07ストーンエレメント
「いやいや、ギンロウもなゃかなゃかやるねぇ。その剣、効いたなゃ」
一行は【ストーンゴーレム】の棺桶を囲って談笑した。
ギンロウはとどめを刺したので、ルートしつつそれに加わる。
「これは【ウィンドソード】だからな。もともと【風属性】の上に【魔石】で強化してある特別製だ」
「ほう? ちゃんと準備してたわけだ。さすがは効率厨」
リコシェは、いつの間にかギンロウに軽口を叩けるようになっていた。
やや人見知りなところもある彼にしては早かったので、思わずキンカは彼の顔を見た。
「うるさいなー、誰だってそれくらいするだろ」
ギンロウもそれを適当にあしらう程度には心を開いているようだ。
「うーん。目ぼしいのは【地属性】の【魔石】くらいだなぁ。ゴーレムだからな、これが動力源なんだろう」
ギンロウはそういうとコヨに対しトレードの承認を求める。
「え~? なんですか~?」コヨは人差し指を下唇にあて、小首をかしげた。
「コヨは【地属性】の魔法も使えるよな? そんならコヨが持ってたほうが良いだろ。やるよ」
「ええ~? 良いんですか~?」コヨは両手を上に上げ飛び跳ねた。
「お、やさしいねぇ。ひょっとしてコヨちゃんがタイプかなゃ?」
キンカはニヤニヤしながらギンロウの方に肘を乗せた。
「アイテムだの金だのより仲間のが大事だろ?」ギンロウは自分でも驚くほど、あっさりと言い切った。
「おっ、ギンロウも分かるか。いやぁ俺もさ。昔やってたMMORPGでさ、アイテムの取り合いとかで険悪になる仲間関係とかに嫌気がさしちまってさぁ。その点、キンカはレアアイテムなんかに固執しないのが良いところなんだよ」
リコシェが急に興奮し、ギンロウの肩をがしっと組んだかと思うと早口で語りだした。
「そ、そう言われちゃうともらいにくいです~」
遠慮する気配を見せたコヨに気を使い、リコシェは努めて明るく言った。
「それは良いんですよ! ギンロウがあげるって言ってるんですから! 気持ちよくもらってください! な! ギンロウ!」
肩を激しく揺さぶられ、首をグラグラと左右に振りながらギンロウも言う。
「あ、ああ。それはとっておいてくれ」
「ありがとうございます~。大切にしますね~」
コヨは礼を言いつつペコペコとなんども頭を下げた。キンカはその様子を、何も言わずただ微笑みながら眺めていた。
下調べで聞いていた目的地はとうに通り過ぎたのだが、未だそれらしき場所は見当たらない。
(この辺に雰囲気の違う場所があるって話だったが……。ガセネタだったか?)
ギンロウの顔にも不安の色が宿る。
「うーん、あの稜線まで行って、先に何も無さそうだったら今日はあきらめるかなゃ?」
ここまでに倒した【ストーンゴーレム】は三体。一行にはやや疲れの色が見え始めていた。
「ま、俺はコヨさんが良いなら良いよ」
「オレもだ。オレもダイヤが欲しかったけど、今日は初日だし、こんなもんだろ。あとはコヨに合わすよ」
リコシェもギンロウもコヨに最後の判断を任せるようだ。
「わかりました~。それではキンカさんの意見を採用しましょう~」
頂上も視界に入ってはいるが、そこまで行くのにどれだけ時間がかかるかわからない。
周りに比較するものがないので、見えているからといって近いとは限らないのだ。野営用の道具を持っていなかった一行は、深入りする前に帰還するという安全策を採用した。
稜線までたどり着き、その向こうを覗いてみると、数百メートルほど先に盆地のような場所があり、そこには――。
「【ストーンゴーレム】だ! 1、2、3……見えるだけで十三匹はいるぞ!」双眼鏡を覗いているリコシェが興奮気味に言った。
「それから、ゴーレムたちの真ん中に、なんか緑に光ってるヤツが見える。あれは……」
「【ストーンエレメント】、か」キンカがつぶやく。彼女の集めた情報が正しければそのはずだ。
「これはダメですね~。数が多すぎますよ~。いったん帰りましょ~」
これまでの戦いで【ストーンゴーレム】の強さは大体把握できている。十三体の相手をするのは厳しい。その上、未知の敵までいるとなると、戦いを避けるのが賢明だ。
「いや。【ストーンゴーレム】は【ストーンエレメント】によって作られ、使役させられているはず。つまり【ストーンエレメント】さえやっちまえば、ゴーレムたちも動きを止めるはずだ」
ギンロウも普段なら帰還を選択しただろう。だがなぜか、このときはいけるという自信を感じていた。このメンバーなら、あるいは――。
「周りのゴーレムを無視して【ストーンエレメント】だけ倒すと? どうやる?」
この状況を見てまだ諦めないギンロウにリコシェも興味をおぼえた。一体どんな妙手を思いついたのか、と。
「リコシェ、【ストーンエレメント】を狙撃できそうな場所はあるか?」
「ふーむ……そうだな」リコシェは再び双眼鏡を目にあてると山の上方を探し始めた。狙撃に適しているのは高所だ。「あそこは良さそうだ」
リコシェが指差す方向には、山肌から突出した巨大な岩があった。上に人が乗るスペースはありそうだ。
