06山へ
キンカ一行は村の裏手から伸びる山道に入り、歩いていく。
最初こそ周りには高い木が生えていたが、徐々に岩だらけの山肌が見えてきた。この山には植物はほとんど生えていないようだ。
ギンロウは足元にあった大きな岩を、持参したハンマーで叩いてみた。するとアイテムとして鉄鉱石が入手できたことを知らせるウィンドウが開いた。
「お、ギンロウは採掘ができるのか」
採掘、採取にもスキルが必要だ。冒険者であればその系統のスキルも多少は身につけているものだが、生産に特化したプレイヤーにはかなわない。
「ああ。そりゃダイヤが目的だしな。あれ、キンカはできないのか?」
「アタシは戦闘一本だからなゃ」
「私も採掘は無理です~」
「俺もだ」
三人の呑気な答えを聞き、ギンロウの背中に冷たいものが流れた。
「ちょっと待て! オレが居なかったらどうするつもりだったんだ?」
ギンロウを除く3人は互いの顔を見合った。
「アタシは敵を倒したら手に入るんだと思ってたよ」
「俺も」
「私はまったく考えてませんでした~。あはは~」
(なんて行きあたりばったりな連中だ……)
ギンロウの調べたところでは、今のところダイヤをドロップするモンスターは発見されていない。そんなことも知らず、採掘のスキルすらも持たず、ダイヤを探すと言っていたのかと思うと心底呆れてしまった。
「ま、戦闘の方は任せなゃって。ほら、早速お出ましだ」
キンカが顎をしゃくる方を見やると、【ロックリザード】がのそのそとゆったり動いているのが見えた。
岩場に住むトカゲだが、ワニほどの巨体である。岩を食べて暮らしているためか防御力が非常に高い、という設定だ。
彼らの体表は石のような鱗で覆われており、遠目には動く岩のように見える。
「まだ気づいていないようだな、こっちから仕掛けるか?」リコシェは背中の銃を構えスコープを覗く。
「待て。あいつ程度で弾を使ってたらあとあとしんどいよ。まずはアタシが行くよ」
(キンカの戦い方は昨日、少しだけ見させてもらったが……さて、どうでる?)
彼女は短剣を両手に持ち、近接戦闘をするスタイルだ。防御力の高い【ロックリザード】相手では、一工夫しなければ戦闘が長引くだろう。
ギンロウが注目していると、彼女はそのままスタスタと歩いていく。
(スタイルは変えないか。となると【風属性】の装備でもしてきたか?)
そんな彼の予想を覆し、キンカが装備したのは昨日と同じ、【無属性】の【もふもふハンド】だった。ギンロウがそれに驚く暇もなく、彼女は一気に間合いを詰めた。
それは【フラッシュ】という高速移動スキルで、彼女の得意技だ。
【ロックリザード】が彼女の存在に気づいたときにはもうすでに懐に入り込まれている。そのまま右手を下から左上に、左手は右上へと振り上げる。
カッ、カキィンという金属音がギンロウたちの元にも聞こえてきた。
(やはりダメそうだな……やれやれ。オレも出るか)
ギンロウも背中の長剣を抜いた。同時に腰の裏に付けていた小型のラウンドシールドもとりだす。
剣は【風属性】の【ウィンドソード】を持ってきている。
いざ、というところで彼の目には半分以上減った【ロックリザード】のHPバーが映っていた。
(――は?)
普通の攻撃であれほどのダメージがあるはずがない。彼が少し様子を見ていると【ロックリザード】が反撃をしようと大きく口を開けた。
その緩慢な動きの間にキンカからの二回目の連撃が入った。
次の瞬間にはそこに棺桶が転がっていた。
モンスターは死ぬと即座に棺桶になる。それは残酷表現を避け、動物愛護団体などからの無用な批判を防ぐためでもあった。
「おっ、さすが、早いな」
「さすがです~」
リコシェとコヨはそれを見てもさして驚いている様子はない。
「ちょ、ちょっと待て。今のどうやった?」
(普通に切りかかっただけであんなに減るわけがない。ひょっとすると【貫通】か?)
【貫通】のスキルであれば、防御力は無視される。それならば今見たものも納得できる。
ただし習得者は未だごくわずかのレアスキルなはずだ。
「なゃ? 普通に【ジャストアタック】しただけだよ?」
「それがキンカの得意技でな」
「なかなか真似できませんよね~」
(今の攻撃、全部【ジャストアタック】だったってのか? なかなか真似できないなんてもんじゃないぞ!)
