛ってすごいなぁ…。まだ子育てしたことのない私は素直に感嘆した。


「今すぐ儀式ができないことはわかりました。先ほども言いましたように、私は小児科医でした。子供が苦しむのは見過ごせません。どうかこの身体を治すのにお二人の力を貸してください」と頭を下げて、その拍子に少し咳き込んでしまった。ちょっと長く話し過ぎたみたいね。

「お水飲みなさいな、持てる?」

お母様が水差しからコップに水をついで口元に持ってきてくれる。私が娘じゃないと分かっても気遣ってくれるこの女性はやっぱり優しい。

「これ以上はキリーの身体に負担だろう、私たちも頭を整理したい。また今夜、話し合えないだろうか」

お父様が私の背をさすりながら提案する。もちろん異論はない。

「ありがとうございます。では私も少し休みます」

3年後まで入れ替わり待たなければならないのかと考え出すと、思考がブラックになりそう。

やめやめ、今はこのキリーちゃんの身体を強くする方法をもう少し考えることにしよう。

無理やりでも建設的に生きなきゃね…。


随時更新します。

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