04出会い
この酒場には壁という壁に広告が掲示されている。その多くがやたらと射幸心を煽るものだったり、わいせつスレスレのものだったりするのでリコシェはうんざりしていた。
「ったく、この広告。なんとかならんのかね? 店の雰囲気と合わないだろ」
この街、【セントリア】は中世ヨーロッパ風にデザインされている。その名が示す通り、大陸の中央に位置し、あらゆるプレイヤーが一度は訪れる大きな街であった。
この酒場も壁は石造り、テーブルや椅子はもちろん、食器類やジョッキですら木製と街の雰囲気にマッチするように設計されている。
そこへ「ご主人さまのお好きなように命令してください」などというコピーとともにメイド服姿のアニメ美少女がでかでかと書かれた広告などあれば、せっかくの雰囲気もぶち壊しというものである。
「しゃーなゃいだろ。広告費がなゃきゃ、運営できなゃいんだからさ」
メタドリームは基本無料。そのかわりアイテム販売で運営費を稼ぐという方針だった。ユーザー数を増やすための施策だったが、人が増えればサーバーの運営費もかさむ。
ユーザーから上がってくる利益だけでは足りないため、いたるところに広告が表示されているのだ。
「大体よ、アンタがそれ言うかね?」
キンカはリコシェのつま先から頭までをジロジロと見た。街に戻り、暗視ゴーグルこそ外したものの、確かに彼の近代の軍人かのような服装は、この店では完全に浮いている。
「まぁ……。そのごちゃまぜなところが、この世界の良いところだしな」
アイテムは公式に用意されたものもあるが、公認クリエイターが制作したものが大多数だ。
審査はあるものの、公序良俗に反するものは駄目、他人の権利を侵害するものは駄目、というような常識レベルの規制があるのみで、デザインに関しては自由度が高い。
彼のように趣味性の高いものも数多く作成されている。
販売されているアイテムは非代替性トークンにより所有者が明確にされており、ユーザー間の販売でも利益の一部が製作者と運営に入る仕組みだ。
人気アイテムの製作者は、新車を現金で買えるほどの稼ぎを得ているという。
「まぁ、アタシもそこが気に入ってんだけどね」
そう言ってキンカは空いている椅子にドカッと腰掛けた。リコシェもその正面の椅子を引き、ゆっくりと座った。ウィンドウを開き注文を終えると、瞬時に目の前に木製のジョッキと大皿に乗った赤子の腕ほどもある巨大なソーセージ出現した。
「キンカは? 何も頼まないのか?」
「おっ? おごってくれんのかなゃ?」
「自分の分くらい自分で払え」
「ちっ、ケチくせーなゃー」
キンカも渋面でウィンドウを開きジョッキを出現させた。
食事類は申し訳程度に回復効果などが付与されてはいるが、大部分は演出である。
だがプレイヤーの年齢層が高いこのゲームではそういったロールプレイが重視されている。酒場に居てただ座っているだけでは無粋とみなされてしまうのだ。
「コヨさんは? 返事あった?」
「うん。もう近くまで来てるみたいなゃ」
予定通りダンジョンを攻略した彼らは、約束どおりコヨに連絡したのだった。
リコシェは内心、社交辞令であって欲しいと願っていたのだが、どうやらコヨは本気だったらしい。すぐさま酒場で待ち合わせようという返事が来た。
「なんだと! やんのかテメェ!」
店内に響く大声の発生源に視線が集中した。
リコシェはソーセージを切る手を止め、顔をそちらに向けた。キンカはジョッキを傾けつつ、横目で様子をうかがう。
何やら銀髪の獣人と茶褐色の西洋甲冑を着込んだ戦士らしきプレイヤーが揉めているようだ。
「おい、アンタ。このギンロウは効率厨で有名なんだ! 関わんないほうがいいぞ!」
戦士は、傍らでオロオロとしている耳の尖った金髪の少女に対して言っているようだった。
