05村の酒場にて
メタドリームの世界は広大だ。【セントリア】から【ノリリッチ鉱山】へは徒歩で移動すれば半日はかかる。
もちろん、移動用の動物や乗り物も多数用意されている。
なかでも最も早い移動方法は魔法スキルの【ポータル】、もしくは【ゲート】だ。【ゲート】は各地にあるポイントに瞬間移動できるという、最強の移動スキルである。
ただし、条件として【ゲート】の存在するポイントに一度自力で到達していなければならない。パーティーで移動する場合は全員がその条件を満たしていなければならなかった。
キンカたち一行は誰ひとりとして条件を満たしていなかったため、今回は長距離バスを利用することにした。
およそ二時間の道のりである。ゲームとしてはありえないくらいの時間だが、このバスの利点はオフラインであっても自動で目的地まで連れて行ってくれる、というところにある。
目的地を選択し料金を支払えば、再ログインするころには目的地についている、というわけだ。【ノリリッチ鉱山】へ直接バスが入っていけるわけではないので、まずは麓の村、【ノリリッチ村】へと行くことになった。
「おう、キンカ。早いじゃねーの。オレもだいぶ早めに来たつもりなんだが」
ギンロウにとって約束の時間を守らないというのは論外である。今回は集合時間の30分も前に待ち合わせ場所である酒場に到着していた。
ただ待つためではない。事前に情報収集もするつもりだった。
情報を得るには現地の酒場に限る、というわけでやってきたのだが、そこにはすでにキンカが居た。
ここは村だからか酒場もこじんまりとしたもので、ひと目で全体を見回せるほどの広さしかない。椅子に片膝を立てて、ジョッキをグイグイとやっている彼女がすぐに目に入った。
「あ、ギンロウ! あんたも早いねぇ。待ちきれなゃいってか?」
「いや、そうじゃねぇよ。ちゃんと情報集めとかねーとな」
「おっ! さすが効率厨! やるなゃ~」
「効率厨って言うけどな。未知の場所に何も知らず赴くのは命取りだぞ?」
「なゃっはっは! 分かってるてぇ!」
(コイツ、まさかリアルで酔っ払ってから来たんじゃないだろうな?)
ギンロウは疑惑の視線を向けた。プレイヤーにはよくある話だが、まるで遠足前の子供のように、ログインが楽しみのあまり寝付けない、ということがある。
そういうときは寝なければ、というプレッシャーでさらに眠れないという悪循環に陥ってしまう。
そういったプレイヤーが手を出すのが酒、というわけだ。
酔うという現象はメタドリーム内にも影響が現れてしまう。
ログインできたは良いが、千鳥足で冒険の役に立たなかった、などいうのは珍しい話ではない。
ゆえに彼はキンカの妙な陽気さが気にかかった。これが元からの性格によるものであれば良いのだが……。
「まずは、どんなモンスターが出るかは調べておとかないとな。それとダイヤのある詳しい場所。ダイヤ以外に目的物となりそうなものがあるなら――」
「出るのは【ロックリザード】が多いらしい。それと厄介なゃのは【ストーンエレメント】だ。コイツは自らの護衛として【ストーンゴーレム】を多数生み出しているらしい。ま、案の定【地属性】の敵ばっかりだなゃ。ギンロウは【風属性】の魔法使えるか?」
「いや、オレは魔法は……っていうか、それ調べたのか?」
「ああ。このへんの人達に聞いたよ」
(なんだ。どうやら酔っ払い、ってわけじゃなさそうだな)
ギンロウは喜んだ。コイツはオレと同じ、いやひょっとしてオレ以上かもしれない。これだけの情報、そう簡単には集まらないはずだ。よほど交渉が上手いのか、今度一緒に聞き込みをしてその手口を盗みたい、そう思うほどだ。
「ダイヤの場所は?」
「ああ、それなゃんだが……マップにマークをつけてもらった。このあたりだなゃ。ダイヤは【ノリリッチ鉱山】でも最もレア素材、ってことでそこは【ストーンエレメント】の住処でもあるらしい。戦いは避けられなゃいかもなゃー」
敵として出現するものはただの野生動物からモンスター、はては魔族などがいる。エレメントと付くのは精霊であり、人間よりも高位の存在と位置づけられている。簡単に倒せる相手ではないだろう。
「ふむ。やはりダイヤは噂通り、入手困難らしいな」
宝石類は現実と同じくレアである。
当然、それ自体が高価であるのだが、このゲームではさらに魔力を込めることができる、という特徴もあった。
例えば【風属性】の魔法を封入すれば身につけているだけで素早さがあがるし、魔力を使えば込められた魔法の発動も可能なのである。
宝石の大きさや、石の種類によって込められる魔力の質や属性が変わるのだが、ダイヤが貴重なのは出現率の低さはもとより、どんな属性の魔法でも込められるという汎用性にあった。
「コヨちゃんもなゃかなゃか大変なゃものを欲しがるよねぇ」
「お、そうだ。事前に取り分も決めておかないとな」
レアアイテムがドロップしたとしても、ちゃんとパーティーの人数分揃うわけではない。この場合の取得の優先順位や、取得できなかった者に対する金銭等による埋め合わせなどの取り決めをあらかじめしておく、ということが揉め事を避けるためには重要だった。
「コヨちゃんの欲しいものだから当然、コヨちゃんが最優先。次はギンロウだなゃ。アタシとリコシェはあまりもんで良いから」
「良いのか?」
「うん。アイテムが欲しいわけじゃなゃいからね」
「キンカはそれで良いとしても、リコシェの分まで勝手に決めちまって良いのかよ?」
「平気平気! アイツもアタシと一緒だから」
(こいつ、信用して良いのか?)
