33 仮面舞踏会1
「失礼致します。招待状はございますでしょうか?」
こつこつと私達の馬車の扉をノックする騎士がいる反対側の窓からそっと後ろを覗いてみれば、そこにはまだずらりと長い馬車の列が出来ていた。門にいる騎士がこうして一台一台招待状を確認しているのだから、こうなってしまうのは仕方のない事だろう。
それというのも、今夜は王家主催の仮面舞踏会だからだ。
仮面舞踏会という特殊性から、今夜の舞踏会参加者は誰が誰だか解らない様に仮面をつけているし、中には髪の色を変えている者までいるのだという。
それは馬車にも言える事で、今夜は馬車で身元が解らない様に家紋がついていないごく一般的な黒塗りの馬車のみが許されているのだ。
だからこそ怪しい者の侵入を防ぐためにも、招待状の有無の確認が必須という事で、通常の舞踏会よりも確認に時間をかけるからこその行列だった。
そうしてようやく回ってきた私達の番に、ジェロームは門にいる騎士へと馬車の扉を開けて招待状を手渡す。
騎士の反応からも身元が解りかねないので、招待状には名前は書かれていない。ここでは単純に本物の招待状かどうかを結晶石を使った特殊な道具で確認して、本物なら通してもらえるというものなのだ。
ややあって招待状は、騎士の手からこちらへと返された。
「招待状に問題はございませんでした。どうぞお通りください」
「ご苦労様です。大変な御役目ですが、頑張ってくださいね!」
後続の行列の事を思い、笑顔で労いの言葉をかければ、騎士の方は一瞬目を丸くして何度も頭を下げてくれているというのに、ジェロームが慌てて扉を閉めてしまった。
「ジェローム……そんなに勢いよく閉めなくても良かったのではないかしら?あの騎士の方も驚いていたわよ」
「メラニー様の安全の為でもありますが、余計な希望を抱かせない事があの騎士の為でもあるのです」
「……?よく解らないけれど、私達の為だったのね?」
真顔でこくこくと何度も頷くジェロームは、今日はいつもとは全く違う黒い燕尾服姿だ。白や赤だと聖衣のイメージが強く、すぐに解ってしまうだろうという事で黒にしたみたいなのだけれど、なんだか物凄く新鮮な印象だ。
黒に映える金糸の刺繍は美しいし、仮面もそれに合わせて黒と金で纏められているから彼の美しい黄金の髪にもよく似合っていた。
そうして私がじっと見ている事に気付いたジェロームは、どこか居心地悪そうにそわそわとしながらぽりぽりと頬を掻く。
「……あの、やはりどこか変でしょうか?黒い服はどうにも落ち着かなくて」
「ちっとも変じゃないわ。ジェロームの綺麗な髪にもよく合っていて、素敵だなと思って見ていたのよ」
「ひっ!?そ、そういう心臓に悪い事をいきなり仰られると、オレは命がいくつあっても足りませんよ……!」
相変わらず大袈裟だわと思いつつも、こんなに体は大きいというのに小さく悲鳴をあげてふるふると震えている姿は小動物みたいでなんだか可愛らしい。
ついくすくすと笑みを漏らしてしまえば、ジェロームは少しだけ拗ねた表情で私にじとりとした目を向けた。
「笑い事ではありませんよ!メラニー様はご自分の御言葉にどれ程の力があるのか、もっとお考えください!」
「ふふっ、それは申し訳なかったわ。でも本当にそう思った事を言っただけなのよ?」
「うっ……ですから、そういう所ですよ」
ジェロームが力無く溜息を漏らした所で、馬車はゆっくりと速度を落とし、ゆうるりと止まった。
「ここからは身元が解らない様に名前を言ってはいけないのよね?」
「はい、そういう決まりになっています。ただし、0時を過ぎれば名前を明かしたり、仮面を取っても構わないそうですよ」
「成程、うっかり名前を呼んでしまいそうだから十分気をつけるわ」
私達は互いに顔を見合わせて頷くと、先に馬車を降りたジェロームが私の方へと手を差し出す。その手を取り、慣れないヒールが高い靴で転ばない様に気をつけながら私も慎重に降りる。
ジェロームのエスコートで王城の廊下を進んで行けば、大広間には煌びやかな仮面と装いに身を包んだ多くの人々で既にかなりの賑わいとなっていた。
