恋・サッカー・水力発電
「サッカーの必勝法を思いついたんだけど、言ってもいい?」
「話すのは自由だけど全く期待してないから」
真織はにこりともせず答えた。
花柄のワンピースにロングカーディガンというカジュアルなスタイルの彼女は、このフレンチレストランの中でもひときわ輝いている。
一目惚れした後輩社員の真織とこうして食事できるようになり、もう半年過ぎた。早くこの恋を進展させたい。
「サッカーという競技はね、とどのつまり相手より1点でも多く得点したら勝ちなんだ。だからね、キックオフでマイボールの状態から確実にゴールすればいいのさ」
「どうやって?」
「まず十一人で輪になって肩を組む。その中心にボールを入れる。取られないように守りながら移動し、そのまま相手ゴールに突っ込むんだ!」
俺は両手を広げて言った。
真織はこちらを一瞥し、目鯛のムニエルを口に運んだ。
どうやら俺のアイデアは受け入れられなかったようだ。
この空気はよくない。会話を盛り上げなければ。
店内を見回すと、天井のシャンデリアが目に入った。
そうだ!電気だ。
「じゃあこういうのはどうだろう。最近電力のエネルギー源確保が社会問題になってるよね。それを解消する画期的な発電方法のアイデアがあるんだ。言ってもいい?」
「どうぞ」
「火力発電は化石燃料の輸入に頼るしかない。原発は事故のリスクがある。太陽光や風力は微力だ。今こそ注目すべきなのは水力発電さ」
「水力発電ねえ」
白ワインのグラスを傾けながら真織が言う。
「日本の発電量の割合で水力はせいぜい7%。それに、目ぼしい場所にはすでにダムを造ってしまっているわ。水力発電は日本の電力の主力にはなり得ないような気がするけど」
「ちっち」
俺は顔の前で人差し指を振った。
「水力発電はダムだけだと思っていないかい? 俺が考えたのはね、川の流れを利用した小規模水力発電なんだよ! これを日本全国の川に設置するのさ。川はいつでも流れ続けているから半永久的にタービンを回せるだろ。自然を汚すこともない。名案だと思わないかい?」
「……」
あれ?
反応が無い。
なんかますます重い雰囲気になってしまった。これはまずいぞ。
今日こそ会話を盛り上げて、恋人の関係まで持っていきたいのに。
いや、そういう回りくどいアプローチがダメなのかもしれない。
ここはストレートに告白すべきか。
「あのさ――」
俺は意を決した。
「俺達こうして定期的に食事するようになって半年になるよね。もう気づいてるかもしれないけど、君のことが好きなんだ。もしよかったら俺と付き合ってくれませんか?」
ついに言ってしまった!
彼女の反応は?
俺は真織を凝視した。
その視線を跳ね返すかのように、真織はナプキンで上品に口を拭いた。
「サッカーの必勝法のことなんだけど」
真織が唐突に言った。
「え?」
「だから、あなたがさっき言った戦術のこと。あの戦術が有効なら、もうとっくに実行されてると思うの。でも実際にやるチームはない。理由はわからないけど、例えば過去にやろうとしたけど簡単にボールを取られて失敗したとか、またはルールで禁止されているとか。存在しないということはダメなんだろうなって、小学生でも容易に想像つくと思うんだよね。河川を利用した水力発電も同じよ。現在小規模水力発電は日本の電力供給源において重要な役割りを占めていない。その理由は例えば、発電効率が悪いとか、維持管理コスト、法的な問題等ちょっと考えただけでいろいろ思い付く。何らかのできない理由があるんだろうって考えるのがごく自然な発想でしょう。私たちの関係もそうだと思わない?」
「どういうこと?」
「もしも相思相愛の男女が半年もデートを重ねてたら、とっくに進展があると思うの。そうなってないってことは、それはつまり好きじゃないんだろうなって考えるのが自然でしょう?」