08討伐
キンカは短剣での初撃から間髪入れずに【ウィンドソード】による一撃を【ストーンエレメント】の顔面に叩き込む。
そこが顔なのかはどうかは定かでは無いが、【ストーンエレメント】は人の形をしていた。石のような表面の、マネキン人形のような体で全身が緑色の炎に包まれている。攻撃の間合いに入ってから見えたのだが、頭部らしき部分には3つの小さな穴が開いていた。人間なら両目と口になるのだろうか。
「どうだぁ!」
手応えはあった。その前のリコシェの狙撃も二発入っているはずだが、表示されたHPゲージはまだ八割近く残っている。
「クッ! 硬い! いや、物理攻撃耐性か?」
超自然的な存在には物理的な攻撃が効きにくいものだ。
幽体のように物理攻撃無効な相手とくらべればまだマシとはいえ、魔法を使えないキンカにはやっかいな相手だ。
キンカの横槍に動じた素振りもなく【ストーンエレメント】はターゲットをキンカに変更した。
緑の炎に包まれた右腕を彼女に向かって振り下ろしてくる。
「
おっと。近接戦闘なら負けなゃいよ?」
キンカはその一撃をこともなげにヒラリとかわす。
バク転で後ろに飛び、着地と同時に再び【フラッシュ】で距離を詰め、斬撃を二発入れる。
だがHPの減りは僅かだ。
「
硬ったぁ! でも時間をかければ勝てない相手じゃなゃいね」
【ストーンエレメント】は右腕を振り上げる。だが、それと同時にキンカは左脇腹を切りつけつつそのまま後ろに抜けていく。
「遅い遅い!」
【ストーンエレメント】は振り返り、相手を補足しようと試みるも彼女は切りつけながら後ろを取り続ける。
「そらそら! どうした!」
まるで手玉のように扱われる【ストーンエレメント】だったが、このままでは埒が明かないと考えたのか、腕組みしたかと思うと、緑炎の範囲を拡大させた。
(あの炎、やはり何かありそうだなゃ)
またバク転で距離をとり、炎が収まるのを待つ。だが炎はますます燃え盛るようで、近寄りがたくなる。炎の壁が厚い。今までのように剣で切りつければ緑炎が体に触れることになり、それがどのような効果をもたらすかわからないのだ。
「クッ、時間が無いってのに!」
ここまでは順調であったが、倒すのに手間取るうちに【ストーンゴーレム】を呼び戻すかもしれない。
リコシェたちの安否も気がかりだった。
ゴーレムの動きは決して早くないのでまだ余裕があるだろうが、あれだけの数に距離を詰められたら彼らでも危険だ。
そこにまたリコシェの狙撃が飛んできて、【ストーンエレメント】に命中した。こっちはまだ大丈夫だ、心配するな――それはそんなリコシェからのメッセージのようだった。
しかもその一撃は思わぬ効果があった。なぜか緑炎の範囲が元に戻ったのだ。
「ナイス、リコシェ!」
その機を逃すキンカではなかった。
また近距離からの剣撃を入れ続ける。
それをスコープから覗くリコシェには、キンカがダンスしているかのように見えた。ダンスが一曲終わろうかというころ、【ストーンエレメント】のHPは半分を割った。キンカは勝利を確信した。
「キンカ! あぶねぇ!」
それに最初に気がついたのはギンロウだ。
【ストーンエレメント】はターゲットをキンカに変更した時点で、【ストーンゴーレム】を二手に分け、一方を自らの護衛として呼び戻していたのだ。
その一体が、すでにキンカに手が届くところまで迫っていた。
ゴーレムの丸太のように太い腕が、キンカの引き締まった体に向かって振り降ろされた。
ギンロウの必死の叫びも彼女には届いていない。ボイスチャットの届く範囲外だ。
キンカが気づいた時は、すでに視界を石の塊で塞がれていた。
(石? ゴーレム!? かわせないっ……!)