「うわぁ……!なんだか現実離れした光景ね!」
「招待客が揃うまではダンスは始まらないと聞きましたから、とりあえず何か召し上がられますか?」
大広間の両端にはテーブルが並んでおり、遠目に見ても数多くの料理が並んでいるのが見える。飲み物については仮面をつけた給仕が配り歩いており、申しつければ好きな飲み物を運んできてくれるみたいだ。
どれもとても美味しそうに見えるし、これが普通の状態ならせっかくのお料理を存分に堪能していた事だろう。
「……あなたは食べられそう?私は、今は無理そうだわ……この後とうとうダンスを踊るのかと思うと、とても入りそうもないのよ」
ダンスの特訓をこの一月、クロヴィス様の厳しい指導で頑張ったのは頑張ったのだけれど、結局私もジェロームも一月で4種類のダンスを覚える事は大変難しく、なんとか形になったのはワルツだけだった。
ただワルツといってもスローテンポなものやアップテンポなものもある。だからこそワルツだけはテンポに合わせられる様にみっちり練習したのだ。
なので今夜はワルツ以外の曲の時は、バルコニーに避難しようと私とジェロームはあらかじめ打ち合わせ済みではあるものの、初めての舞踏会なものだからどうしても緊張してしまう。
しかもコルセットを締めているものだから、物理的にも食べ物を入れると余計に苦しくなってしまいそうだ。
自然と重い溜息が漏れる中、ジェロームもお腹を摩りながら私と同じく大きな溜息を漏らした。
「実はオレも食べるのは無理そうなのですが、緊張で喉がからからでして……」
「あぁ!解るわ……!そうね、何か飲み物だけでも飲みましょう」
私達はそろそろと壁の方へと移動すると、美味しそうな料理は目だけで楽しむ事にして、配られていたノンアルコールのフルーツ・パンチを受け取る。合わさった様々なフルーツの甘みが酷く渇いた喉を潤し、一口飲んだだけで生き返ったみたいだ。
そうしてふーっと息を吐き出した所で気が緩んだのだろうか、後ろにいた方に腕が軽くぶつかってしまった。幸い相手の手にしていたグラスが空で、中身が溢れて服が台無しになるという惨事は避けられたものの、私は慌てて頭を下げる。
「私の不注意で申し訳ありません!大丈夫でしたか!?」
「丁度飲み終わった所でしたから大丈夫ですよ。それよりも僕の事より、あなたは何ともありませんか?」
「私のドレスに被害はありません。お気遣い頂いてありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げながら、あまりの申し訳なさから顔を合わせられない。私が完全に悪いというのに、こんな風に相手を気遣えるだなんて、なんて出来た方なのだろうか。
声の感じはやや低めではあるものの、まだ少し幼さを残していて、きっと私と同じか少し年下くらいの年齢なのだろう。
年下だとしたら成人前という事になるけれど、この舞踏会に参加しているという事は余程身分の高い貴族子息に違いない。見れば身に纏っている燕尾服もかなり上等なものの様だ。
「まず心配するのがドレスの事だなんて。僕が心配したのはあなた自身の事なのに」
くすくすと可笑しそうに笑う声にどこか既視感を覚えて顔をあげれば、目に飛び込んできたのは美しい宝石みたいなペリドットの瞳だった。
顔を覆う仮面から覗くその瞳を見た瞬間、私の心臓はどくりと一つ音を立てる。こんなに美しい瞳をしている人を、私はたった一人しか知らない。
ただ、私の知っているその子はこんな貴族の集まりに参加する様な身分ではない筈だ。背だってあれから4年が経っているとはいえ、こんなに伸びるものなのだろうか。
それに髪の色は美しいストロベリーブロンドではなく、輝く様なシルバーブロンドだ。けれど髪の色を変えて参加する人が多いと聞くから、髪の色はあてにはならない。
そうして彼の方も、私の瞳と視線が重なり、その瞳は溢れんばかりに見開かれた。
「っ……!?う、そでしょ……まさかそんな……」
呟かれた声は突如鳴り響いたファンファーレにかき消された。
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