危険を冒すのは利益があるからだ。それを求めないというのはかえって怪しい。ギンロウの経験上、そういった輩はなにか裏があるものだ。
(【ノリリッチ鉱山】ならPKってことはなさそうだが……)
PKとはプレイヤーキラーのこと。プレイヤーを襲い、持ち物を奪ってゆく。
メタドリームではPKのできる場所というのは決まっている。【ノリリッチ鉱山】はそれに該当しない場所だ。つまり、やろうと思ってもできない。
(ならばMPKか?)
MPKとはモンスターを利用したPKである。モンスターをけしかけ、殺させる。あとはPKと一緒だ。
自分の手を汚さない分、より悪質とも言える。
(念の為、重要なものは預けておくか)
死んだキャラクターの持ち物はその場に残される。取り戻すには復活したあと、その場まで拾いにいかねばならない。
その間の所有権は誰のものでもなくなるので、もし誰かに見つかれば横取りされてしまうことになる。
これを防ぐには、貴重品、余分な金銭は銀行に預けておき、冒険には持っていかないことである。
「アタシはアイテムも金もどうでも良いんだよ。遊ぶのが目的なゃんだからさ」
(コイツ、本気……か?)
ギンロウには到底、理解できない考え方だ。だが、彼女が嘘を言っているようにも見えなかった。
「アイテムだの金だのどうでも良いって。そんなゃことより楽しく遊んで、みんなと仲良くなる方が大事でしょ。そう思わなゃい?」
その言葉に、ギンロウは胸の中に何か重い塊のようなものを感じた。
彼はこれまでアイテム、金を効率よく集めることを目的としてきた。ここでのお金は現実のものと換金もできる。ただゲームとしてだけでなく多少の収入源として役に立っている。
だがそれが楽しかったのか、と聞かれると疑問を禁じえないる。
(オレは一体、何のためにこんなことをやっているんだ?)
彼は一人の名前もない自分のフレンドリストのことを思い出した。
「お、二人共もう来てたか。待たせてすまん」
「こんばんはです~」
そう考えていたところに、リコシェとコヨの二人がやってきた。
「おや、同伴ですかい? 仲がよろしいですなゃぁ?」キンカはセクハラ親父さながらのいやらしい目で二人をからかう。
「いやです~」
コヨは両手を頬にあて、体をふるふると左右によじらせる。フリル付きのスカートがクルクルと舞う。
「たまたまそこで会っただけだ。二人はいつ来た?」リコシェはいつものこととばかりに軽くあしらう。
「オレはさっきだが、キンカはもっと前から居たらしい」
「んにゃ、アタシもちょい前だよ」
(そんなはずない。そんな短時間であれだけの情報が集まるわけがないだろうに)
ギンロウの経験から言って、聞き込みには時間がかかる。基本的に相手の得にならないのだから、気前よく情報を出してくれる方が珍しい。
大抵はなんらかの対価を差し出す必要がある。話しかけ、相手が納得するような条件を引き出す。こんな田舎ではプレイヤーも少ないのだからより大変だ。
(いや、単に気を使っているだけか?)
あとから来た方は例え時間通りでも「お待たせしました」と言うものだし、先に来ていたほうは例え何時間待っていたとしても「いえ、私も今来たところですから」というものである。それが社会人としても一般常識だ。
キンカもあんな風だが中身は大人。そのあたりはちゃんとしているのかもしれない。
遅れてきた二人に情報を共有。まずは【地属性】のモンスターに対抗する手段を得るため、村で装備を整えることにする。
「コヨは魔法は使えるよなゃ? 【風属性】は使える?」
「あ、はい~キンカさん。私は【風属性】と【地属性】の二つを使えますです~」
(へぇ? 二属性持ちとは、見かけによらずやるな)
ギンロウは思わず感心した。
属性は【火属性】、【風属性】、【地属性】、【水属性】の基本4属性と【光属性】、【闇属性】がある。
それぞれに相性があり、例えば【地属性】に対しては【風属性】の攻撃が有効。逆に【水属性】は効きにくい、といった具合だ。
プレイヤーが使う属性は一つが基本だ。ある属性を伸ばすとその他の属性は弱まってしまう、という仕組みがあるせいで、二つ以上の属性の魔法を習得することはかなり大変だからだ。
「リコシェは? オレは銃使いと組むのは初なんだが……」
リコシェの背にあるライフルを眺めながらギンロウは言った。
「ああ。銃はその属性を帯びた弾を使えば良いだけだ。多分、この村なら売ってるだろ」
銃は弾の種類を変えるだけで、あらゆる属性に対抗できるという強みがあった。ただし、弾丸は消耗品の上、決して安い物ではないので常に金策に走らなければならないというデメリットもある。
「んじゃ、店に移動すんぞー!」
キンカの号令で一同は行動を開始した。彼女はなぜかこのように、いつの間にか集団の主導権を握ってしまうのだった。
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