始まりのブローチ‐動き出す災禍‐
名古屋駅から少し離れた所に、徳川家に由来する場所があった。そこは綺麗な庭園であり結婚式場や、庭園を散歩する市民が四季折々を楽しむ憩いの場「徳川園」がある。
夜も更け誰もいない筈の徳川園の灯篭に灯りがついていた。橋の上で杖をついた老人が、恰幅の良い男に話しかけている。
「井伊君。鯉が多い池はどうし濁りが出てしまうのか知っているかな?」
井伊と呼ばれた男は、身体を強張らせ、声が震えてしまった。
「いえ、、わた、私のような無学者には、、」
「井伊君。知っておくと良い。鯉は泥の中にいる生物ごと飲み込んでしまい、泥を吐き出す習性があるのだよ。吐き出しだ泥は水を光から遮ってしまい池に正しい循環が起こらなくなってしまう。そしてついには元から生物は追い出され、鯉やそういった環境に耐えうる魚以外はいなくなってしまう。何とも悲しいことではないか。」
「流石、徳川様、博識ですな。」
老人は話を続けた。
「私は、日本の庭園が好きなのだよ。しかし、綺麗な庭園であるにも関わらず餌を待つだけの鯉のせいで、折角の綺麗な庭園が汚されているとも思えるのだね」
「それは、悲しきことです」
「ならば、いっそのこと、増えすぎた鯉は数を減らして新たに綺麗な水に入れ替えるくらいのことをしたほうが余程よかろうて。私は、元来綺麗好きでな。餌を与え水が汚くなるよりも循環を望み、より良い環境にしたいと思っている。新しい餌を欲しがる鯉は沢山おるからのう」
井伊はようやく、老人が何を伝えようとしているか理解をした。自分には後がないということを。
「私は、、私は徳川様に、、、」
老人は笑みを浮かべ、井伊に伝えた。
「次はない。あの姉弟とブローチを手に入れるのだ」
老人はゆっくり歩を進め、橋から離れ夜闇に姿を消した。井伊は徳川と呼ばれた老人が消えた方向をただ眺めるしかなかった。暗闇はまるで自分の行く末を示しているかのようだった。