攻撃など特定の行動には【タイミングバー】というものが表示される。横長の赤いバーが左から伸び始め右へとアニメーションする。
右へ行くほどに効果が高まり、最も伸び切ったところでボタンを押せばジャストタイミングの効果が発揮されるという仕組みだ。
それは防御力の半減、属性無視、攻撃力倍と強力だが、そのタイミングは非常にシビアであり、わずか1フレーム――60分の1秒――しかない。
バーは決定ボタンを押下するまで何度も増減を繰り返すが、その間、敵も待ってくれるわけではない。
普通は大体のところで妥協し、押してしまうものだ。
だがキンカは【ロックリザード】に反撃すらさせなかった。それは全て一度目のタイミングで【ジャストアタック】を成功させた、ということを意味している。
「なゃはは。昔から目は良いんでね」
「いや、そういう問題じゃ……」
(昨日は全く気にしなかったが……まさかずっと【ジャストアタック】を成功させているわけじゃないよな? だとしたら上手いなんてもんじゃないぞ)
昨日の狩りでは軽くお互いのスタイルを確認した程度。街の近辺なのでさして強いモンスターも出なかった。そのせいで、彼はキンカの真の恐ろしさに気がついていなかったようだ。
「さて、ルートしますかねぇ。お、【ロックリザードの皮】だって。これはつかえそうだなゃ」
棺桶の中から戦利品を得ることをルートと言う。通常はとどめを刺したプレイヤーのみがその権利を得るが、許可している場合はパーティーメンバーで共有もできる。
「ほう? だが重くないか? 俺が持とう」
「頼むなゃ」
BDOではあらゆるものに重さが設定されており、ステータスの筋力によって持てる重量に限界があった。
持ち物や装備品が重くなればなるほど動きも遅くなっていき、限界を超えてしまうとその場から一歩も動けなくなってしまう。
キンカの場合は素早い動きを信条としているので、荷物持ちはリコシェが担当するのが常だった。
アイテムを渡すことは持ち逃げされる危険性もはらんでいるのだが、その心配を一切しないところに二人の信頼関係が垣間見える。
その後、【ロックリザード】を数体倒しつつ進んでいくと、少し先に道を塞ぐ存在が見えてきた。
「いよいよ近づいてきたようだな」リコシェはスコープを覗いて言った。「あれが【ストーンゴーレム】ってやつか。初めて見るぜ」
拡大して見ると、それはまるで石でできたロボットのようだった。
「でかいなゃ! 牛久大仏くらいあるなゃ?」
「そんなにはでかくねぇよ……」
キンカのとぼけた発言にギンロウはため息まじりに返した。
とはいえ、大きいに違いはなかった。ゆうに普通の人間の背丈の倍はある。
「こわいですね~」コヨは思わず内股で身をすくめた。
「こりゃさすがに、総攻撃しなゃいとキツそうだなゃ」
道を塞いでしまっているため、避けて通るという選択肢はない。
「よし。俺からやる」
リコシェは背中のものではなく、アイテムバッグから新しい武器を取り出した。かなり大口径のライフルである。
「おっ、出ました! 秘密兵器!」
「別に秘密じゃねぇよ」
リコシェはぶつくさ言いながらもテキパキと準備をはじめる。ライフルの銃口付近にある二つの脚を逆V字に伸ばし、地面に設置した。
「持って撃つんじゃないんだ?」こんなものを初めて見るギンロウは興味深げだ。
「ああ。これは対物ライフルでな。反動がでかすぎるから持って撃つのは無理なんだ」
対物ライフルは、現実では戦車などを狙うための銃だ。
リコシェは設置を終えると地面に伏せ、狙いを定めた。
「撃つぞ。でかい音が出るからな。ボリュームを下げて少し離れてろ。びっくりするなよ」
三人は慌てて散らばった。メタドリームにおいて大きい音、というのは注意が必要である。わかっていればともかく、不意に大きな音を聞いてしまうと思わず起きてしまうことがあるからだ。
ドォンと大砲のような音が響き、ピンッという音とともに薬莢が飛ぶのが見える。
「初弾命中。続けて次弾いくぞ」リコシェはチャージングハンドルを引く。
「当たったのか?」
ギンロウの位置からは遠すぎて敵のHPバーが表示されない。だが、【ストーンゴーレム】がゆっくりと向かってくるのが見えた。こちらの存在を認識したらしい。
「んじゃ、アタシらも行きますかなゃ」
「はい~」
駆け足で近寄っていくキンカのあとにコヨも続いていく。
慌ててギンロウも走った。
キンカはともかく、後衛のコヨを先に行かすわけにはいかない。
後方で再び発砲音が聞こえた。今度はHPが見えたが、二発あててまだおよそ八割は残っている。
「おい、リコシェ。その弾、一発いくらだ?」
「これは二十シルバーだ」
「たっか! もういいよ、あとはアタシらがやる」
値段を聞いてキンカが近づくスピードを早めた。二十シルバーもあればちょっと贅沢な夕食が食える。そうそう連発できるものではない。
「次は私がいきますよ~! それっ!」
続いてコヨが魔法を発動させる。グレープフルーツ大のシャボン玉のような空気の塊が飛んで行くのが見える。
【エアシュート】という魔法だ。中位魔法であるが、属性効果も手伝い、ライフル弾と同程度のダメージを与えている。
「よし。次はアタシが……」
「まっ、待て待て!」
またしても【フラッシュ】で飛び込もうとするキンカを慌ててギンロウが止めた。
「ん? なゃんだよ?」
「オレがまだなんもやってないだろうが! 次はオレだっ!」
普段の彼ならあまり言わないことだった。倒せさえすれば、誰が何をしようと関係ない。
むしろ、味方がすべてやってくれるのなら楽でいいではないか。
だが、なぜか今は彼らから役立つヤツだと評価されたいという気持ちが湧いていた。
それがなぜなのか、彼自身にも分からなかった。
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