ギンロウと言われた獣人は落ち着き払っているが、声を荒げる戦士は今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「大体、やるって何よ? 【決闘】でもすんのか?」
メタドリームではプレイヤー同士で戦うことは基本的にはできない。
例外の一つが【決闘】と呼ばれるものだ。
どちらかが申し込み、他方が了承することで成立する。その手続を踏まず、いきなり攻撃などすればあっという間にシステムによって用意された街の守衛が飛んできてお縄、ということになる。
「おう! やってやろうじゃねぇか!」
「いや、やらねーよ。んなもん、時間の無駄だろ」
戦士はウィンドウを開き【決闘】の申し込みを送信したようだが、ギンロウは届いた通知メッセージを開きもせずそのまま消してしまう。
「なゃんか揉めてんなゃ~。あの銀髪、知ってるかなゃ?」
「いや、俺は知らんな。しかし、酒場で揉め事とは、それっぽいことやってんなぁ」
「ま、リコシェのその迷彩服よりはそれっぽいなゃ」
「ふん」
「おまたせしました~」
そこへ物々しい雰囲気をぶち壊すように甘ったるい声が割り込んできた。コヨは黒髪のオカッパを揺らしながら小首をかしげた。
「なんか騒がしいですね~。怖いです~」
彼女は赤を基調としたワンピースで、いたるところに白いレースの付いた少女趣味全開の服装だった。それを見て、リコシェは苦虫を噛み潰したような表情になる。
キンカはそれを横目で見つつ、コヨに挨拶をした。
「よお、コヨちゃん。元気かなゃ?」
「ハイ、元気ですです~。リコシェさんもお変わりなく~」
「ええ。どうも」
リコシェは軽く手を上げた。
「まぁ座んなゃよ。なゃんか飲む? リコシェがおごるってよ」
「んなこと言ってないぞ。まぁ、構わんが」
「あはは~。じゃあ、シードルで~」
「あれれ、お客さ~ん。年齢わかるものお持ちですかなゃぁ?」
「何言ってるんですかキンカさ~ん。メタドリームは二十歳未満じゃできませんよ~」
「それにどっちにしろ本物のアルコールじゃないしな。ほれ」
リコシェは注文通りの品を出し、コヨに渡してやる。
「わぁ! 本当におごってくれるんですか~? ありがとうございます~。リコシェさんはいつもやさしいです~」
「はは」
と愛想笑いこそしているものの、リコシェの頬は引きつっている。
「やさしい……ねぇ? その裏で何をたくらんでいるのやら」
ニヤニヤするキンカをリコシェはジトッとした目で見返す。
「お前がおごれって言ったんだろうが……」
「そうだったっけぇ? ところでコヨちゃん、今日はなゃにやるか決まってるの?」
「あ、それなんですけど~、実は探しているものがあって~」
そう言いながらコヨはウィンドウを開く。すると手元に紙が出現した。そこには手書きと思われるイラストが描かれている。
「これは? ティアラ?」
「そうです~」
「へぇ、このお姫様が頭に乗っけてる髪飾りのようなやつ? これティアラって言うのか。さすが、そんなの知ってるなんてキンカも女の端くれだな」
「誰が端くれだっ」
キンカは腕組みして頬を膨らます。
「で、これがどっかにあるのか?」
「いえ~。これは私のイメージ図で~。こういうのを作ってもらいたいと思っているんです~」
「ふぅん。確かにコヨちゃんぽいねぇ」
「でしょでしょ~。で、ダイヤを使って欲しいって職人さんに発注したんですけど~、それだと結構、値が張っちゃうんですよ~。でも素材を用意してくれたら安くするよって言ってくださったんです~」
「つまり、ダイヤを採取したいというわけですか? そんなの、どこにあるんだ?」
リコシェはキンカに問うが、彼女も首をかしげる。
「それがですねぇ~。どうやら【ノリリッチ鉱山】で稀に取れるらしいんですよ~」