ガキィっという鈍い金属音が響く。彼女はとっさに、剣を交差させ、それを受けたのだった。
だが、そんなものは気休めにしかならないのはプレイヤーなら誰でも知っている。
スピード特化のための軽装、両手に武器を持っているので当然、盾もない。全ての攻撃をかわせば問題ない、そういうプレイスタイル。そして彼女にはそれが可能だった。
だがその過信が仇となった。
「キンカーーー!」
ギンロウはありったけの声で叫んだ。
【ストーンゴーレム】の一撃をまともに喰らえばただでは済まない。一撃死すらありうる。
だが棺桶に変化せずその姿を保っている彼女を見て、とりあえず最悪の事態は避けられたことを察した。
だがかなり危険な状況であることは間違いない。
しかもおそらく、彼女は回復手段を持っていない。
「クッ! 誰かポーション! いや、オレが持って行く!」
「落ち着け」
思わず飛び出そうとする彼をリコシェが止める。いやに落ち着いたその声がギンロウの神経を逆撫でる。
「ほっとくのか! ヤバイだろ!」
「HPだよ、よく見ろ」
彼らはパーティーを組んでいるので、お互いの状態はどこにいても確認できる。ギンロウはウィンドウを開き、
キンカのHPバーを見る。
「え? ほとんど……」
僅かなダメージはあったようだが、キンカのHPバーはほぼ満タンだった。
「なん……で?」
確かにゴーレムの一撃は当たったはずだ。後ろに飛ばされる彼女を確かに見た。
「【ジャストガード】だよ。知ってるだろ」
(【ジャストガード】!? まさか、あんな奇襲を食らったのに……)
【ジャストアタック】と同様に、モンスターの攻撃のインパクトの瞬間とガードのタイミングを合わせることで、与えられるダメージを軽減させる技。それを【ジャストガード】と言った。
【ジャストガード】であればどのような攻撃でもダメージを百分の一にまで減らすことができるのだ。
不可能、という言葉がよぎったが、ギンロウはこれまでのキンカのこれまでの戦いを思い出した。
彼女はほぼ全ての攻撃で【ジャストアタック】を成功させていた。
そして思い直したのだった。
(やりかねない、アイツなら……)
「あれもキンカさんの得意技なんですよね~」
コヨは暢気にニコニコ笑っている。
リコシェもまったくうろたえる様子もなく弾を込めている。
それを見たギンロウは、焦って大声を出してしまった自分を思い出し、顔が熱を帯びるのを感じた。
「さて、そろそろこっちも準備しとけよ、来てるぞ」
リコシェは銃の横に立ち、顎で眼下の山肌を指差した。ゆっくりではあるが、ゴーレムの群れが確実に向かってきている。
「さて、来る前にもう一発くらい撃てるかな?」そして再び地に伏せる。
「安心しろ、近寄らせねぇよ」
(そろそろオレも良いとこを見せないと……)
と意気込むギンロウだったが、虎の子の【ウィンドソード】をキンカに貸していることを思い出し、やっぱり来る前にできるだけ倒してくれよとリコシェの方を見るのだった。
【ストーンエレメント】の周辺に複数の緑の人魂のようなものが浮かび上がったのを見て、とっさにキンカは距離をとった。
(新しい攻撃パターン!?)
ある程度の強さのモンスターは、HPが一定値を割ると変化を見せる場合がある。
姿を変えたり、分裂したり、仲間を呼んだりと様々だが、そのうちの一つに攻撃パターンを変える、というものがある。
【ストーンエレメント】の周りをフワフワと人魂が漂う。
次の瞬間、その人魂が次々にキンカへと向かってきた。
これまでの物理的な近距離攻撃とうって変わり、人魂を使った遠距離攻撃になったらしい。
だが、そのスピードは彼女にとってあくびが出るほどのものだ。全ての人魂を横移動だけでかわす。
同時に【ストーンゴーレム】も攻撃の機会を伺っているようだったが、愚鈍なその動きで彼女を捉えることは不可能だった。
人魂は地面に当たると霧散したが、次の人魂はすぐに出現した。
それをまた飛ばしてくる。
キンカは二度の攻撃をかわし、攻撃できる隙間を見つけた。
(かわしてから次の人魂が出るまでの間っ!)
人魂をかわし、的確に攻撃を当て、また距離をとる。その繰り返し。
(これなゃらさっきの炎がでっかくなゃるやつのがヤバかったかなゃ? アレやってる間は動けなゃいみたいだったけど)
ギンロウは考えた。
(自分が囮となって前に出るべきだろうか)
大事なのは時間をかせぐ事。キンカが勝利すれば全てのゴーレムは止まるはずだ。
(二人は近接戦闘は無理だ。別にゴーレムを倒す必要は無いんだ。オレが逃げ回って注意を引けば良い)
「リコシェ。オレがゴーレムを迎え撃つから、援護してくれ」
考えがまとまった彼は、リコシェに自分のこれから取る行動を伝える。
こういったコミュニケーションがパーティープレイには必要である。
これまでは効率を重視するあまり、人にあれこれと指示を出してしまい、煙たがれることの多かった彼だが、間違ったことを言った憶えはない。そういう自負はあった。
「ああ。その必要はない」
だから、こうやって否定されると少しムキになってしまう悪い癖があった。
「いや、危険かもしれないが、オレが囮になる。二人は援護して……」
「そうじゃない。終わった」
「へ?」
見るとキンカの傍らには棺桶があった。
(――倒した……のか!?)
慌てて【ストーンゴーレム】の方を見るが、依然こちらに向かって進んできている。
「まて、ゴーレムはまだ動いてるぞ!?」
「ああ。どうやらあてが外れたようだ。ゴーレムは独立して動けるようだな」
「そうか。で、どうすんだ?」
リコシェは銃を立て、そのバレルの先にある脚を畳みながら言った。
「決まってる。逃げるぞ」
「あはは~。逃げろ逃げろ~」振り返るとコヨはすでに逆方向に走り始めている。
「でぇ!? お、おい待て!」
仲間を置いて薄情なやつ、と思うが、リコシェも別段、焦った様子はない。
「よーし、キンカの居るとこに集合な」
銃をしまい終わるとゆっくりと立ち上がる。それを見たギンロウは慌ててコヨの後を追った。
ある程度距離を取ると、こちらを見失ったらしい【ストーンゴーレム】たちは主の元へ引き返すでもなく、その場でうろうろし始めた。完全に目的を失っているらしい。統率者が居なくなれば、彼らはその程度の存在でしか無いということだ。
「さ~! ダイヤを探しましょ~!」
三人の先頭を走るコヨは、走りながらも器用に後ろを向いてギンロウたちに両手を振って見せた。
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