「よし。あそこに移動する。オレとコヨが護衛するから一緒に行こう」
「待って、アタシは?」
「まずリコシェが狙撃する。気づいた敵がこちらに来たらオレとコヨで撃退する。キンカはその混乱に乗じて【ストーンエレメント】を倒してくれ。何、万一【ストーンゴーレム】が襲ってきても、あいつのスピードじゃキンカに攻撃は当てられんだろ」
「周りの【ストーンゴーレム】どもを引き剥がすか。だがキンカに一対一で戦えってのか? 未知の相手だぞ?」
リコシェもキンカの腕は知悉しているが、あまりに無謀だ。あの数の【ストーンゴーレム】を使役する者が弱いわけがない。
「なゃはは! 良いね! 気に入った!」だが、当のキンカはなぜか乗り気のようだった。「良いねぇ、実に良いよ、ギンロウくん! アタシの強さを信用しているところが特に良い!」
キンカはニカッと笑い鋭い歯を光らせ、ギンロウの肩をバシバシ叩く。目を覚まさないよう痛覚を遮断しているため、どれだけ強く叩かれても痛くはない。
「すまん。リスキーなのは分かってる。だがここまで来て手ぶらってのも寂しいだろ? それと、オレができるのはこれくらいだが……」
そう言ってギンロウはキンカにトレードを申し込む。キンカが受諾し、ウィンドウを開くとそこには【ウィンドソード】があった。
「え? これって高価なもんだろ?」
「ああ。だがアイツに有効なはずだ。使ってくれ。戦闘スタイルと合わないか?」
「いや。それは合わせるから大丈夫。しかし悪いねぇ。こんなゃ良いものもらっちゃって」
「や、やらないぞ! 貸すだけだ! 終わったら返せよ!」
「なゃはは! 冗談冗談!」
また彼女は肩を叩く。現実であれば肩が外れているだろうほどの威力だ。
「ま、キンカが良いなら俺は構わんが」リコシェも納得した様子だ。
「あ、キンカさん~、行く前にありったけのバフをかけときます~」
「おっ悪りぃね」
バフとは能力を向上、強化させる効果のある魔法などを指す。コヨは魔法によりキンカの攻撃力、防御力、属性攻撃、属性防御の強化と、できる手段をすべて行った。
「よし、効果が切れる前にとっとと移動するぞ。キンカはあの辺の窪みにでも隠れてくれ。俺が位置についたら狙撃する。音を合図に動いてくれ。敵に見つかるなよ」
「あいよ!」
リコシェがまず移動を開始、ついで全員が作戦を開始した。
「さて、とっておきのコイツを使うときが来たな」
地面に対物ライフルを設置し終わったリコシェが言った。手には握った拳から両端がはみ出すほど巨大な銃弾が握られていた。
「それは?」ギンロウも興味津々だ。
「これは専用の12.7x99mm弾。しかも【風属性】付きの特別製だぜ。フッフッフ」恍惚の表情を浮かべながら手を広げ、自慢気に弾を見せてくるリコシェ。
「でもお高いんでしょう~?」リコが妙な合いの手を入れる。
「それがなんと! 一発たったの60シルバー!」
「たっか! そんなにするのかよ!」
60シルバーといえば庶民派の居酒屋なら一晩飲みあかせるほどの額だ。それが十二発入った箱をトントンと三つ、ピラミッド状に重ねる。
(あれ全部で……いや、やめとこう)
ギンロウは計算しようとした自分を制した。それを知ってどうなる。本人が使うというなら使えばいい。しかし、これでダイヤがでなかったら大赤字だ。
「さて! そんじゃ始めますかねぇ!」
ダァンという音が遠くで聞こえたかと思うと、続けて低い唸り声と地鳴りの音が響いた。キンカは窪みから顔を出し、敵の方を見る。
【ストーンエレメント】は山の上方を向いている。あちらはリコシェたちのいる方向だ。そして周辺の【ストーンゴーレム】はすべて、そちらに向かって移動を始めている。
「よぉし! 始まったか!」キンカは興奮し、左の手のひらを右の拳で叩く。
(もう少し。ゴーレムの護衛がはなゃれたら……)
【ストーンゴーレム】は敵を排除に向かった様子だが、【ストーンエレメント】はその場を動かないらしい。
護衛に数匹のゴーレムは残すのでは、とも考えていたが、これは想定した中でも理想的な状況だ。
(さて、あちらの攻撃はなゃんだ? 魔法か? ま、当たらなゃければ関係なゃいけどね)
左手に使い慣れた短剣、右手には借り物の剣を握る。
(こいつだとちぃとスピードが鈍るが、まぁ問題なゃい。攻撃力でカバーできるなゃ)
軽く試し振りすると、窪地から出てスタスタと歩き始める。
その間に2発目の銃声。【ストーンエレメント】の身体が弾けるように動く。命中したようだ。
(さっすがリコシェ。良い腕だねぇ。にしても、狙撃されてるってのに身を隠さないなゃんて、甘い甘い)
敵のAIもかなり賢くなり、モンスターの動きは人間が操作しているのでは、と思わせるようなこともしばしばあった。だが、やはりまだどこか抜けているところも残っている。
(――さて、それじゃお手並み拝見と行きますかっ!)
範囲内に敵を捉えたキンカは【フラッシュ】で一気に間合いを詰めた。
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