リコシェはその地名を聞き、マップのウィンドウを開く。移動距離と採取の時間を考えると、とうてい今日中には終わらなそうだ。
だがそれは断る良い口実となりそうだった。「悪いけど、俺は明日がある――」そう言いかけたときだった。
「ダイヤだって? あんたらダイヤ採取に行くのか?」
声の方を見れば、そこには先程揉めていた銀髪の獣人――耳や尻尾から見て狼の――が居た。多数の鋲が打たれた黒の革鎧を着込んでいる。
「あれ? あなた、確かギンロウさんでしたっけ? もう揉め事は終わったんですか?」
社会人としては当然ではあるが、どんな相手だろうがリコシェは初対面の相手にはまず敬語から入る。
「あれ? あんた、オレのこと知ってるのか?」
「いいえ。ここまで声が聞こえて来たんですよ」
「ああ。そういうことね。それなら終わったよ。ところでダイヤを取りにいくんなら、オレも連れてってくれないか?」
ギンロウはリコシェにぐっと顔を近づけて言った。どうやら彼をリーダーだと思ったらしい。
「いや、俺たちは――」また言いかけたところでキンカが割って入ってきた。「ギンロウの職業は?」
「ん? ああ。オレは剣士だ」ギンロウはそう言って背中に斜めがけした長物を親指で指した。
「剣士か。ちょうど良いんじゃね?」
メタドリームはRPGのようなゲームシステムがある。剣士や戦士などの職業はステータス、装備品、スキルなどからプレイヤーが自称しているもので、システムで用意されたものではない。
彼は剣を使う、戦闘向けのスキルを持っているということだ。
キンカも近接戦闘職であることを考慮すれば、もっと防御力の高いパラディンのようなタンク系の職業が欲しいところだ。
だが前衛がもう一人いる攻撃型の布陣も悪くはない。
「勝手に決めるな。コヨさんの意見だってあるだろう」
初対面にしてはフランクすぎる彼の口調がリコシェは気に入らず、断るつもりだったのだが、おそらくコヨも同意見だろうと踏んでいた。
彼女はキンカと違い、揉め事は苦手だ。今まさに騒ぎを起こしていた張本人を好んで入れるわけがない。そう思っていたのだが……。
「キンカさんが良いなら良いですよ~」
(おいおい俺の意見はどうでもいいってわけか)
リコシェはそう言いたかったが、コヨに振ったのは彼だ。彼女がそういう意見ならば、もうどうにもできない。
「よっしゃ決まりだなゃ! アタシはキンカ。このミリオタがリコシェ。このカワイイ娘がコヨちゃん」
「オレはギンロウ……って知ってるか。よろしく。ところで【ノリリッチ鉱山】には行ったことあるか?」
「私はですね~」
コヨが喋りかけたところを今度はリコシェが遮った。
「待った! 【ノリリッチ鉱山】まで行くなら、俺は今日は無理だ。明日早いんでな」
これはギンロウの人格がどうとかいう以前の理由だ。
「あー。そんなこと言ってたっけ」キンカは頭をかく。
「じゃあ、それは明日にしましょ~。今日はその前に、近場で狩りでもして、連携を確かめませんか~」
コヨはとぼけているようで意外と頭が回る。そのあたりもキャラを偽っているのでは、というリコシェの疑いを強くしている要因だった。
「じゃ、今日は計画を立てて、行動は明日にしよう。それで良いか?」
キンカが全員の顔を見る。コヨはウンウンとうなずいている。リコシェは腕組みをして下を向いている。断りたいが理由が見つからない、と言ったところか。
「オレはそれで構わん。とりあえず、フレンドになっといてくれ」
ギンロウは早速フレンドの承認を求める。
彼はその性格ゆえ友達が居ないが、人と接することに抵抗があるわけではなく、むしろ得意と言っても良かった。
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